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アサガニシガ一阿沙賀と悪魔と大江戸学園七不思議  作者: ウサ吉
第四幕 阿沙賀と迷子と姉妹喧嘩
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90 それをはじめてくれたのは


 そこは筆舌に尽くしがたい奇妙奇怪に満ちた異次元だった。

 空は暗く、月もでていないがなぜか周囲は見て取れる。地面は白い雪に覆われて、しかし踏み込んだら硬く石畳のよう。

 そこら中でぬいぐるみや砂糖菓子、ティーセットなんかがが浮遊して踊り、静かに静かに騒いでいる。

 羽ペンがひとりでに大地になにかを書き込んでいる。ガラス細工を生やす木が並んでいる。紙束が鳥のようにそこら中で羽ばたいている。


 遠くを見れば無数の書物でできた山が連なり、紅茶の川が流れ、さらにその向こう側はヴェールが降りていてわからない。


 なんともメルヘンというか、整合性のない。

 まるで出来の悪い夢の中にでもいるようだ。


 そんな奇天烈な場所に、阿沙賀は困ったように佇むばかり。


「こりゃ……」


 なんだ? どうなっている?

 わけがわからずとりあえず周囲を見遣れば、なんだか玩具のような一軒家が建っていた。

 いつからそこにあったのだろう。先刻まではなかったと思うのだが。

 なんともなく誘われるようにしてその家にまで向かう。

 真新しいドアに、鍵はかかっていなかった。


 ノブを回転させてお邪魔してみれば、そこはよく知る場所であった。


「おれの部屋……?」


 箪笥がひとつ、部屋の真ん中にちゃぶ台、すみっこのテレビとDVDプレイヤー、脱ぎ捨てられた制服一式。

 確かに、阿沙賀の部屋そのものであった。


 そしてそこに待ち受けるのは、もはやその部屋に馴染んだ少女。


「ええ、おかりなさいませ、契約者様」

「、ニュギス」


 ちゃぶ台の前に、ちょこんと座るのは誰あろうニュギス。阿沙賀が来るのを待っていたとばかりに微笑で歓迎を伝える。

 異様な風景は窓の外に広がったままであるが、ともかくニュギスがいたことに阿沙賀はどこか安堵して正面に寄って座る。


 ちゃぶ台を境に面と向かって、阿沙賀はまず問い。


「ここは、オメェの?」

「ええ。わたくしも公爵ですのよ? 自分の異相空間くらい作れますの」


 けれどそれは、今まで一度だってしてこなかったはずのこと。

 ニュギスは自らの力を揮うことを極端に嫌がっていたはずだ。


 なぜ急に、という思いがないではないが、それもまとめて聞けばいい。

 差し当たって言いたいことは、窓の向こう側の異次元。


「てーかどんな世界だよ、かなり精神的にヤバいだろこの世界」

「なぜ現実を模していないのか、という問いでしょうか」

「あーまァそう」


 異相の狭間というやつは確か現実とほんのわずかにしかズレていないので、それが反映されるのではなかったか。

 この世界は現実などよりずっとニュギスの魂のほうを映し出しているように思える。

 それこそ、啓術使いの『亜空展象ムンドゥス』のほうが近いのではないか。


 ニュギスはひとつ頷いて。


「空間術に優れた悪魔であれば現実との距離を選べますので。逆に啓術使いの方々も『亜空展象ムンドゥス』ほど深くに潜らず異相の狭間に身を移すこともできますの」


 現実にほど近いからそこを模すが、距離を離せばどんどんと術者の魂の反映割合が増すという道理。

 敢えて深くに世界を用意した、ということ。


 いつかのシトリー曰く――ニュギスの魂は複雑怪奇な万華鏡のごとき不定形で不出来な物。

 その魂をそのまま転写した結果がこの不条理でメルヘンな悪夢のごとき世界なのである。


「まぁ、わたくしの世界についてお話したいわけではありませんのでお気になさらず」

「じゃあなんでわざわざこんなとこにまで連れて来たンだ」

「これは本当に誰にも聞かれるわけにはいかないことですので……隠形や結界などよりも確実性のある異相空間、それも深い場所を話の場とさせていただきますの」

「なるほどな」


 納得はできる。

 この世界については疑問だらけだが。


 ともかく話したいことがあり、話す決心がついたというのならなにより。

 阿沙賀はあとは聞いてやるだけ。無言で先を促し、ニュギスを見遣る。


 ニュギスはなにから話すべきか迷うように多くの中から言葉を選び、ひとつずつ大事な告白をしていく。


「わたくしには秘密があります。誰にも知られることのないようにと隠していることが、ありますの」

「たしか……公爵だってこと自体だろ? 他の国よりオメェのぶんだけ多くなるからっていう」

「それもありますが、実はそちらは本筋ではありませんの……本当の秘密を隠すための、バレてもいいほうの秘密ですの」

「ん。なんか、遠凪も似たようなこと言ってたな」


 ――なんらか情報を吐かねばならない時、どうしようもない時はそれを言ってしまえ。


 なにかを隠しているのは明白で、その事実はどうしても伏せておけない。

 だからこそ誰かはそれを暴こうとする。秘密があるなら解明があるという道理。


 ならば秘密を複数用意しておけばいい。


 つまり秘密を隠すための秘密。

 心理的にひとつ隠し事を暴き立てれば、そこで一旦は満足して立ち止まってしまうもの。

 まして暴いた秘密を踏まえた上で見えてくるさらに深くに沈んだ謎なんて、気づくこともできない。


「実際、この事実を知っているのはわたくしとお姉さま、そして父である魔王ベイロンのみ。他の姉妹やお母さますら知らない秘中の秘なのです」

「……母親すらって、オメェそれは」


 一体どんな――



「――現在、魔王ベイロンは魔魂顕能を喪失しております」



「…………は?」


 魔王。

 魔王?

 魔王、ベイロン?


 ニュギスの父親で、魔界で最強の存在で、人間界に訪れるだけで滅ぼす――あの魔王が?


 魔王が顕能を失っている――!?


「そりゃ……! どっ、どういう意味だよ! 文字通りなのか? 悪魔の最大の武器を、悪魔の親玉が失くしてるってそんなの――」

「ええ、ことが知れれば我が国は滅びます。他の魔王によって滅ぼされてしまいますの」


 魔界の国家間では常に勢力争いが続いている。

 敵を蹴落とし、自らを頂点へ押し進めるべく各国が奔走している。

 弱みを見せれば食い破られる。先んじすぎても叩かれる。密かに増強を、秘密裏に偵察を。

 実際に戦いが起こっていないだけで、それはもはや戦争状態となにも変わらない。


 魔王同士の戦闘だけは約定を結んで禁じているが、抜け道がないわけでもない。

 そして無論、同位階の者同士の戦闘に顕能の有無は天地ほどの差を分かつ。

 魔界における国家は魔王によってなるもの――魔王を失えばそれは同時に国の崩壊と同義である。


 まず間違いなく、この秘密の露呈は国の終焉を意味している。

 おそらくそれだけでは済まず、魔界自体のパワーバランスの崩壊からさらなる戦乱が巻き起こりさえしかねない。


「けど、なんで魔王サマの顕能がなくなるンだ。そういう顕能でも――」


 言いながら、阿沙賀ははっとする。気づいて――否、思い出してしまう。


 ある。

 あった。

 そういう顕能を、阿沙賀は知っている。


 他者の顕能を奪い去る我が儘にして最悪の――



「はい、わたくしがお父さまから顕能を奪ってしまいましたの」



欲儘エルゴ・ビバムス』――それはニュギスが心底欲しいと思ったものを、他者より奪い去る身勝手極まる顕能。

 たとえそれが魔王相手であっても、奪い取れてしまう。奪い取れてしまった。


 悔恨と悲哀と、幾ばくかの自責をこめてニュギスは遠い目をする。


「まだわたくしが分別つかない幼き頃、お父さまの顕能を一目見て――心から欲してしまいましたの」

「それで、奪った。魔王の顕能を」

「はい。わたくしの、はじめての顕能行使でしたわ」


 当時は本当に大変な騒ぎになりかけた。

 急にベイロンが顕能を失い、その理由も判然とせず、他国からの攻撃かとさえ思われた。

 家族や家臣たちを巻き込み事の調査を行ったが、原因を明らかにするのに数日かかった。

 あの時アティスが気付いて、原因がニュギスにあることを父にだけ報告していなければ、今頃はどうなっていたのだろう。


 わからないが、ともかくそこでベイロンはニュギスを憂いて他の者たちに顕能は戻ったと伝えて事を終息させた。


「魔王の弱体を知られるわけにはいきませんの。同時に、魔王の顕能を操るわたくしの存在もまた危険」

「なんなら他の魔王からすら奪い取れる可能性があるもんな、随分とシャレにならねェ爆弾じゃねェか」


 そらひた隠しにするわ。

 消えていたら次元を超えてでも探しに行くわ。


 阿沙賀ですら肝を冷やすほどのとんでもない事実であった。


「てーかそれって返せないのか?」

「手にしたものを返却する……? いえそのようなことは考え及びませんでしたが」

「そういう奴じゃ返せねェわな」


 顕能は魂の顕れであるが故。

 だがそれならば、彼女でなければそれは可能なのではないのか。


「ふむ」


 すこしなにか思いつきそうであったが、思索の深掘りよりも対話を優先。

 阿沙賀は一瞬逸らした視線をニュギスに戻す。彼女はそれを待っていたかのように続きを語る。


「それからわたくしは城に閉じ込められましたわ」

「閉じ込めるっても、そんな埒の開かねェ」


 というかそれで済ませていいのか?

 だって魔王の顕能を奪った下手人というのならば、それは――


「もしかしたら。もしかしたらわたくしを殺せば顕能が戻る、かもしれない……そう考えるのは自然でしょう」

「!」

「ですが、お父さまはわたくしを愛してくださいましたの。お姉さまはわたくしを愛してくださいましたの。だから殺すことを遠ざける意味での軟禁ですの」


 身内にさえ知らせなかったのもその事情が大きい。

 ベイロン自身が命じずとも、勝手に凶行に及ぶ者もあろう。


 実際は、ニュギスが死ねばそこで奪った顕能も失われる公算が高かったということもある。

 けれどやはり、家族からの愛は本物なのだ。


「……けどそんなの、ただの時間稼ぎだろ。明確になにか解決手段がねェと最後には」

「ええ、ですから、その解決法を探すための時間稼ぎですの。

 ――結果、お父さまはひとつの結論に至りましたの」


 顕能を移す顕能などというものはないか。

 一度行使した顕能を逆戻しできまいか。

 新たな顕能を芽生えさせた前例はあるか。


 悪魔を探し、資料を漁り、人界にさえ可能性を求めた。

 だが結局、そんな都合いい結末は用意できず、打ち立てた結論はもっとか細く儚い。


「わたくしならばいずれ魔王にさえ到達しうる。それさえ叶えば、すべて問題は解決だと」


「――は?」 


 虚を突かれ、阿沙賀は間抜けな声を漏らしてしまう。

 そんな実現性の低い可能性に賭けたというのか。国を牛耳る者が、魔界の王が、世界さえ滅ぼしうる悪魔が。

 そんな馬鹿な。


「じゃあなにか、オメェが魔王になるまで秘匿し続けとく腹だったのか、流石に無理筋だろ。馬鹿馬鹿しいにもほどがある」

「ええ、無茶です。無謀ですの。ですがそんな気休めのような言い訳を信じて、お父さまとお姉さまはわたくしを生かしていてくれますの」

「っ」


 無理はわかっている。

 希望的観測だと承知している。

 それでも、家族を死なせたくはないから。

 そんな純朴なほどの気持ちでもって、魔王はニュギスを匿っているのだ。


 魔王ベイロン。

 彼は確かに国を牛耳る者であり、魔界の王であり、世界さえ滅ぼしうる悪魔であるが――


 それ以前、愛する娘をもった父親であった。


 不合理を理解しながら不正解を選択し、必ずのちに厄介が巻き起こることを承知で現状維持を選んだ。

 なるほどそうした大勢よりも自らの欲望に従うところなど、ニュギスの父であると言われて頷けてしまう。


 そしてそうした儚い先延ばしを僅かでも長らえさせたいのならば、ニュギスの家出は言うまでもなく愚行だろう。

 たとえ父と同じく欲望に逸った行動だと言っても、彼女のそれは後先を考えてなさ過ぎた。

 姉に優しく突き付けられた事実は、間違いなく正しい。


「ですからわたくしは、帰るべきなのではないかと、お姉さまは正しいのだとわかっているのです」

「…………」


 阿沙賀はその時、肯定してやるべきであったのかもしれない。

 確かにその通りだからさっさと帰るべきだと背中を押して、迷いを振り切ってやるべきだったのかもしれない。

 それが正しかっただろうし、彼女のためで、彼女の国と家族のためでもある。

 理性はそのように言っているし、理論はそのように導き出している。


 ならば――けれど。

 ニュギスが、言ったのだ。


 ――誰かのためなんて理屈は、阿沙賀には似合わない。

 ――理性でも理論でもなくエゴでこそ、彼の行く道は決められる。


「で?」


 阿沙賀は膨れ上がったいくつかの思考や選択、思慮や配慮なんかをかなぐり捨てた。

 ただあるがまま思うがままに、我を押し通す。


「オメェはどうしたいんだ、ニュギス」

「わた……くしは……」

「答えらんねェか? じゃあ参考までに、おれの意見を聞かせてやる」

「え」

「おれは――オメェにいなくなられるとイヤだ」

「!」


 ただただストレートに明快に、阿沙賀は本音を口に出す。

 他の誰もの事情や理屈は考えない。後にあるなにがしかも考慮しない。

 阿沙賀はニュギスがいなくなるのが嫌だと、本当に文字通りであり言葉通り。


 過去も未来も断絶し、ただ今この時の瞬間を優先して――正真正銘、阿沙賀の魂からでた真である。


 言われたほうからすれば直截的すぎてなんだかドギマギしてしまう。

 なんとなく、彼には似合わないような弱音にも聞こえて、余計にニュギスは心乱す。


「けっ、契約者様にしては随分と他人に寄った発言ですのね」

「ひとりでも問題ねェって笑うのが、オメェの思うおれか? じゃァガッカリさせて悪いが、おれだってひとりじゃつまんねェよ」


 繰り返して、阿沙賀は言う。


「つまんねェ。

 オメェがいなくても他の誰かがいるって考えもあるが、それはオメェじゃねェ。誰かを誰かの代わりにするのはそのどっちにも失礼だろうが。おれがおれでしかないように、誰も彼もがそいつでしかねェ。絶対に代わりになんてならねェ。

 どう足掻いてもニュギス、かけがえのないオメェを失うって事実は不変で、それはイヤだとおれは言ってンだ」


 そう真正面から熱烈に言い募られると照れてしまう。

 ニュギスは誤魔化すようになぜか否定的なことばかりを言ってしまう。


「でっ、ですが、わたくしがいなくなればもう悪魔や召喚士たちの諍いに巻き込まれることもなくなりますの。理不尽から、逃れられますのよ?」

「その程度なんだってんだ」


 鼻で笑ってやる。

 そんなものが阿沙賀の行動を変えるとでも思っているのか。

 そんなていどで阿沙賀が決意を翻すとでも思っているのか。


「面倒事に巻き込まれたンならぶっ飛ばす。

 邪魔な野郎が道を塞ぐってンならぶん殴る。

 いつも通りだ変わンねェ」


 いつも通り、阿沙賀は怒っている。


「それになんだ? このおれが? 理不尽から逃げるだと? ざけんなよ。

 おれは不戦勝なんざ望んでねェんだよ。おれが勝つンだよ――逃がしゃしねェぞ。相手を敗かしてこそおれの勝ちだろうが!」


 たとえここでニュギスと縁を切り、無事に平穏が戻って来るとして。

 そんなものは今の阿沙賀の望みじゃない。

 それで得た平穏はただの停止だ。楽しくない。勝ち取ってこその先を見据えた楽しい未来だろう。


 思い返せば遊紗も勘違いをしている。

 阿沙賀の求めるのは楽しいであって、退屈でも平穏でもない。

 どれだけ艱難辛苦と理不尽が待ち受けていようとも、楽しいのなら上等だ。それらを乗り越えた末の勝利こそが楽しいのだ。

 そう阿沙賀は、理不尽から逃れたいわけではない。理不尽という敵と戦い、怒れる拳をぶつけて勝利したいのだ。



 誰かにもらうとか譲られるとかじゃない――阿沙賀自身が勝利し平穏を掴み取らなければ意味がない。



 そして、それをはじめてくれたのは他でもない――


「おれはオメェと離れたくない、ニュギス・ヌタ・メアベリヒ」

「わたくしのなまえ……」


 しっかりと、覚えててくださったのですね……。

 どうしよう、こんな時なのに嬉しくて仕方がない。心が震え、燃える様に熱い。

 ただ名を呼ばれただけなのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。


「んで、オメェおれの意見を聞いての感想は?」

「うれしい。とても、とてもうれしく思いましたの。泣いてしまいそうですの」

「じゃあ、それが答えだろ?」


 難しく考えることはない。

 思い溢れ出た感情こそが自己の正解であり、進むべき方角だろう。


「それでもわたくしは、そう簡単には割り切れませんの。わたくしは父に、姉に、国に、たくさんの迷惑を――」

「あァ。オメェの家庭の事情だけどな、なんとかできるかもしれねェぞ」

「え」


 あっさりと言ってのける言葉に、ニュギスは心臓を掴まれたような衝撃を受ける。

 だってこの人が言うのであればそれは。


「おれとオメェが揃えば、なんとかなる」


 ――それは紛れもなく実現される未来に他ならないのだから。


「ほっ、本当ですか!?」


 魔王とその娘が魔界中を探し回って数十年。

 一切の進展なきその停滞を、この男はどうしてこう容易く打開できてしまえるのか。


「今更疑うのかよ――おれがなんとかできなかった厄介ごとがひとつでもあったか?」

「ありませんの、ええ、間違いなく」

「だったら今回だってそうだよ、任せろ。ま、お宅訪問にしちゃ遠いが、仕方ねェから付き合ってやる」

「…………」


 あぁどうして。

 どうしてこのひとは、こうも言って欲しい言葉を正確に言ってくれるのだ。


 どうしようもなかった過去の罪過をどうにかしてくれると言う。

 人間であるのに魔界にまで赴いてそれを為してくれると言う。

 ニュギスと離れ離れになりたくないと、言ってくれる。


 縁故でもって伝わる思いが、その熱量が、彼の言葉を本気であると伝えてくれている。


 そしてニュギスもまた、阿沙賀ならばその言葉を実現してくれるはずだと信じられる。

 この短くも濃密な人界での出来事が、その積み重ねが、信頼を間違いないものにしてくれた。

 いろんなことを話したし、いろんな体験をした。

 真っ白なお城の中では想像もつかないほど色づいた日々、奇想天外な登場人物にありえない展開の数々。


 楽しかった。本当に、楽しかった。

 その楽しいを、一緒に過ごしてくれた唯一無二の相手。

 世界に色をつけてくれたひと。

 驚きと喜びをくれたひと。

 魂が、もっと自分勝手でもいいのだとおしえてくれたひと。


 それをはじめてくれたのは他でもない――


「契約者様――阿沙賀・功刀様……わたくしは貴方の言葉を信じ、不可能と不条理の敗北を信じましょう。

 この身この魂を懸けて誓いますの――貴方から離れないことを」

「おう、ちゃんと見てろよ」

「えぇ……もうわたくしは貴方がいないと、だめになってしまったかもしれませんの」

「オメェは最初からポンコツだったよ」

「いま! 乙女的に勇気を振り絞った殺し文句でしたのよ! 茶化さないでくださいまし!」

「わり、ついな」


 ふたりで笑い合って、楽しいを共有して、それからふと口を閉ざす。

 このまま全部笑って過ごせればいいけれど、問題事はひとつも解決していない。


 ニュギスの抱えた最大の罪過については尽力すると決めた。

 けれどそれは単に心を決めただけ。そこに行きつくまでに、どうにかしないといけない問題が幾つも残ってる。


「とはいえ、です」

「あぁ、とはいえだな」


 ふたりはもはや互いの言いたいことが手に取るようにわかる。

 魂が繋がり縁が結ばれ、それが自然体。


「わたくしがそれを信じても、きっとお姉さまは信じませんの」

「聞く耳もたないだろうな、あの姉貴は」

「流石にこれに関してはわたくしがどう口添えしてもどうしようもないでしょう」

「あっちも真剣だからな、そうだろうな」

「ですから」

「だから」


 ぐっと、阿沙賀は拳を掲げる。


「やるっきゃねェな、力づくでも殴り倒してでも、こっちの要求を押し付ける」

「えぇ、お姉さまには申し訳ありませんが、この件が解決すればお姉さまの重荷も解いてあげられますの。やっちゃってくださいませ」


 姉と敵対すること。

 正しさに背くこと。

 それらの葛藤はもはや消し飛んだ。

 

 申し訳なさや後ろ暗さは消えないけれど、それでもこの道を進むことを決意した以上は飲み込んで歩く。

 このひととなら、歩いて行ける。


「大江戸・遊紗のほうもちゃんとぶん殴ってくださいましね。叩いて治す、でしたよね?」

「えェ……そんなブラウン管テレビじゃあるまいしィ」

「ブラウン管テレビと人体を同列に扱っておられたのは契約者様でしょう!」

「そんな遥か昔のことなんざ覚えてねェよ」

「思い出せるように頭、叩いてさしあげましょうか?」


 こんな些細な会話も楽しくて、終わらせたくなくて。

 きっとそんなささやかな欲望がふたりの縁故を強く繋げている。

 





    ◇



「そういやおれがもとに戻すからとりあえず一旦、アティスのやつから顕能奪えねェ?」

「また身も蓋もないことを仰いますのね……それはできませんの」

「なんで」

「家族の顕能を奪わないこと、家族同士で争わないことを約束しておりますの」

「悪魔同士じゃ契約の強制力はないんじゃなかったっけ」

「なくても、悪魔とは契約を遵守するものですから。ただの口約束であっても重いのですよ。それも幼少のころより繰り返し約束して、魂に刻み込みましたから」

「三つ子の魂百までァ」


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