友人eの話
通ってる大学の建ってる場所がね。
実家からギリギリ通える距離ではあるんだど。
それだとバイトも何も出来ないしで、アパートで一人暮らししてた。
女子の一人暮らしで1階は良くないと聞いてはいたけど、予算内で収まる所がそこしかなかったんだ。
1階なこと以外は特に不満もないし、仲のいい友達呼んでご飯食べたりして、楽しく暮らしていたんだけどさ。
下着泥棒が出たんだよ。
うん、夜にベランダに干してた。
でもね。
アパートのベランダの先は、住宅街の狭い道路で、アパートの敷地として、ベランダの柵からも、1メートルくらいの無駄な砂利を敷き詰めた空間があって、やっと柵があるの。
だから普通に柵から手を伸ばしてもベランダには届かないし、中に入れば砂利の音が聞こえる。
まぁ超長いトング?でも使えば多分可能かな。
アパートでの被害は私の部屋だけ。
そもそも、右隣はお爺ちゃん、左隣は出張ばかりで、ほとんどアパートに帰ってこないサラリーマン。
それぞれにベランダの両隣は仕切りあるし、そう、やっぱり長いトングでも使えば、何とか届くだろうけど。
現実味がないのよ。
半年で上下3セット。
多いのか少ないのか。
え?下着を外に干すなって?
ごもっともな意見だけど、しばらく気付かなかったの。
私、下着が好きで結構持ってたから、どこかに仕舞ってあるとしか思ってなくてさ、2セット目が消えてから、
「あれ?」
って気づいて。
初めて変だなと思って、全部並べたら、2セットなくて。
それで3セット目はね、室内干しにしてたの。
なのにさ、その3セット目がなくなって、
「あ、これ、部屋の中にまで入られてる」
って気づいて。
さすがに青くなっていたら、すぐにね、程なく住んでるアパートの近くでうろうろしている犯人らしき人が捕まったんだ。
けど、蓋を空けてみれば、その人犯人じゃなくて、探偵さんだったの。
近所の一軒家に住んでる旦那さんに頼まれて、奥さんの不貞の証拠見付けてる興信所の人でね。
奥さんは、旦那さんが留守の昼間に、家に間男を連れ込んでいるらしい。
うん、大胆。
それでその探偵さん曰く、しばらくこの辺りをうろうろしていたけど、
「自分を除けば、変な輩は見ていないんですよ」
とのこと。
あれ?
では下着は誰が?
どこへ?
首を傾げてまた振り出しに戻ったと思ったら。
犯人は、同じ大学の私の部屋にも何度も遊びに来てる友人だった。
その子、eにしよう。
eはまず、別件で捕まったんだ。
金曜日に、eは私も知ってる友人cの部屋で飲んでた。
友人cは、土日はデートで彼氏の家に泊まって、日曜日の夜に帰ってきたら、冷蔵庫のチョコレートが箱ごとなくなっていた。
貴金属でも現金でもなくチョコレートのみだったけど、気持ち悪くて警察呼んだら、防犯カメラに土曜日の午後、eの姿がマンションの防犯カメラに映ってた。
eは、宅飲みで冷蔵庫を覗いた時に、どうしても食べたかった限定のチョコレートがあったから貰ったんだって。
「私には出してくれなかったのも腹立った」
って。
何度か部屋に来た時に、隙を見て合鍵は作っておいたから、すぐ入れたんだって。
友人cの話だと、そのチョコレートはね、友人cのバイト先の後輩が辞める時に、
「先輩にはお世話になったから」
ってわざわざ並んで買ってきてくれた人気店のものだったから、大事に取っておいたんだって。
eには勿論、別にちゃんとお菓子を用意してたんだけど、不満だったみたい。
それで、あぁうん、
「合鍵を作っておいた」
ってところに引っ掛かるけど、今は先に進むね。
eがね、チョコレートの犯人だと知った友人cは、前にね、サークルの合宿でお泊まりした時に、私が着けていたインポート製の下着を見た時に、
「いいな、素敵だな」
と思ってくれていたんだそう。
そしたらよ。
最近数人で行った日帰り温泉で、同じものを、eが身に付けていた。
その時は、
「あの下着、流行ってるのかな」
と偶然で流そうとしたけれど、今回の妙に手慣れたeの犯行と、私がつい最近、
「下着泥棒の被害に遭っている」
と溢していた言葉を思い出し、こちらも発覚。
しかしe曰く、
「サイズ同じだから借りてただけ、盗んだつもりはない」
だって。
その後は、
「話し合い」
で終わったよ。
「示談」
と言う名のね、話し合い。
私も友人cも、それぞれ警察と両親と話し合った結果。
恩情とかじゃなくて、うん、単純に逆恨みが怖くて。
私は実家に連れ戻されるかなと覚悟してたけど、下着泥棒の相手が女の子って、しかも友人だと思ってた子だってことに、親も驚いてて。
そんなの防ぎようがないからって、何とか強制送還は免れた。
あと、アパートの鍵は替えて貰った。
それからしばらくは平穏だったな。
でも。
チョコレートの友人c、eの被害者仲間からね、連絡来たんだ。
木枯らし1号が吹いた日。
ちょっと辺鄙な場所にある喫茶店の壁側の席に、友人cは座ってた。
飲み物頼んでさ、運ばれてくるまでは、他愛ない話してた。
でも。
「ついこの間ね、休日に駅まで自転車に乗ってたの。
信号でブレーキ踏んだらブチッてブレーキ切れて、びっくりした。
あぁうん、スピードは出てなかったから大丈夫。
それで、仕方ないから自転車押して駅まで行ってね、用を済ませて帰りに自転車屋へ寄ったら、
『これ、途中まで意図的に鋭利な物で切られてますね、分かります?』
って見せられた。
切られたのもそうだけど、知っての通り私、防犯面が心配だからって、あの後、大学の女子寮に放りこまれたでしょ。
彼氏の部屋に泊まってたのもバレて怒られちゃったし。
でもね。
女子寮の敷地内の自転車置場、門扉からすぐで、わりと誰でも入れる場所だから、寮生のふりすれば、女子ならね、尚更さらっと入れるよの。
そう。
だからね。
考えすぎかもしれないけど、君にも少し気を付けてと伝えたかった」
親に伝えたら、今度こそ実家に帰らされちゃうからと、
「君にだけ話すことにした」
って、友人cは、珈琲の湯気に目を細めた。
私は、友人cには、教えてくれた礼と、気を付けることも伝え、しばらくは警戒してたけど、特に何もなかった。
ただ。
時を前後して、あの時に担当してくれた警察の人から連絡が来ていたんだよ。
例の窃盗友人eの行方が分からなくなっていると。
でも、気を付けようがないよね。
それから1ヶ月くらいは経ってたかな。
バイトしてさ、夜にアパート帰ったら、
「あれ?今帰りかい?」
って、隣のおじいちゃんは、コンビニ行った帰りだったみたいで、たまたま会ったの。
でも不思議そうにされて、なんだろうと思ったら。
「あぁ、夕方に、お嬢ちゃんが部屋に入ってくの見て、おかえりって声かけたらさ、顔見せずに頭だけ下げてきたから、あれ、珍しい、調子でも悪いんかと思ってたんだよ」
私ね、挨拶だけはさ、いつでも目一杯、元気良くしてるの。
それで隣のおじいちゃんはね、夕方に部屋に入る姿の私は、お洒落着にハイヒールの姿で、いかにもお出掛けから帰りましたって感じだったから、余計不思議に思ったみたい。
もうね。
あの時ほど、隣のおじいちゃんが力強く見えたことはなかったよ。
ギクッと固まった私に、おじいちゃんも、下着ドロのこともあったしね、色々察してくれたみたいでさ。
おじいちゃんに鍵渡してね、ドアを開けてもらったの。
そんでおじいちゃんに先に入ってもらって、部屋を隅々まで見て貰ったけど、誰もいないって。
そのままおじいちゃんには一緒にいてもらって、私は、何かなくなってないかを確認したんだけど、何もね、なくなってないの。
そうなの。
それもまた怖くて。
部屋の鍵を替えたのによ。
うん、さすがに引っ越した。
今住んでるのはマンションだけど、部屋に帰る度に、お風呂トイレ、クローゼットもベランダも開けて、人がいないか調べてる……」
2
ここまでが、バイト先で仲良くなった友人Aの話。
そう。
今ね、そのAから、メッセージではなくて電話が来たんだよ。
『今日シフト入ってたから仕事してきたんだけど。
マンションの前まで着いたら、ベランダ側の部屋、絶対消してるはずの部屋の灯りが点いてるどうしよう』
って。
「それは私でなく、今すぐ警察に電話しろ!」
って言って電話切ったんだけど。
さすがにさ、ほっとけないじゃん。
私も車飛ばして向かったの。
それで車を飛ばしたから、飛ばしたからこそ。
「間に“合ってしまった”」
と、言えばいいのか。
ええと、その、私の友人の、窃盗元友人eね。
eはさ、友人Aの下着付けてAの服着てAのアクセサリーを頭から足の爪先のネイルまで、Aの靴も履いて。
Aの部屋のベランダから、飛び降りた。
私が車で向かった時には、もうパトカーも到着してたんだけど。
窃盗友人eはね、その時にはもうベランダへ出ていたんだ。
ご丁寧にも、合鍵程度では開かない位に内側から玄関のドアを固めてたみたい。
それで、警察の人がお隣に交渉してベランダへ出る前に、窃盗友人は飛び降りたのよ。
生け垣ではなく、パトカーの上に頭から落ちた。
「私さ、なんか、悪いとこしたのかな……?」
Aに聞かれて、私は、何も返事出来なかった。
Aはバイト先でも、熱心でなくても普通に仕事して、バイトを無断で休むこともなく、店長キモい程度は言うけど、仲間や新人へのフォローは欠かさなかった。
ちょっとしたことで人間性って出るけど、少なくとも隣で呆然としてるAから見える、ちょっとしたとことで出るその人間性は、
「あ、いい子だな」
って思うことばかりだった。
だからといって、Aは、
運が悪った
で済む話なのか。
どうなのか。
それにそれを言ったら、友人が心配で駆けつけた私も、人生で一度も体験しなくていいベランダ紐なしバンジーを見てしまったわけだしさ。
なんなんだろうね。
そうそう。
それで、友人の窃盗元友人eはね、死んだ。
「死んでくれた」
と、言っていいと思うよ。
でも。
何もすっきりしないよね。
一番良かったのは、友人の元友人eが、
「死んでくれた」
こと。
だって、eが生きてたら、友人は今度は、きっとeに殺されていた。
現実はさ、フィクションみたいに、オチが付かない。
eが死んでも、すっきりもしないし、ただ、日々を過ごして行くしかない。
ただ、やり過ごしていくしかない。
Aは勿論、とばっちりを受けた私も。
私は、大学へは実家から通うことになり、バイトも辞めてしまったAとは、疎遠になってしまった。
ただ。
たまに、Aが住んでいたマンションの前を通り過ぎる時。
不運なAのことを、そして、満面の笑みでベランダから飛び降りた、友人の元友人eの姿を、ちらと、思い出すだけ。




