竜の世界にとりっぷ! 4
こちらは、「動物の世界にとりっぷ!」作品たちと同じ世界観のもとで、書かれています。詳しくは、まとめサイトさま(http://www22.atwiki.jp/animaltrip/pages/1.html)へどうぞ。
*蛇の描写について嫌悪を抱かれる方は見ないほうがよいかもしれません。
*「兎の世界にとりっぷ!」よりキャラがいらしています。作者である汐井さまには了解のうえで投稿しております。
*知らない間に1万文字超えちゃってるんですが、それでもよろしければご賞味ください。
以上に了解された方から、スクロールどうぞ!
拝啓 我が愛すべきクソジジイどの
お久しぶりです、お祖父さま。お元気でお過ごしでしょうか。
先日は体調を崩してしまった私ですが、今日の体調はばっちりです。ええ、竜の御老体の意地悪なんぞはねのけてみせましょう。
22年間人族の御老体に武術訓練という名のしごきを受けた身としては負けてたまるかという心境なのです。まあ、不肖の弟子でしかありませんけども。
さて、昨日のお話です。
休日も残り2日となったころのお話でした。仕事仲間であるトールとレイヤとともに消耗品である蜜蝋を倉庫に運んでいたところ、とある人形に声をかけられました。
我がご主人様であるリアディさまの―――そうですね、執事と文官を一緒にしたような…番頭さんとでも呼称しておきましょうか。まあ、番頭のメイムさんだったわけです。
彼は一筆のお手紙を持っておりました。差出人はご主人さまです。
何を改まってそのような手紙をよこしたやらと思いながら、私は手紙の封を開けたわけです。(いえだって朝に逢ってたんですよ、部屋で)
『――― メイムさん、ご主人さまはどちらにいらっしゃるんでしょうか?』
訊かずにはいられない手紙の内容でした。
『申し訳ありませんが、先ほど行き先を告げずにお出かけされました。帰りは遅くなるとのことです』
『……なるほど』
絞められたいフラグですかわかります。
口にはかろうじて出さなかった呟きだった筈なのですが、後ろでぷるぷる震えていたトールとレイヤがいきなり私に「待ってアニキ!」「カナのアニキ、殺傷はいけません!!!」などと嘆願してきたあたり、なにか自制できないものが溢れていたのかもしれません。
要修業ですね。精進いたします。
まあ、とりあえず。
――― しばらく、ご主人さまには独り寝を味わっていただこうと思うわけです。
敬具
ただいま絶賛お仕事ご予約増量中の異世界にて 佳永
追伸
お祖父さまは相変わらず彼女たちに膝枕をしてもらっているのでしょうか。いいかげんにそろそろ年を考えるようにと云わせてください。―――まあ言っても聞いてくれる貴方ではないのでしょうけれども。
追追伸
お祖母様の大好きだった桔梗を見かけました。よければ御位牌に上げてください。きっと亡き父母ともに喜んでくださることでしょう。――お祖父さまも心休まるのではないでしょうか?
「―― カナのアニキ、ご機嫌治りました~?」
視界の縁で、レイヤが声をかけてきました。
「………」
そのような確認をとってどうしますか。むしろ感じなさい。肌で知りなさい、肌で。
「一体、あの手紙には何が書いてあったんですか?」
無鉄砲なのか根性があるのか。いきなり確信をついてきたのはトールです。まあ、問題解決型の思考ということですから怒る気にはなりませんが。
「………」
握りしめすぎてくしゃくしゃになってしまっていた件の手紙を彼等に手渡しました。
無言でそれを掌で伸ばしてから覗き込んだ彼ら。
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。
「「―――― えええええええええええええええ!!!!!????」」
叫んでくれた彼等をみながら、ああ日々の座学の教育はちゃんと身になってくれているようだなと、私はリアディさまへの消えぬ怒りを抱えつつも安堵しました。
出来ることならご主人さまにも叩き込んでおきたかった、その思考回路。
「
どうしても断れない筋から仕事の注文が入った。
お相手は竜族の女性。―――【龍】形のお客様だ。
よろしく頼む。
リアディ
」
経営者と現場のとらえ方の違いがあることなど判ってはいても、もう少し早めにお云いなさいそんなこと。
―――もちろん、口頭でね。
デッキブラシとモップ。
どちらも大切なお掃除用具です。
問題は、適切なときに適切な用法で最適な物品を御使用くださいと。
そういうことに違いないのです。
「ようこそ、この突然の注文に答えていただきました」
お見事です、この仕事っぷり。
嫌味ではなく拍手をさせていただきました。
お相手は兎族の商売人、ルイさんです。ご主人さまが竜族の守銭奴と呼ばれるように、兎族の守銭奴というと無言でこちらの方を想い浮かべられる人が多いそうな。――どうなってるんですかこの世界の上位種って。
「―― 受注させていただいた以上は納期は守らせていただきます。当然です」
商売人の顔で目の前に座っていらっしゃるのが、今回の難題に挑むための物資を至急届けてくださったルイさんです。
「ですが、昨日注文して今日届くってとても有能なことじゃないですか」
十分驚きますし、感謝も致しますよ。
本来ならば、物資の受け渡しはリアディさまのすべきことです。しかし、当のご本人はご不在ときた。―――ご主人さま戻ってきたら絞めて落とす。……それしか頭にない佳永だった。
急遽決まった仕事のために必要と思われた道具をどうやって手に入れるかで悩んでいた佳永に、『それでは、兎族のルイさんにお願いするとよろしいのではないでしょうか』と提案してくれたのはメイムさんだった。流石は番頭さん、頼りになります。
某ネット通販もかくやというスピードで物資は届きました。――侮れないわあ、この世界の物流業界。
「兎族の群れはこの竜族の群れとは離れた位置にあると聞いておりましたので、正直無理なのではないかと思っておりました」
本当に助かりました。
ぺこりと一礼した佳永だった。
「―――いえ。…丁度こちらへ仕事に出向いておりましたので、応じられたまでにすぎません」
ですがそのように喜んでいただけるのでしたら、私としても喜ばしい限りです。
兎の愛らしい姿とはまた異なる風情の美形(…しかいないんですねきっと)は、そう言って笑顔を向けてこられました。
―――ああなるほど。――これは腹黒の兎だな。肉食と言われても正直納得できそうだ。
優しげな笑みの裏に、隠された何かがある気がした佳永だった。
最近花嫁修業が始まったらしいユーナさんはきっと苦労されているのだろう。
「…」
気づくと目の前のルイさんがこちらを見つめておりました。
「何かお気になることがございましたか? ルイさん」
ご主人さまがいないせいだとはいえ、代理役として担った交渉での不手際があっては申し訳が立ちません。
素直に問いかけさせていただきました。
「―――― またのご利用をお待ちしておりますよ」
なにやら嫁の影響なのか、最近優しさと貫録がにじみ出てきたという噂のルイさんはそれだけ告げられると、来客用のカップにいれられた紅茶をゆっくりと飲んでから帰られました。
……彼は何の言葉を、紅茶と一緒に呑み込まれたのでしょうか。
かつん、と靴音が磨かれた廊下に響いた。
「―― あいもかわらず、竜のお方は自由気ままか」
不機嫌そうに告げたのは、一人の訪問客。
「………」
見送りをさせていただきたいと告げてきた落人に「どうぞお構いなく」と断り彼は一人で退去することを選び、周囲に誰も居らぬときを見計らってその扉へ鍵を差し込んだ。
沈黙してソレを見守るのは、一人の人形。
「彼にお伝えなさい。――― 落人は誰もがその故郷への思慕を抱いている。貴方が囲い込んだ落人を失いたくないのならば、油断はしないことだ、と」
彼女たちはときに予測のつかない行動をとりますから。
特別な鍵を差し込んだ扉が開いた。
流れ込んでくるのは、異なる場所の匂い。
「彼女たちには目があり手があり足がある。――― 彼女たちは、意思ある人間だということを早々に理解されることをお勧めいたしますよ」
空間を繋ぐ扉の向こうには、遠い兎族の城が繋がっていた。
「繋ぎとめるのに必要なのは、―― 決して、用意された役割などではありません」
兎族のルイはそう告げると、自らが選んだ落人が待つ城へと帰った。
彼にとって相が合わない竜族の商人の住まいに、彼が再び呼ばれるのはまだまだ先のこと。
「ご主人さま、おかえりなさい!」
お帰りになるの早かったですねえ。
迎えてくれたユーナの笑顔に、ルイはほっと息をついた。
「……… 私は間に合いましたがね」
安堵を込めて、その笑顔に手を振る。
その幸せ。
「―― 貴方はどうでしょうか」
﹡﹡﹡
「さて。――― 今日のお仕事の手順のミーティングをします!」
しっかりと覚えてきましたか!
「はい! カナのアニキ!」
「頑張りました! アニキ!」
問いかけた佳永に対して、答えたのは仕事仲間であるトールとレイヤである。
「では、龍形の方の特徴をのべなさい! …レイヤ!」
気持ちの上では、鞭を片手にびしばし指導する家庭教師の心境でした。
「う、ははははははい! ろ、龍形の特徴は①蛇族の大蛇によく似た体形である。②蛇族の突然変異として生まれた個体であることが多い。③いずれかの性を得た存在であり、主に水の性を得ているものが多い。……です!」
うん、しっかりと勉強してきたようですね、正解です。
――だから、その「合ってた? 合ってた?」みたいな表情でこっちを見るのは止めてください。うっかり癒されてしまいそうです。
「…次、龍形の方をお相手に身体を洗う場合に気をつけるべきこと! …トール!」
ほだされる前に、次の設問へと進ませていただきました。
しゅんと頭を垂れるレイヤに対して、トールがぽんと肩を叩いています。
ほんとうにこの二人は仲がいいな。
今は席を外しているメイドのウルティカさんを含めて、幼馴染だという彼等は羨ましいくらいに仲がいい。――― ああ、どうしてるかなあの童顔親父。
ふと故郷の腐れ縁を思い出した佳永だった。
「はい。龍形の方々はその長大な体型にもかかわらず細かな動きを自由に行われます。よって、作業中の危険度が高くなりますので、常に看視1名、実行者2名の最大警戒態勢であたるのが無難だと思われます!」
「そうですね、それが一番良い方法でしょう」
見事に説明してのけたトールを褒める。
レイヤがトールの肩を小突いて「やったな」とか言っておりました。うん、仲いいなあ。
「さらに今回は、この道具を用いることにします」
どんと机の上においてみたのは大きな箱。
「…なんすか、これ」
「―― 毛玉? 」
鼻をすんすん鳴らして呟いたのはトールでした。…エリート風青年の名札がうっかりはがれそうになるから止めなさいね、トール。
トールに対してちょっと見方が変わりそうになった私からの忠告でした。
◇◆◇
夜が明けて朝が来ても、ご主人さまは帰っては来られませんでした。 ――― 今日の仕事が終わったら、リアディさまご自慢の秘蔵の酒を片っ端から呑んでやろうと思います。絶望を味わうがいい、酒好きのうわばみめ。
「今日は、どうぞよろしくお願いいたします!」
訪れた本日のお客様は、既に竜形を取っておられました。―――いやあ、こんな近くで見させて頂いたのは初めてです、【龍形】の方。
「ファンリーと申します。今日はとても楽しみにしてましたのよ。よろしくね」
うねるその蛇体。火のごとく赤い眼。鷹のごとき猛禽類がもつ手。駱駝のようなその頭には鹿の角。戦ぐ髪は緑。―――日本における水神の姿そのものでした。
「いいえ、こちらこそ。拙いながらもご満足していただけるよう努力させていただきます」
「……そうね。お仕事ですものね?」
……なんか含まれたんだが。
「さ、それじゃあどうすればいいのかしら? 教えて下さる?」
落人である佳永に、龍形のままで意思疎通をはかれるのだから彼女は間違いなく上位種だ。
上位なる種だ。
――――なるほど。女王さまタイプですか、この竜。
やっかいなお客様を連れてきてくれたメイムさんの表情は無表情でした。この人の表情筋はもう少し働くべきだとおもうんですよ。―― 何考えてるのかわかりゃしないわ。
「あら? 噂の【異世界から持ち込んだ道具】は使わないのかしら?」
道具を持ちだした佳永やトールたちに対して、ファンリーさまはおっしゃいました。
「はい。あの道具は今回の施術には不適応かと思われましたので」
いつ噂になったか知らないのだが、今回はデッキブラシは使用するつもりはないのでそのように説明させていただきました。
「今回は特別にお肌を刺激しないように石鹸は使用いたしません。―――ブラシもつかわず、手作業で施術させていただきたいと思います」
「まあ」
特別。
その言葉でファンリーさまの眼つきが変わった気がしました。――喜んでくださったなら何よりです。
実際、初めての龍形のお客様というだけで十分に特別扱いしてると思うのですが。
「今回使わせていただくのはこちらです」
箱から出したそれはふかふかの感触がした。
「…毛玉?」
「いえ、これは【モップ】といいます。―― 羊族の方が作ってくださった毛糸を用いて作っていただきました」
にしても、なぜみんなそんなに毛玉にこだわるのでしょうか。普通に加工してあるはずなんですが。
実は目の器官が退化した蛇の種族が生き物の熱や蛋白質の匂いによって彼我を判断しているということが影響していたのだが、さすがの佳永もそのような考察をする心のゆとりはなかったので自分の発した疑問符はそのまま置いて流すだけにとどめた。
「これを軽く濡らしたうえで、ファンリーさまの竜身を拭かせていただきます。龍形の方の鱗が格別に美しいのは、竜族でも有名な事実ですからね」
傷ができないように、丁寧に拭かせていただきますよ。
ここだけは、偽りなく云えるのがありがたい。
本来の竜族と呼ばれる種の多くは、ご主人さまやチェイサ様と同じく【竜形種】ドラゴン―――西洋竜の獣姿を持っている。だが、【龍形種】と呼ばれる蛇族の突然変異によって生まれると言われる龍――東洋龍やごく一部の【羽持つ蛇形種】と呼ばれる竜種の亜種とされるものたちなども、この世界のなかでは『竜族』の括りに入ることになっている。
彼等は大雑把なのである。
それとも、彼等にとって野生の勘とでもいうような仕分け機能があるのかもしれないが。
とにかく。
竜族の誰かが「こいつは竜族だ」と認めてしまったら、それだけで彼等は竜族とされるのだ。
某かのフェロモンでも認識してるのですかね?
そんな多種多様の竜族のなかで、【龍形種】の特徴の一つにその優美さがあります。
鯉の鱗。――に似ているらしいです、その姿は。
真鯉に緋鯉に錦鯉。―――その美しい姿に何億何千万の価値を見出したのは、我が祖国であります。セレブってわからないわ。
とにかく、【龍形種】が空を舞う様はまさに天上の美とまでいわれてはデッキブラシで『ごっしごし』など出来ません。特注したモップで地味に手作業、『拭き拭き』が正しき洗身方法でありましょう。
その選択の理由の一つには、【竜形種】の方々に比べて円形の【龍形種】の蛇体が洗いにくいということもあるのですけどもね。
ごしごし磨くついでにつるんと勢いに乗って落下しそうです、勘弁してください。
「ファンリーさまにはご心配もおありでしょうから、私はこちらでお話をさせていただきます。仲間が施術いたしますので、その間は出来ましたら大きな体動をなさらぬようよろしくおねがいいたしますね」
笑顔でのご注意をさせていただきました。
「もちろん、ご要望がありましたらその都度教えていただけましたら助かります」
竜形の場合の表情の把握には、まだ慣れていないのである。
「そうね、そうさせていただくわ」
女王様は快諾されました。
出来ることなら、その要望が実現可能であるものであることを祈らせていただきましょう。
﹡﹡﹡
「――― 【竜形種】と【龍形種】の洗身の違いについて、ポイントがあります」
それは、一昨日の緊急座学の時間のことでした。
「まず、第一に形状が違います。竜形種の方々は個体差はあれど基本的に体幹となる部分は広く、安定感があります。一方、龍形種の方々は比較すると細く楕円形。何よりもより細かな可動域を持っておられるのでほんの少しのことで身体が動き不安定となるおそれがあります」
基本的に蛇族の突然変異として生まれた龍形種の骨格は、蛇族のそれに類似している。
直進運動、蛇行運動、アコーディオン式運動、横ばい運動と応用の多いその骨格の妙と筋肉のしなやかさには頭が下がります。
「なので、万が一逃げ遅れたときにはいつもどおりの避難方法をお取りなさい。蛇形になれば、基本的に竜形種よりは軽量の龍形種の体重です。―――死にはしません」
生き延びることが最重要事項と思いなさい。
われらのお仕事はサバイバルです。どのような手を使ってでも生き延びなさいね。君たち。
「うう、でもそれは痛いとおもうんですが、カナのアニキ!」
「尻尾に踏まれた時も痛かったんだよおお」
二度目はいやだあああ。
泣きそうな顔でトールとレイヤが叫びました。
私がこちらの屋敷へお世話になる前に、この仕事の試行として二人が行うことになった竜形種の洗身で、うっかりとその巨大な尻尾の下敷きになったレイヤは咄嗟の回避行動として蛇形に戻ったことで生き延びたのだそうです。
お見事な反射神経です。その発達した生存本能の結果だとしてもすばらしいと思います。
「第二に、彼等の蛇体は水分を多く含みます。よって石鹸を用いることが彼等の身体に悪影響を与えるおそれが懸念されますので、今回は石鹸は用いません。―― 水葺きでも十分綺麗にできるだろうというのが根拠の一つでもあります」
かきかきかき。
今日も用意した砂板(砂が薄く入っている枠箱。砂に字を書き、砂で字を消す。エコな道具。屋内専用)に、列挙したポイントを書いていきます。
ちなみに書記はトールです。
私はそれを読みながら主張したいことを追加する係です。
トールが理解しているかどうかの確認にもなりますので、一石二鳥の方法なのですよ。
「ついてきてる? レイヤ」
「―――― だ、大丈夫っっす!!」
心配げに問うたところ、真っ青な顔で答えられました。
ちらりと目線でトールと会話。
『――復習は任せました』
『――了解ですっ!』
一瞬だけのアイコンタクト。
ふ、一年仕事を共にしたのは伊達じゃありませんね。
満足感に充ちた感想でした、自分。
「竜形種の方々がお相手の時は頭、角、首、背中と前脚、後脚と尻尾の付け根、それから尻尾の順番で洗うようにと勧めてきました。ですが、今回は別です」
「え?」
「カナのアニキ?」
ぽかんと顔を上げた二人を見つめました。――うん、素直ってそれだけで癒されますねえ。
「――基本的に蛇体のみを対象と考えて結構です。顎の下にある逆燐には触れぬようにそのあたりも省いて結構。上から下へとただゆっくりと絞ったモップで洗ったあと、最後に手足を磨いてください。もちろん、お客様が望まぬようであればそれも省いても結構です」
「アニキ?」
「カナのアニキ?」
それだと、汚れが落ちないんじゃ…。
心配げにトールとレイヤが呟きます。
「大丈夫です。――私に任せておきなさい」
そんな二人に安心しました。
―――己のやる仕事への誇りがなければ、ここで心配する必要はないのですからね。
十二分な仕事へのプライドをもった仕事仲間に出会えたことは幸せなことだと思うんですよ。
異世界の空の下で、佳永はそう確信した。
◇◆◇
「リアディは今日はいないのね」
困った子ですこと。
「…申し訳ありません」
仮にも上位種と呼ばれるだけの権力を持つリアディさまを子供呼ばわりされるとは。
この竜はいったい何者なのでしょうか。
「まあ、よいですわ。久しぶりにリフレッシュにきているわけですし」
なにしてるんだか掴めないおバカさんには、後で問いただすだけにしておきましょう。
「…そうですか」
瞼を閉じて呟くファンリーさまにそんな返事しか返せない自分でした。―― やはり、営業職でもない自分ではなかなか難しいなあ会話営業。
元の世界では家事手伝いという名の自営業に近い身であったことを、少しばかり悔しく思った佳永だった。
今日の天気は晴れ。
お日様も温かいということで龍形種の洗身を行うには最良の日だといえるでしょう、いいことです。
地に伏したファンリーさまの蛇体をモップで磨くトールとレイヤの姿が見えました。
「――いい気持ち。眠っちゃいそう…」
うとうととしてきた模様。
「眠ってしまってもよろしいですよ?」
終わりましたら、起こさせていただきますから。
「――――――お願いするわ」
聴こえた言葉には、眠りの気配が濃厚に宿っていた。
「お任せください」
返したこちらの言葉は、お客様にはきこえたのだろうか。
しばらくして聞こえてきた眠りの呼吸に、笑顔を浮かべた佳永だった。
「……トール、レイヤ。お客様はお休みです。ゆっくりでよいから、静かに対応しておあげなさい。もちろん、返事も小さな声でね」
汗を掻きながらモップを使う二人に近寄って、佳永は告げた。
「「はい」」
笑顔で、それでも少しだけ声をひそめて返事するトールとレイヤ。
「――初めてですね。眠ってくださるお客様は」
「たしかに」
嬉しそうに話す二人。
眠ってしまったファンリーさまの眠りが妨げられていないのか寝顔を見つめながら。
「手は休めずにお仕事しなさい。―――よほど疲れておいでだったのでしょう」
保温のために、出来るだけ陽のあたる場所に洗い場を用意して頂いて正解でした。
体温調節の出来ない蛇族の突然変異であるために、竜形種よりも敏感な肌の龍形種のために用意した大きなタオルで押さえ拭きを同時に行うように指示しながら、佳永はもう一度看視へと戻った。
磨かれたその鱗は、陽光を弾いて美しくきらめいている。
「…美しいですねえ」
鏡のように磨かれたそれを見ながら、佳永は夢のようだと思う。
この世界もこの生きものも、――まるで夢のような物語り。
自分がここにいることさえも夢のようだと思うのは、いけないことなのだろうかと。
28歳にもなった今でさえそう思う。
―――おじいさま。私はやはりあの頃と変わってないのかもしれませんね。
心の中だけで佳永は呟いた。―――たった一人の師に救いを求めるように。
◇◆◇◆◇
懸念していた事故やトラブルを起こすことなく、お仕事は陽の落ちる前に終わりました。
「あー、すっきりしました!!」
笑顔なのでしょう、読み取りにくい龍形の表情に苦戦しつつご満足いただけただろうことを知り、佳永は素直に喜んだ。
目覚めたファンリーさまは、元気を取り戻したように見えました。
「まさか寝るとは思いませんでしたわ、いい仕事でした」
? 女王様タイプだったはずなのに、すごくさっぱりした性格に戻っているようでした。
「チェイサ様には自慢されるわ勝手に仕事おしつけられるわでろくなことがありませんでしたので、無理やりリー坊に押し込んでしまったんですよねこの仕事」
「………」
リー坊?
聞き捨てならない一言が混じっていたのですが今。
「いいデトックスになりました。リピーターになる気持ちがよくわかりますわ」
カタカナ言語が多いのは、彼女が女性だからでしょうか龍形だからでしょうか。
「以前好奇心で立ち寄ってあまりの酷さにぶっ潰してさしあげた店とは全然違いますわ」
「……」
あなただったんですか、例の二番煎じの店ぶっ潰した竜族って。
危険な存在を相手に仕事してたことに気付いたトールとレイヤがぶるりと震えたのが見えました。
気持ちはよく分かります。
「うふふ」
にっこりと笑う存在は、まさに自由気ままな竜族でした。
「例の店なんかいきなり濡れそぼった雑巾を持ちだして竹に挿して付きたてようとしてきたのですよ。それはもう潰すしかないと思うのはとうぜんですわよねえ?」
「――――」
そうですか。
肯定も否定も出来ない我々でした。
「しかも! その前には粗悪な安い石鹸水を私の身体にかけてきたのですよ、最悪ですわ」
おかげでしばらく痒くて痒くて仕方なかったんですよ。ほらお肌が荒れちゃってしまっているでしょう?
「……」
ファンリーさまの愚痴を笑顔で訊くのも仕事かと思い、相手をしておりました。お仕事ですから。
後ろに並んだトールとレイヤから尊敬の視線がずぶずぶと私の背中に刺さっています。うん、痛い。
予測どおりでした。
龍形の方々は水の性を持つだけあって、石鹸などといったモノに対しての親和性が顕著です。それはすなわち、アレルギー肌の方にハイタ―原液素手にかけなさいねといったような結果にしか並んだろうと思いました。ええ。
同じく、竜形に比べて蛇体そのものが既に水気を含む龍形に濡れそぼった雑巾はダメだろうとも思いました。
「――― 余分な水分で体温が冷えて大変でしたねえ」
「そう! そうなんですのよ!!」
それだとばかりに喰いついて来たのは、ファンリーさまでした。
「家に帰ったら即行で暖炉に火を入れさせましたわ。――女性に冷えは大敵だと申しますのに」
「……おつかれさまでした」
突っ込めば突っ込むほど愚痴が漏れてくるお客様への対応は聞き流すことでよかったでしょうか、メイムさん。
ゆっくりとやってきた番頭のメイムさんに真顔で尋ねたい気持ちの佳永だった。
「――ファンリーさま。今日はわざわざのご来訪ありがとうございました」
深々と一礼するメイムさんの姿はとても頼りがいがあるものでした。素敵ですよご主人さまより。
含むところが大いにある佳永だった。
「あら、メイム。あいかわらずですわね」
苦笑いするファンリー様のお顔はどこか優しいものでした。
「ファンリーさまにはお疲れのご様子で。―― ご無理はなさらずにお過ごしくださいませ」
無表情なままにメイムさんはそう告げた。
「……。メイムってほんとう、生真面目なんですから」
誰の影響なんだかわかりませんわ。
ぶつくさとメイムさんのことを呟いた後、ファンリーさまは優美な鱗を輝かせながら暁の空を舞いながら帰られました。
―――最後に、私に一言を言い渡されて。
「――同じ女性として忠告しておきますわね? 」
「は…い?」
一体何のお話でしょうか。
「その髪型も素敵だけど、今度からは帽子を被るとかもいいかもしれませんわよ?」
一緒に見送りの列に並んだ男たちから離れた場所まで誘導されてからの一言でした。
「――――――― 右の耳元にマーキングされてるわ」
ねえ、あの子も本当に独占欲が強いったらありゃしないんですから。ほほほほ。
「・・・!!!!!!」
勢いのままに、二つに分けて耳元で結んでおいた髪の毛を手で覆った瞬間でした。
普段は肩を少し超えた程度の長さの髪の毛なのですが、仕事中だけは左右にわけて括るのが私の流儀だったのです。
「髪の毛でぎりぎり隠れる場所だけど、気をつけなさいね」
といっても、隠したところであの子の独占欲が消えるわけじゃないでしょうけど。
「………」
「あの子をよろしくお願いしますわね」
その一言を最後に、ファンリーさまは空を飛んで去って行きました。
残るのは、怒りに震える落人が一名。
「アニキ…」
「カナのアニキ……」
「………」
三者三様の反応が周囲に溢れていました。
酒は残しません。寝室の出入りも許しません。――――――――覚えてやがれ、くそご主人さま!
誓ったそのときの文言は決して破られなかったそうな。
(な、俺の秘蔵酒が全部ねええええええええ)
(自業自得です、反省なさい)
(ちょ、カナ。―――扉開けろってば!)
(うるさいです駄竜! ハウス!!)
(駄…。ちょ、どういう扱いになってんだよ俺………)
了
スクロールまことにお疲れさまでした!
次回はおそらく来年…かな?(冷や汗)気長にお待ちいただけると嬉しいです。
それから、原作者である夕花さま、兎世界の汐井サラサさま、蛇世界のfreedomさま、優しいご対応ありがとうございます!
おかげでこの作品が人の目に触れることができました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします! (敬礼)
読み続けてくださっている方々、お気に入り登録してくださっている方々、感想やコメントを下さる方々、みなさまにも感謝をいたします。
ありがとうございました!
※ 23年には「竜とり!5」を投稿出来ればと思っております。遅筆なくせにいろいろと手を出しててまことに申し訳ありません!><。。。。。。。。
※キャラ名修正しました。