第三章:懐疑と破門
村の祈りには、神の名がなかった。
形もなかった。
それでも──それは確かに、祈りだった。
夜の炎に照らされながら、言葉を持たない祈りが交わされていた。
誰も説教しない。誰も導かない。
ただ目を閉じて、呼吸を合わせるだけ。
俺はそこに混ざれなかった。
けれど、拒まれもしなかった。
そのうち、俺の中に“わからなさ”が芽生えた。
祈りとは、形なのか。神なのか。赦しなのか。
それともただ、誰かと共にあることなのか。
その問いが、かつての同胞に届いた。
ある日、見知らぬ旅人に声をかけられた。
「国の背信者が、異端の村に身を寄せている」
そう告げる者がいたらしい。
その夜、村に軍の巡回が現れた。
剣を抜かず、言葉だけで帰っていった。
だが翌日、村の奥に佇んでいた聖職者が俺に告げた。
「君は祈っていない。それだけのことだ」
その声に責める色はなかった。
ただ事実を告げるような、静かな口調だった。
「信仰を失ったのではない。信仰の“かたち”を持たなくなったのだろう」
俺は、何も言い返せなかった。
祈るふりをしていたのか。
それとも、本当に何も信じていなかったのか。
自分でも、わからなかった。
それから間もなく、俺は村を去った。
追われたわけでも、引き止められたわけでもない。
ただ、その場所に居る資格がないと、自分で決めただけだった。
信仰は、誰かに奪われるものではなかった。
だが俺は、自分でそれを地に置いた。
祈らないという選択をしたわけではない。
ただ、祈るものが、もうどこにもなかった。




