聖剣鍛冶師(?)の憂鬱
「僕に聖剣を打ってください、グランドスミス!!」
「…………」
第一声、その青年は食堂で日替わり定食を頼むようなノリで聖剣を注文した。
実のところこうした輩は珍しくない。俺はこれでも国一番の鍛冶師だと自負しており、数年前には魔王を討伐した勇者の剣を打ったことで聖剣鍛冶師などと呼ばれている。そのせいで聖剣を打ってくれと工房を訪れる戦士は毎日とは言わないがそれなりの頻度で出現していた。
「……うちは一見さんお断りなんだけど、紹介状は持ってる?」
「はい! ここに!」
俺が作業の手を止めて青年に訊ねると、彼は懐から一枚の手紙を取り出し手渡してきた。
手紙の差出人はこの国の騎士団長。封を開けて中に目を通すと、この青年が先日正騎士に叙任されたことが記されていた。
俺に武器を打ってほしいと希望する者は多いが、その全てに対応していてはとても手が回らない。騎士であれば正騎士、冒険者であればB級以上で紹介状を持ったものだけ相手をすることにしている。
本音を言えば目の前の青年はノリが嫌なので追い返したいところではあったが、騎士団長の紹介状がある以上あまり無碍にもできない。仕方なく俺は商談用のテーブルにつき、新人騎士と向かい合った。
「それで、聖剣を打ってほしいってことだけど、具体的にどんな剣が欲しいの」
「どんな……?」
問われて、新人騎士は不思議そうに首を傾げる。どうやら全く具体的なイメージを持っていなかったらしい。
「……片手持ちか両手持ちなのか、形状とか重さとか色々あるだろ?」
「ああ! 勇者様が持っていたのと同じタイプの剣がいいです!」
「はいはい。両手半剣ね」
今更呆れることもせず、淡々と新人騎士の希望を確認していく。
「剣に付与する特性の希望は? 最大五つまで付与できるけど、一つは【自己修復】にするのがおススメだね。長期任務でも性能が落ちないってのは地味に強いよ。【軽量化】を希望する奴は多いけど、あれは威力も落ちるからおススメはしない。あ特攻系は汎用性はないけど、目的がはっきりしてるなら悪くないと思うよ」
そう言って俺は新人騎士に値段と性能を記載したカタログを渡す。新人騎士は「むむむ」と唸り真剣な顔でカタログに目を通していたが──
「あの! 聖属性の付与がカタログにないのですが?」
「……【アンデッド特攻】【魔族特攻】【蛮族特攻】とか組み合わせればいいんじゃない?」
「いえ! そういうのではなくて! 邪なるものを祓う聖なるオーラを──」
「いや、そういう抽象的なのはいいから、具体的に言ってよ。聖なるオーラって何?」
当然と思っていたことを改めて問われ、新人騎士は目を瞬かせる。
「それは……神の加護とかじゃないでしょうか?」
「なら教会に頼みなよ。どう考えても鍛冶師の領分じゃないだろ」
バッサリと切り捨てる。新人騎士は戸惑いながら問いかけた。
「えと、でも勇者様の聖剣は……?」
「あれにそんな特性はつけてないよ。あいつが魔王を倒して勇者になったから、結果的に聖剣って呼ばれるようになっただけ。聖剣を持った勇者が魔王を倒したわけじゃない」
「……吟遊詩人のサーガでは、正しき心を持った者にだけ振るえる剣だと──」
「んな訳ねーだろ。俺は使い手を選ぶ欠陥兵器を作った覚えはねぇ。それに武器なんて所詮、誰かを傷つけるための道具だぞ。本当に正しい奴はそもそも武器なんて持たないし、“聖”とか“正”とか言葉で飾らなきゃらならないようなことはしない」
「…………」
騎士道を真っ向から否定するような言葉に新人騎士が鼻白むのが見て取れた。
これで怒って帰ってくれれば良かったのだが、彼はすぐに気を取り直し深々と頷く。
「なるほど! 善悪は単なる力の性質ではなく、その者の行動によってのみ示されるというわけですね!」
「…………」
いや、別にそういうことが言いたかったわけじゃ──もう何でもいいや。
話題を切り替える意味を込めて、俺は気になっていたことを口にする。
「そもそもの話、何で剣を希望してるわけ? 配属先は王宮警護? それとも辺境調査団とか?」
「いえ、西方で魔族の残党との戦線に赴く予定です!」
新人騎士の答えに俺は顔を顰めた。
魔王が倒れたとは言え、魔族は未だ数万単位の軍勢を維持して人類と戦い続けている。そこに赴くということは、即ち戦争に参加するということだ。
「……戦争に行くなら、剣じゃなくて槍とか長物の方がいいんじゃない?」
大前提として剣は中途半端で弱い武器だ。
戦いで最も重要視されるのはリーチの長さ。障害物の無い戦場で同じ技量の剣と槍の使い手が戦えば、槍の方が圧倒的に強い。
一方で剣の強みはどんな戦場でも使える取り回しの良さ。屋内、木々の生い茂った森、迷宮など槍を振るう十分な広さがない場所でも剣であれば戦うことが出来る。
逆に言えば槍を十全に振るえる戦場であれば剣を使うメリットはほとんどない。戦争において剣は精々が槍や弓のサブウェポンでしかないのだ。
「えっと……」
しかし新人騎士は俺の言葉に少し納得いかない様子で眉をひそめた。
まぁ確かに戦場の主流が槍や弓とは言え、剣は騎士にとって権威と忠誠の象徴だ。そこにプライドを持っている騎士は少なくないし、一つの武器を極めるという選択肢は決して間違いではない。
「でも勇者様は、剣一本で魔王を倒されたんですよね?」
「…………」
違った。単に勇者が剣士ならそれでいいだろうという安直な発想だったらしい。
俺は漏れ出そうになる溜め息を堪えて、彼の勘違いを訂正する。
「……あいつの場合は、魔力で斬撃を拡張できたから間合いとかあんまり関係がなかったんだよ」
「ああ! 勇者の極光!」
新人騎士が興奮した様子で叫んでいるが、俺としては正直「ふざけるな」と吐き捨ててやりたい気持ちだった。
「僕の剣でも勇者様と同じことができ──」
「言っとくけど、あの斬撃拡張は剣の機能じゃなくてあいつ本人の魔力操作技術だから」
「…………」
新人騎士が目に見えてしょぼんとした顔になり肩を落とす。
「……まぁ、剣にあの機能を付けろって言われたら出来なくはないけど」
「出来るんですか!?」
「…………」
「……何でそんな死ぬほど嫌そうな顔を?」
嫌な顔をしない筈がないだろう。
「少し考えてもらえば分かると思うんだけど」
「はい」
「魔力で斬撃を拡張するってことはさ、剣そのものじゃなくて魔力で敵を攻撃するってことなんだよ」
「それは、刀身が物理的に伸びてるわけじゃないのでそうなりますよね」
「うん。それはつまりさ、俺が丹精込めて打った剣が、単なる魔力を増幅する棒っきれでしかないってことにならないか?」
「あ~……」
新人騎士が俺の言いたいことに気づいて曖昧な呻き声を上げる。
切れ味とか強度とかほぼ魔力だより。だって刀身で敵を斬らないんだもの。鍛冶師の業とかもう、知ったこっちゃねぇって感じ。
「いや、そういうのが作り手側の勝手なこだわりで、優先すべきは使い手の求めるものだってことは理解してんだよ? たださぁ……」
「ただ?」
「そこまでやっちゃったら、それもう剣っていうか杖じゃない?」
「…………!」
新人騎士が衝撃を受けたように大きく目を見開く。
「魔力の刀身がメインで、それを飛ばして戦うなら実質的な機能は杖だよね。だって魔力増幅具なんだもん。杖をそれっぽく剣の形に成形すればもうそれで出来上がりじゃん。どうせ刀身なんて飾りみたいなもんなんだからさぁ」
「…………」
「あと斬撃拡張とかするなら、これまで習得してきた真っ当な剣術とか意味ないよね。だって遠距離から魔力ぶっぱしてりゃ、それが一番強いんだもん」
「…………」
「結局魔力がデカい奴が有利っていうか──あ。ちなみに勇者は剣術なんか碌に習ったこともない田舎娘で、馬鹿みたいに魔力だけ多かったタイプね」
「…………」
俺の言葉に新人騎士はしばし沈黙した後、口を開く。
「つまり勇者様のようになりたいと願うのであれば、剣ではなく魔法を学べ──そういうことですね!?」
「……ああ~、そっちに行っちゃったか」
明らかに狂った結論だが、目的が『勇者のようになりたい』であれば間違っているとも言い切れない。
「ご教示、ありがとうございました! 騎士団を辞め、賢者の学院で学んでから出直します!!」
「あ~、うん。転職はちゃんと家族や騎士団長と相談してからにしようね? 間違っても俺が勧めたみたいに言っちゃ駄目だよ?」
「それでは!!」
聞けよ馬鹿。マジで俺は関係ないからな?
意気揚々と走り去っていく馬鹿を見送りながら、僕は『魔力で斬撃ぶっぱしてるような連中は剣士とは別カテゴリに入れてほしい』と切に願った。
連載途中の息抜き。




