風鈴を外した家
祖母の初盆で、久しぶりに田舎の家へ帰った。
縁側の軒先に、風鈴を吊るす金具だけが残っていた。ガラスの本体も、短冊も、舌もない。金具だけが、風にも鳴らず、ぶら下がっていた。
「なんで外しちゃったの」
何気なく訊いた私に、居間の親戚たちは、みな一様に口をつぐんだ。伯母が湯呑みに目を落とし、伯父が咳払いをした。「昔から、この家は風鈴を吊るさないんだ」と、父が低い声で言った。それ以上は、誰も語らなかった。祖母が生きていたころ、あれほど風鈴好きだったのに、この家にだけは一つも許さなかった、その理由を。
その夜、私は奥の座敷に床を延べて寝た。親戚たちは、なぜか私を、いちばん奥のこの部屋に寝かせたがった。ほかにも空いた部屋は、いくらでもあったのに。
寝入りばな、玄関のあたりで、りん、と音がした。
風鈴の音だった。外したはずの、あの軒先の。空耳だと思い、寝返りを打った。しばらくして、また、りん、と鳴った。今度は、玄関ではなかった。廊下のあたりだった。さっきより、少しだけ、こちらに近い。
りん。りん。
鳴る場所が、ゆっくりと、家の奥へ移っていく。玄関、廊下、そして仏間。決まった順路をたどるように、一つずつ。りん、と鳴るたびに、古い畳を踏む、かすかな軋みも、一緒に近づいてくる。誰かが、鳴らない風鈴を手に提げて、この家の中を、静かに歩いているかのように。いや——かのように、ではないのかもしれない。
りん、と、襖のすぐ向こうで鳴った。
私は布団の中で、身をこわばらせた。次に鳴るのが、この座敷の、枕元だということを、体が知っていた。
私は思い出していた。昨日、仏壇の奥で見た、古い写真のことを。この家で、昔、何人もの子どもが、夏に亡くなっているという、親戚の噂話のことを。決まって、村を出た家の子が、初盆や法事でこの家に帰ってきた、その夏に。——今の、私のように。だから祖母は、決して風鈴を——。
りん。
枕元で、鳴った。畳が、ひとつ、軋んだ。そして、すぐ耳もとで、誰かが静かに息を吸う音が、聞こえた。
私は、目を閉じたまま、動かなかった。開けて、そこに誰がいるのかを、確かめる勇気がなかった。祖母がなぜ風鈴を外させ続けたのか。この家の子どもたちが、なぜ夏に死んだのか。その答えだけが、いま、私の枕元で、息をひそめて、涼しげに、鳴っている。




