第二章:信仰の断絶
出奔してからも、しばらくの間、祈っていた。
習慣のように。義務のように。
信仰を失ったと自分では思っていなかった。
ただ、もう軍に戻れないだけだと、そう思っていた。
だが、違った。
森の中で、膝をつき、祈りの言葉を唱えようとした。
口が動かなかった。
形だけでも繰り返してきたあの祈りの言葉が、喉を通らなかった。
喉ではない。もっと奥──思考の底で、何かが拒絶していた。
“赦されるべきではない”
そんな声が、内側から響いていた。
俺は、祈る資格を失ったのだと思った。
それは敗北ではなかった。ただ、空白だった。
信仰の代わりにそこにあったのは、沈黙と、焼け跡の匂いだけだった。
信じていた神は、もうどこにもいなかった。
いや、たぶん最初から、どこにもいなかった。
俺は神を信じていたんじゃない。
神を信じている自分の“位置”を信じていただけだった。
それに気づいたとき、全ての祈りが意味を失った。
それでも、俺は祈った。
祈りの形を持たない祈りだった。
言葉も、名前も、対象もない。
ただ、何かを赦せる可能性がこの世界にあるのか、それだけを問いながら。
数日後、小さな村に辿り着いた。
地図には載っていない。
それでも人々はそこに暮らしていた。
まるで“信仰の外側”に世界を作ったように。
彼らは俺に、剣を持っていないかと尋ねた。
俺は首を振った。
それだけで、囲炉裏の傍に席を空けてくれた。
名を聞かれなかったことに、妙な安堵を覚えた。
その夜、村の奥で祈りが始まった。
炎の前に座る老人。
向かい合うように、手を組む若者。
言葉は交わされない。
ただ、互いに目を閉じ、息を合わせていた。
それが“祈り”だとは、すぐには気づけなかった。
でも、気づいたとき──
俺の中に、何かがわずかに動いた。