第五章:神の剣
あの頃の俺は、疑うということを知らなかった。
剣に誓い、国家に忠を尽くし、神の名を掲げて戦った。
誰かの命を奪うたび、自分は“正しさ”の器になっているのだと信じていた。
鍛錬は厳しかった。
祈りよりも、姿勢と呼吸の正しさを重んじられた。
「正しく立てない者は、正しく裁けない」──それが教えだった。
俺は、秩序の中で最も模範とされた。
剣術も、行軍も、信仰の唱和もすべて上位にいた。
だからこそ、“選ばれた”と思っていた。
正しさを運ぶ者として、生きていけると。
“神の剣”と呼ばれた。
それは称号であり、呪いだった。
だがそのときは、誇りだった。
疑う理由などなかった。
軍は国のために秩序を守り、神は国を愛していた。
剣を振るうたび、祈りの声が重なった。
それが当たり前の世界だった。
最初に違和感を覚えたのは、“神命”に記された言葉だった。
「討滅」ではなく、「粛清」と書かれていた。
言葉が変わるだけで、剣の重みが変わった。
それでも、俺は振るった。
理由を探す前に、“執行”は完了していた。
祈りが終わる前に、命が終わっていた。
“正しい”はずだった。
だがその“正しさ”が、いつからか俺自身の陰になっていた。




