ゲームがやりたい岸崎さん
私、岸崎姫香は姫騎士だった。
というのは前世の話であって、勇者へバトンを渡すために死地へと向かった私は、壮絶な戦いを見せた後に、見事役目を果たして散ったのだ。
そうして気が付けば、この日本に産まれていた。
前世とは比べ物にならない世界で、私は高校生になった。運動も卒なくできて、頭もそれほど悪くはない。良くはないけれど、テストで良い点を取る術だけは、ズルがしくも身に着けることが出来ていた。
一夜漬けって、達成感があるよね。
かつて私に道徳を説いた、王である父は、今の私を見てどう思うのだろうか。
可愛いペットの動画を観ながら、スナック菓子をポリポリと。可愛い愛猫と戯れて、深夜のバラエティ番組を楽しんだら就寝。
そんな順風満帆であった人生に、高校一年の夏。変化が表れた。
「ケントって、ゲームが上手いよなぁ」
「そう? あんなの、練習すれば誰だって同じような動きができるって」
昼休み。少し所用で教室から離れていたら、私の席に座って弁当を食べる人がいてしょんぼりしている図。
今から席に戻って弁当を取ると、なんだか気まずくなりそうだし、ここは購買部で何か買おう。そう思って教室から出ようとした時、そんな話し声が聞こえてきたのだ。
「いやいや、あの反応速度は真似できねぇよ。あの攻撃をガードして、すぐさま反撃してコンボを繋ぐ。見事すぎて呆気にとられたね」
攻撃、ガード。なんだか血が騒ぐ言葉だ。
「慣れだよ、慣れ。明はあのゲーム、初体験だろ? だから向けたって仕方がないよ」
「いやいや、慣れていたってあの動きは無理だ。あんまり謙遜すんなよ。お前は最強のファイターだ」
「何の話をしているの?」
最強。そんな言葉を聞いてしまったら、黙ってはいられなかった。私もかつては最強を目指した身。彼は一体、どんな最強なのだろうか。
「き、岸崎さん? あ、いや、こいつ、ケントが格闘ゲームめっちゃ上手いんだよ」
「格闘ゲーム?」
ゲーム、テレビゲームの話だろうか。家にはその類のものはなくて、その手のものが好きそうなお父様は、今は海外暮らし。あまり縁のない言葉だった。
「そう。一対一の殴り合い」
「やめなよ明。岸崎さん、そういう物騒なのは嫌いだよ。たぶん」
ケント、と呼ばれた男子は、私のことをそう評した。
両親は日本人だけれど、少し遡ると外国の血が入っているらしく、私の髪の色は金色。瞳も青かった。お人形みたい。なんてよく言われていたから、あまり活発に動くタイプには見られないのだろう。
「そう見える? 私、体育の成績は自信あるよ」
「そうだよ。岸崎さん、結構評判いいんだぜ? おまえ、体育苦手だから関心ないんだろ」
「いや、まぁ、そうだけど」
人は見かけによらない。思い知ってくれたところで、畳み掛けてみよう。
「反射神経にも自信があってね。テレビゲームって、たいていそういうのが有利なんでしょ? ねぇ、ちょっと私と勝負してみない?」
「えっ!? いや、岸崎さんゲーム好きなの?」
「ううん。やったことない」
笑顔でそう言ってのければ、とても困惑しているのが見て取れた。
「やったことないから、ちょっと興味あるの。ね、一緒にやらせて?」
「いや、でも、……え、じゃあ家に来るの?」
「駄目?」
怒涛の攻めに、明と呼ばれた男子生徒は口をあんぐりと空けて茫然としている様子。ケントと言う彼も、どうしていいか分からない様子で狼狽えている。
「私、自転車なんだけど、学校が終わったらすぐに行っていい?」
「あ、いや、僕は電車通学で……」
「じゃあ、駅で待ち合わせ! 先に行って待ってるからね」
そう言葉を残して、私は購買部へ向かった。少し強引だったけれど、私の友人でゲームを嗜む人はおらず、この機会を逃すと一生触れられない気がしたのだ。
だから、強引に事を運んでしまった。私が去ったあとに、教室でちょっとした騒ぎになっていることなど、つゆと知らずに。
***
「そう言えば、名前なんだっけ」
電車の座席に、隣り合わせで座りながら問い掛けた。
「勇田剣人」
「そうだった、そうだった。ごめんね、人の名前を憶えるのが苦手で。今度は憶えたから。ほら、歴史の授業とかって、いっぱい人の名前を憶えなきゃならないでしょ? 大変だよね」
「そ、そうだね。十五代将軍とか、ちんぷんかんぷんになるよ」
「わかるー。でも一人だけはちゃんと憶えたよ。ほら、生類憐れみの令のひと。光秀、だっけ?」
「それは明智」
「あー、そっか。じゃああれだ。勝家」
「それは柴田」
……この人、本当に十五代将軍を言えないのだろうか。適当に言っている名前なのに、的確に修正をしているようなんだけど。
馬鹿だって、思われていないだろうか。ちょっとだけ心配になる。
「あ、ご、ごめん。僕と話していてもつまらないよね?」
「え? ううん、楽しいよ。頭いいんだなーって思う。私、あんまり良くないし」
「いやいや、そんなことないよ。だって生類憐れみの令って言えたじゃん」
……褒められているのか馬鹿にされているのか、絶妙なラインだと思う。
「あ、次の駅でおりないと」
「そうなんだ。えっと……しがつついたち駅?」
「わたぬき」
都市伝説にありそうな駅だと思ったら、そんなことはなさそうだった。
精算をして電車を降りると、コンビニで飲み物を買って十分ほど歩く。初めて訪れる人の家で飲み物をごちそうになるのは、少し申し訳ないような気がした。
「ミルクティー、好きなの?」
「うん? どうして?」
「なんか選んでいたみたいだから」
「あぁ、メーカーによって美味しさもそれぞれだからね。今日の気分で選んでいたの。どんな気分か知りたい?」
「え? う、うん」
「初めてのお家へ行くから、初体験のお味」
「は、初たっ!?」
……そのリアクションの意味がわからずに、少しポカンとしてしまう。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。うん、ちょっと緊張しているだけ」
「ふーん。あ、もしかして私と戦うのが怖いんだー。ふふーん、まだ見ぬ才能を開花させてやるから」
「うん、そうだね……。きっとそう」
少し疲れたような表情を覗かせる彼の案内で、私は二階建ての家に辿り着いた。
「ただいまー。ちょっとお客連れてきたけど、構わなくていいからなー」
彼はそうやって声を張り上げると、靴を脱いで私を階段へと誘導していく。
「お客? また明く、ん――。あら、可愛らしい子。ゆっくりしていってね。麦茶とかいる?」
「そういうのは良いから!」
少し顔を赤くする彼を追って、階段を登っていく。
「お邪魔します」
「はいはーい。ごゆっくりー」
大人しそうな剣人とは違って、どこか活発そうなお母様に見送られて二階へ。その中の一室に招かれる。
ベッドとテレビ、テーブルがあるだけのシンプルな部屋。白いラグが清潔感を表していて、想像していた男子高校生の部屋とは、少し違っていた。
けれど、テレビ台やデスクに置かれたパソコンから出る配線が、自分の部屋にないもので新鮮な気持ちになってくる。
よく見れば、モニターがいくつもある。座って見やすい位置に一つ、唯一ある椅子、ゲーミングチェアの前に一つ。そしてパソコンのモニター。
「うわー、パソコンだ」
「あれ、持ってない?」
「うん。スマートフォンがあるし、学校のタブレットもあったし」
使えるようになっておいたほうがいい、なんて聞くのだけれど、今はまだ機会に恵まれていなかった。機械だけに。
「今準備するから、適当に座っておいて。ごめんね、椅子の余りもないし、クッションもなくて」
「ぜんぜん平気」
かと言って、ラグに陣取るのも申し訳なく思って、隅の方へちょこんと座る。ゲーム機のセッティングをしているのだろうか。作業をしている姿を楽しみながら。
「コードが絡まったりすると、憂鬱だよね」
「イライラするよね。でも、乱暴に扱っても後で困るのは自分だからって、冷静になる」
いくつものゲーム機があるなかで、コードを差し替えたりしながら準備しているのは、初心者の私でもやりやすい物を選んでくれているから、なのだろうか。
「あんまり複雑な操作は大変だろうから、先ずはレトロゲームからやってみようか」
「簡単なの?」
「画面が慌ただしくないから、落ち着いてできると思う」
「ふぅん。レトロゲームって動画でよく流れてくるけど、あまり観たことがなかったなぁ」
「実況動画?」
「そう。勇田くんはよく観る?」
「参考にしたいときとかは、観るかな」
攻略ってやつだ。一夜漬けばかりの私とは大違いなほど真面目な答えで、ちょっと尊敬の眼差しを向けてしまう。
そのまで真剣になって向き合えるものがある、ってのは、どんなジャンルだろうと格好良いものだ。
「よし、準備完了。早速やろうか」
お呼びがかかって、テレビの近くへとにじり寄る。彼の近くに根を張ると、既に画面上には様々なキャラクターが映し出されていた。
「いろんな人がいるね」
「好きなキャラクターを使っていいよ。操作説明は――」
「そういうのはいい。適当にやってみるから」
準備までさせておいて、更に時間を取らせるのも申し訳なかった。
女の子のキャラクターがいたので、それを選択。そのくらいの操作は何とかできた。そして、勇田くんの選んだキャラクターとの戦いが始まる。
「お、お、おぉ。パンチが出た」
パンチ、キック、ジャンプ。ボタンを押せばそれぞれ違った動きをしてくれる。連続でパンチを繰り出せば、なんだか爽快で気持ちがいい。
「よーし、近付くぞー」
キャラクターを動かして、相手キャラクターの前まで移動させる。そうしてパンチを繰り出すと――。
「うわー、防がれた」
残念なことに、ガードをされてダメージが与えられない。もう一度、もう一度。たまにキックを交えるけれど、しっかりとガードをされてしまう。
「上手だね」
「あ、ま、まぁね」
苦笑している。私は相当、初心者丸出しなのだろう。
「こんな事もできるよ」
勇田くんがそういうと、コントローラーがガチャガチャと音を立てる。すると、相手キャラクターが見たこともない動きをした。
「腕っ! 腕が伸びたっ!」
「こんなことも」
「うわーっ!? 火を吹いたっ!」
感動している私をよそに、私のキャラクターはあっという間にダメージを受けていき、上の方に表示されているゲージが半分ほどに。
「どうやるの?」
「ボタンを順番に押すんだよ」
貸して、と言われたので、コントローラーを手渡す。その手の動きをよく見ていると、確かに素早く、複数のボタンを押したり、移動する際のボタンを押したり。
「えっと、こう?」
コントローラーを返してもらい、早速、コマンド入力と呼ぶらしいそれを試してみる。
「あぁ、なんかパンチとかキックが出る」
けれど、なかなか上手く行かない。
「もう少し早く動かす感じ。押すんじゃなくて、指を滑らせる感じで――」
押さずに、滑らせる。それは親指で猫の肉球を触る感じだろうか。自分なりの感覚で試してみると――。
「あ! なんか出た! ほら、必殺技!」
これで逆転だ! と意気揚々に相手キャラクターに繰り出すと、いとも簡単に防がれる。
「……必殺技って、必ず受けるのが決まりじゃない?」
「決まってない、決まってない」
悔しいけれど、ガード出来てしまうのだから仕方がない。けれど、自分の操作でキャラクターが特別な動きをしたということが、なんだかとても嬉しくて。
意味もなく必殺技を繰り出し、勇田くんがそれをガード。それを何度か繰り返し、ちょっと休憩とミルクティーを口に含む。
「よーし、こっからは本気の勝負だ! 君の本気を見せてみろ!」
などと挑発を繰り出して、華麗なるコンボで体力ゲージが消え去った。
「あははっ、負けちゃったかー。ね、もう一回やろ? 今度は私、君が使っていたのを使ってみたい」
どうやって腕を伸ばすの? どうやって炎を吐くの? 質問をして、それを返してもらって。結局、必ず負けてしまうのだけれど、たまに画面が切り替わる時、笑顔を見せる二つの顔が、なんだか楽しくて。
楽しみに買ったミルクティーが、全然減らないまま時が流れた。
「あ、もうこんな時間だ」
夕暮れを告げるチャイムが流れ始め、私はハッとした。
「電車の時間って何時だろ? まだあるよね?」
「うん、あるよ。あと三十分かな」
「あー、それだともう帰らないと。家に着くのが遅くなっちゃう」
「あ、じゃあ送っていくよ。先に外で待っていて」
そう言って、ゲームを終了させている勇田くん。その後ろ姿にお礼を言って、私はバッグにミルクティーを詰めて席を立つ。
階段を降りながら、私はふと、思い出したように笑ってしまった。
(なんだか、昔、修行をしていたときのことを思い出しちゃった)
騎士になろうと、そう志した時。当時の護衛の騎士が戦い方を優しく教えてくれた。厳しくされることを望んでいたけれど、厳しくすれば強くなるわけでもないよ、と。そう教えられて。
でも、時には厳しさを見せる時もあった。それは、命を懸けた戦いに臨むのだから当然のことで。
(こんな世界だったら、彼もずっと、優しく教えてくれていたのかな?)
失礼なことだと思いつつも、私は勇田くんの姿にあの騎士の姿を重ねてしまっていた。
もう、戻ることの出来ない想い出。でもなんだか、それでもいいと思えた。この世界でも、また。そんな想い出が作っていけるのだから。
もしも私がこの世界に生を受けたのが、神様の力だったのだとしたら。私は感謝をして前に進もう。その為には、約束をしておかないと。
「連絡先も、交換しておかないとね」
お邪魔しました! そう元気な声が玄関に響いた。次に来る時は、手土産を持参しよう。彼は、お母様は。一体どんなお菓子が好きなのかな?
かつて剣を握った手で、泡だて器を持つのも悪くはないかも。そんな自分を想像して、また笑顔になる。そうして、私は玄関を潜った。
***
(姫香ちゃんが、姫香ちゃんが家に来たっ!?)
姫香を先に部屋から出したあと、剣人は顔を抑えて声にならない声を出していた。
学校のアイドルとも評される、学校一の美人が家に来た。それだけでも舞い上がってしまうのに、そんな彼女が、自分と共に、同じ画面を見つめて、ゲームをしたのだ。
そこでふと、彼女が家に来ると言った昼休みのことを思い出す。
あの一瞬の静寂。飼い猫と遊ぶのが趣味だと言って、この夏までクラスメイトと遊ぶ機会がなかったアイドルの急な心変わり。
静かながら、クラスに訪れた最大のパニックだった。
(僕、変なこと言ってなかったかな? おかしなやつだと思われなかったかな?)
不安に思いながらも、片付けをし、身支度を整えたその時――。
「剣人っ! 女の子を一人で帰しちゃ駄目じゃない!」
「解ってるっ! 今、送っていくところだからっ!」
部屋を訪れ怒る母親に、「先に行ってもらっただけだからっ」と話しつつ、剣人は階段を降りていく。
クラスのパニックは、しばらく続くだろう。彼自身に、この後、強烈なパニックが訪れるのだから。




