第四章:光と陰との邂逅
砂嵐に巻かれていた。
方向も距離も、わからなくなっていた。
地図にない村を出てから、いくつもの集落を通り過ぎた。
名前も、言葉も、残っていない。
辿り着いたのは、岩山のふもとに広がる小さな共同体だった。
そこでは、二つの神が祀られていた。
片方は光を。もう片方は影を。
それは、俺の中の信仰では禁忌とされていた考えだった。
神はひとつでなければならない。
光こそが絶対であり、影は否定されるべきもの──
そう教わってきた。
だがそこでは、人々が影にも手を合わせていた。
子供も、大人も、老人も。
影に祈り、光に赦しを乞い、また影に戻っていった。
その日、俺は火を囲む輪の外にいた。
ただ静かに、それを眺めていた。
「……どうして、ここに来た?」
そう声をかけてきたのは、白髪の男だった。
誰の導師でもない。ただ、そこにいる者のひとり。
俺は答えられなかった。
何かを求めてきたのではない。ただ、歩き続けて、ここにいた。
その沈黙に、男はゆっくり頷いた。
「対なるものこそが均衡を生む」
男はそう呟いた。
「光だけを信じる者は、自分の陰に気づかなくなる」
「陰だけを恐れる者は、光に怯え続ける」
その言葉は、理屈ではなかった。
俺の中に沈んでいた“何か”が、わずかに動いた。
かつて祈りの中で無理やり閉ざしてきた問いが、
静かに、その輪郭を取り戻していく。
けれど同時に──
その問いに触れることが、国そのものを裏切る行為のようにも感じていた。
祈りの言葉を忘れることは、かつての忠誠を否定することだった。
命令に従えなかったあの日、自分が“秩序そのもの”から外れたことを、
今もなお身体が覚えていた。
それでも、俺はまだその思想を“信じた”わけではなかった。
ただ、拒絶しなかっただけだ。
それだけで──自分の中に、空白以外の何かが戻ってきた気がした。




