第十章:継承
その子は、火の前に座っていた。
言葉を持たないまま、数日が過ぎた。
語ることはなかった。
ただ火を絶やさないように過ごしていた。
夜になると、風が冷えた。
そのたびに、子供の肩に布をかけた。
振り返らないまま、子供は火を見つめ続けた。
あるとき、薪を拾いに行った俺が戻ると──
小さな手が、不器用に枝を組んでいた。
火の中にくべるための、形だった。
それが合図だったのかもしれない。
剣も、信仰も、名前も──
俺が持っていたものは、何ひとつ渡していない。
それでも、“火の守り方”だけが、その手に残された。
その夜、子供が初めて口を開いた。
「……あったかいね」
俺は何も返さなかった。
だが、その言葉の意味は、なぜかすぐに分かった。
火は、誰かを奪う。
だが火は、誰かを残す。
俺は、その両方を見てきた。
だから、何も語らずに渡すしかなかった。
この手で火を守り続けることが、俺にできる唯一の祈りだった。
──その翌朝、俺の姿はなかった。
子供は、火を見つめていた。
まだくすぶる薪の間に、小さな石がひとつ置かれていた。
それは剣でもなければ、印でもなかった。
ただの、よく焼けた石だった。
子供は、それを拾い上げて、火にくべた。
火は、ふっと、明るくなった。




