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アサガニシガ一阿沙賀と悪魔と大江戸学園七不思議  作者: ウサ吉
第四幕 阿沙賀と迷子と姉妹喧嘩
84/115

84 世姫


 そこは一面の銀世界。

 抜けるような青空の下、大地はすべて白く染まり果てて色彩の一切が失われている。


 平野が広がり、木々が茂り、遠くには山々が連なるが、その全てに雪化粧が施されて白ばかり。

 まるでどこか異国の風景。穏やかで純朴な北国は、けれど寒気を覚えることはない。


 なぜならそこは亜空間、他者の領域。

 どこまでも現実的で迫真であったとしても偽りの世界であり、偽りであるが故に世界の主に操作を受けている。

 美しき大自然の雪景色を再現しつつ、温度は過ごしやすく暖かという矛盾。


 ――その白銀の雪世界に、ぽつんと置かれたテーブルがあった。


 そこにはひとり――否、一柱の悪魔が優雅にティータイムを楽しんでいる。

 テーブルに椅子、茶菓子をいれた容器にティーカップから全てが純白。この世界に合わせた拵えはまさしくこの世界の産物であり、それを当たり前に活用するのは世界の主に他ならない。


 その女性もまた、白い。

 艶やかな長髪は夢物語の銀(ミスリル)、瑞々しい肌もまた白く、輝ける瞳はダイヤモンドのごとし。纏うドレスもまた同じ色で、恐ろしく似合っている。

 顔立ち、体つき、髪の毛一本に至るまで――その造形はどこまでも美しさを追求した彫刻のよう。

 誰の目にも明らかで、どんな者にも賛美される。他の解釈の余地のないほど徹頭徹尾が美しい。


 人ではありえない。無論、彫刻でさえなく、悪魔的に悪魔としか言いようのない。

 そしてなによりも印象的なのは()()()()()ということ。


「ごきげんよう」


 音もなくティーカップをソーサーに置き、女性は立ち上がって阿沙賀とニュギスを見遣る。

 その立ち上がる所作すらも流麗で美しく、見惚れてしまいそうになる。


「ようこそわたくしの世界へ。本来ならば貴様がごとき人間風情が立ち入ることなど許されない高貴なる世界ではありますが、招待したのはこちら。礼節に則って自己紹介をさせていただきましょう」


 白銀の女性はその声すらも魅惑的で、見られているというだけで心がざわめく。

 けれど騙されてはいけない。

 その心のざわめきは、即ち恐怖でもあるのだから。


 なぜなら彼女の正体は――


「わたくしは誇り高き七大魔王が一柱ベイロンの眷属にして六姉妹の長姉、六の臣下を束ねる公爵ヘルツォーク、アティス・ヌタ・メアベリヒ――世姫ヨキアティスですわ」

「!」


 やはり悪魔。

 やはり公爵。

 やはり――


「アティス、お姉さま……」


 ニュギスの姉。

 魔王の娘。

 世界をも渡る、()()()()()()()()()()使()()


 ニュギスが呻くように名を呼べば、アティスはにっこりと妹に笑いかける。


「えぇえぇ、貴女のアティスお姉ちゃんですよ? もう、ニュギスちゃんたら駄目じゃない、勝手にいなくなったりして。お姉ちゃんずっと心配で探していたのよ?」

「ごめんなさい、お姉さま」

「いいの。無事ならもう怒ってないわ。さ、帰りましょう、わたくしたちのお家に」

「っ」


 その一言に、ニュギスは返答ができなかった。

 口を噤み、俯いて、なにも返すことができない。


「――おうこらオメェらの家族問題なんざ後にしろ」


 そこで、阿沙賀がずいと前に出る。

 ごく自然にニュギスを背に庇い、アティスに向き合う。


「オメェが遊紗を唆しやがったのか」

「……」


 アティスはニュギスに向けていた笑みを殺し、けれど無礼に当たらない程度の作り笑いで阿沙賀に対する。


「その前にひとつ前もって言っておきたいことがございます。わたくしは貴様、阿沙賀・功刀が大嫌いです」

「あ?」


 なんだその宣言は。

 よくわからない阿沙賀であったが、アティスには理屈が通っているらしく続ける。


「ニュギスちゃんを連れ去った元凶の男、八つ裂きにしても足りませんが……ニュギスちゃんの顔に免じて、遊紗との契約に応じて、殺しはしませんわ」

「そりゃどうも」

「ですが、相応に痛めつけて二度と悪魔と関わるなどという無謀をできぬ体にしてさしあげます。これは、遊紗との契約でもあります」

「やっぱオメェが……」


 事の発端。

 魔界よりニュギスを追いかけてやってきて、遊紗にいらないことを吹き込んで焚きつけた。


 阿沙賀の疑いに、アティスはゆるやかに首を振る。否であると。


「では改めて質問にお答えしますが――いいえ? わたくしはありのままの事実を見せただけですのよ」

「っ」

「全て由縁は貴様と、そして善性に溢れた遊紗によるもの」


 断じて憚らない。

 責任転嫁など認めない。

 悪因はすべて阿沙賀にあるのだとアティスは言う。


「彼女は善人なのでしょうね。友人が害されることを悲しみ、理不尽に怒り、誰かに手助けできる。

 ――だからこそ貴様に降りかかった理不尽を許せず、知らずのうのうとしていた自分に失望し、それをなした者に激怒する」

「!」

「貴様を愛するからこそ、彼女は貴様を助けたいのですよ。他のなにもかもを捨て去ってでも――世界で貴様とふたりきりになったとしても」

「そんなっ、馬鹿なこと――! 遊紗は自分がよければ他の誰かを虐げるなんて真似できるはずがねェ!」

「そうですわね、彼女は欠片も自分のために動いてなんかおりませんもの。全部貴様のため、貴様を救いたいがために全身全霊を注いでいます。それゆえに、自分のためにはできないこともできてしまうのですわ」


 優先順位を明確にし、一等以外のすべてを切り捨てる。

 それくらいの覚悟と決断力を有し、力量と行動力を発揮している。ただそれだけのこと。


「おれはそんなの望んでねェ!」

「ふふ。ならば誠心誠意伝えてみるといいのでは? ただ」


 嘲るような笑みさえ美しい。

 悪魔の微笑は、悪意に満ちていても完璧だった。


「貴様は強情っ張りの意地っ張り、強がっては嘘を吐いても弱音は吐かない。わたくしでさえその属性は容易にくみ取れましたのよ。

 そんな風にずっと彼女に格好つけてきた貴様の言葉が――今更信じられると思いますかしら?」

「……!」


『先輩は本音を隠している。辛いのに笑って心配ないと言ってくれる。

 でもその裏で、アタシを何度も助けて、そのたびに傷ついて、死にかけて……今度はアタシの番だ。助けなくちゃ、絶対に』


 それはアティスによって再生された過去の音声。遊紗の言葉そのもの。

 結界に記録された情報を、アティスは自在に引き出していた。


 苦虫を噛み潰したような顔の阿沙賀に、嬉々として満面の笑顔でアティスは問う。


「さて、それでも。

 まさかわたくしを悪者にして、わたくしさえ追い出せば全て円満に解決だなどと、そんなたわ言を申しますの?」

「…………」


 痛いところを突かれ、阿沙賀はいつもの悪態を返すことができなかった。

 確かに、その通りだ。


 アティスという黒幕を設定し、そいつさえ退治できればそれで終わると思い込もうとしてしまった。

 遊紗が騙された被害者で、道理をもって説得すれば応じてくれるはずで。

 アティスは悪い奴で、ただぶちのめせばいいだけのいつも通りの敵でしかなく。


 そんな簡単な勧善懲悪に落とし込んで本質から目を逸らしてしまっていた。


 違うだろう。そうじゃない。

 遊紗は遊紗の意志で行動し、故にたとえアティスがいなくなろうとも挫けたりはしない。

 アティスは遊紗と遊紗の望むように契約を交わし、その通りに遂行しているだけ。本来はただニュギスという迷子の妹を迎えに来た保護者。


 ただ殴って解決とはならない。

 遊紗ともアティスとも、腹を割って話し合わねばならない。

 話し合った上で、それでは解決しないことを合意の上で、そのあとに力づくの殴り合いをするべきだ。


 結局は殴ることになるとはいえ、順序は大事ということ。

 阿沙賀はそこまで結論付けると、まずは頭を下げた。


「悪かったな、オメェは原因の一端らしい。全部押し付けようとした部分は謝罪するよ」

「あら、存外にも殊勝な態度が――」

「けど!」遮って強く「一部でもオメェが悪いのなら、オメェの存在がニュギスを悲しませてるってンなら、やっぱりオメェはおれの敵だし、追い出すぜ」

「……その意志の硬さは遊紗ともニュギスちゃんとも似ていて、口惜しいですわね」


 意を汲んでも意志は譲らない。

 事情を話してもらえれば勘案するが、許せないなら対立も辞さない。


 揺るがぬ自己を有して他者と対する、阿沙賀はどんな相手にだってそうして向き合ってきた。


「で、遊紗のことは遊紗と話すが……って、おい」


 もうすこし遊紗の言い分を聞いてから、駄目そうなら今度こそ殴ってでも止めねばならない。

 とそこまで言っていて今更気づく。

 遊紗の不在、ではない。


 ――遠凪がいない。


「遠凪はどこ行った?」

「遊紗のところに決まっているでしょう? 彼にも向き合ってもらわねばなりませんもの、自らの業というものと」


 なにやら含みある言葉の選びに思うところはあるが、仕方がない。


「……じゃあ、遊紗はあいつに任せる」


 当初からそういう話になっていたのだ、別に構わないだろう。

 事前想定とのズレは、アティスの目的。


「遊紗のことは置くとすると、オメェは? オメェはどうしてニュギスを連れて帰ろうとする? そこらへんを話せよ、なんなら考慮してやるぞ」

「貴様の助力など不要でしてよ。ただ悪魔と人間との違いを思い知り、さっさとニュギスちゃんとの契約を解除なさい」


 言葉は刺々しく害意を隠そうともしない。

 膨れ上がる魔力には敵意が満ちて、今にも弾け飛んでなにもかもぶち壊してしまいそうな危うさを発散している。

 対話の姿勢ではない――明らかに喧嘩を売られている。


「んだよ、オメェのほうが好戦的なのかよ。じゃ、仕方ねェな、わかりやすく殴り合いだ」



    ◇



「ここは……」


 遠凪は困惑していた。

 今、彼がいるのは学園の屋上であった。

 つい先ほどまで屋上にいて、そして空間移動の感覚があったはずなのに屋上のまま。そのくせ阿沙賀の姿はない。

 それはおかしい。おかしなことには理由がある。

 遠凪は感性を研ぎ澄まし、状況の理解に努める。


 すると気づいた。

 ここは学園屋上ではあるが、誰かが模した亜空間の屋上であると。


「多々一のお兄さん」

「…………遊紗ちゃん」


 ひょこりと顔をだしたのは誰あろう大江戸・遊紗。

 そう、ここは彼女の心象を映した亜空間である。


 どうやら副次的な能力を備えていないため啓術の九節としては成り立ってはいないが、亜空間領域としては相当に洗練されている。誰かの補強も感じられるが、それを踏まえてなお感嘆する。

 天才を自称し他称もされる遠凪をして、本当に彼女の才能は恐ろしい。


「アタシのことは、もう知ってるよね? さっき阿沙賀先輩と話してるところ、見てたもんね?」

「あぁ……」


 バレていたか、という感情は出さずただ頷く。冷静であろうと強く心掛けている。

 それに対し、遊紗はいつもどおりに笑って宣する。


「アタシはお兄さんの敵になったよ」

「敵じゃない!」


 遠凪は叫ぶ。

 冷静さなんかかなぐり捨てた。


「ただ立場の違いから争うことにはなってるかもしれないけど、オレは遊紗ちゃんの敵になったりしない!」

「ちがうよ。敵なの。だって」


 遊紗の瞳には、怒りの炎が宿っている。


「だってお兄さんは、先輩を巻き込んだ」

「っ!?」

「本当に悪いのはきっとあの魔女だよね。うん、さっき捕まえてお仕置きしておいたよ。でも、お兄さんもやっぱり、先輩を巻き込んだひとりではあるよね?」

「それは……」


 不可抗力だったと主張することはできるだろう。

 けれどそんな言い訳を、遠凪はしたくなかった。

 よって遊紗の言葉は止まらない。いや、言い訳をされたところで相手にしなかった。それだけの熱量が、その言葉にはある。


「了解したのはお兄さんだよ。お膳立てしたのは別でも、そこに至るよう仕向けたのは別でも、最後に合意したのは、お兄さんなんだよ」

「……」


 仲の良い従兄であろうときつく責め立てる。

 悪魔嫌いが故の悪魔への処断ではなく、あくまで阿沙賀を巻き込んだという点に絞って公平に見ている。

 それが優先順位というやつで、遊紗の決めた覚悟の形。


 遊紗はなお言い募る。断罪すべきはもうひとつある。


「お兄さんは魔女が先輩を巻き込んだ時、怒ったよね?」

「……」

「きっと、本当に怒ってた、嘘じゃない。けど、どこかでたぶん、安堵もしてたよね?」

「…………」

「だって、これで先輩もこっち側になったから。ひとりじゃ……なくなったから」

「……!」

「あのままじゃ、お兄さんひとりだったもんね。ひとりで試胆会と戦って、ひとりで試胆会を率いて、ひとりで境界門を封じる……おじいちゃんと同じように」


 あぁそれは。

 なんて寂しく辛いのだろうか。


 想像するだけで凍えてしまいそうだ。

 もはや阿沙賀のいない試胆会など、遠凪には到底受け入れられない。

 ひとりきりなんて、嫌だ。


 遠凪は遊紗の言葉を引き継ぎ、自らそれを語る。


「だから駄目だってわかってても、間違いであっても、望まれてなくても……阿沙賀がいてくれることにオレは救われたんだ」

「けどそれってお兄さんの都合だよね。先輩のことをなにも考えてない。んーん……はっきりと迷惑だったはずだよ、そうでしょ?」

「いや」


 沈黙で受け入れていた遠凪は、そこで明確に否定をする。

 そうじゃない。それだけじゃないと、そう聞いたのだ。


「阿沙賀は、そんなこと思っちゃいない。そんな小さい男じゃない。

 あいつはオレの情けないところだって認めて、失敗したって笑い飛ばしてくれる。全部知ってる。知った上で、オレを友達だって言ってくれたんだ!」



 ――今までどこほっつき歩いていやがった。ずっと探してたンだぞ。

 ――誰も怒ってねェよ、許すもなにもねェわボケ。

 ――なんだかんだ言って、おれも楽しかった。楽しかったンだよ。



「だって楽しかったって、あいつは言ったんだぜ? オレはあいつの言葉を信じたいよ」


 迷惑でも。

 理不尽でも。

 最後に笑っていられるのなら、それはいい思い出だから。


 遠凪の罪悪感も、後ろめたさも劣等感も、もう既にぶつけて蹴散らされている。

 全部踏まえて阿沙賀は言ってのけたのだ――楽しかったと。


 その言葉を、阿沙賀・功刀の最終結論を、嘘だなんてたとえ遊紗にも言わせない。


 だが遊紗は容易くそれを否定する。感情的に、力強く、嘘だと叫ぶ。


「そんなのお兄さんに気を遣って嘘を言ったに決まってる! 楽しかったのが本当でも、迷惑だった気持ちのほうが絶対に強い!」

「それもまた言いがかりだよ、遊紗ちゃん。そうであって欲しいって、助ける余地があって欲しいって、そういう遊紗ちゃんの見方だ」


 阿沙賀の言葉を信じることと。

 阿沙賀の気遣いを信じることと。

 そこに違いはあまりないはずなのに、どうしてこんなに拗れてしまっているのだろう。


 阿沙賀という男を巡って、ふたりは熱烈に言葉をぶつけ合う。


「っ! そんなことない! 先輩はたくさんがんばったんだよ!? がんばったのに、それに報いがあんまりにも見当たらない! 不公平だよ、不幸だよ……。なんで……」

「世は無情、がんばったぶんだけ報われるなんて限らない。それを理解して、それでもなおがんばれるから、阿沙賀はすごい奴なんだ、そうだろ遊紗ちゃん」

「そんなのアタシが認めない! 先輩は報われるべきだ! 幸せになって、笑っていて欲しい!」

「それは君の願望で、阿沙賀のそれじゃないだろう。他人の行先を決めることなんて、本質的にはできない。特にああいう男じゃ無理に決まってる。あいつの道を決めるのはあいつだけだ」


 だから遠凪は傍で隣で寄り添って、その無軌道な道行きを手助けしようとしていて。


「それでも! やらなきゃ、そうじゃなきゃ先輩はずっとずっとこのままだ! 悪魔に呪われて、人生を台無しにされて、それを不幸とも思わないで痛々しく笑ってるところなんて見たくない!」


 だから遊紗は力づくにでも環境を入れ替えて、そのあらゆる障害を除こうとしている。


 どちらが正しいでもなく、どちらが間違いとも言い切れない。

 強いて言えば阿沙賀の望みは遠凪のほうに近いが、それだって口で言っているだけだと遊紗は言う。本当の本音はわからない。彼と彼女に阿沙賀の心を覗く術はない。

 たとえ縁故を繋いだとしても、そこまで明確なことまでわかるかと言えば断言しがたく。


 どうしても言葉というものは言うにしても聞くにしてもそうあって欲しいという願いが紛れこんでしまう。遠凪であれ遊紗であれ、阿沙賀であってもそこは変わらない。

 混じりけなく誰かの意志をくみ取り尊重するのは難しい。心は見えないものだから。


 故にもはや自己の信じる阿沙賀という男を主張し合うだけの、どこか滑稽な口喧嘩となり果てていた。


「お兄さんは先輩が笑顔の裏で傷ついてるって考えたことはないの? こっちに気を遣って本当に辛いって言えないでいるって、思わないの?」

「表面が嘘だと言うのか、あの笑顔が嘘だって言うのか? そんなことはない、本気で笑えるからあいつは強いんだ」

「嘘じゃなくても、本当に笑ってても、辛さが一切ないだなんてことはないよ。感情は無数に溢れて矛盾なんかしない!」

「じゃあ遊紗ちゃんの行動に今困っているはずの阿沙賀の気持ちはどうするんだ? こんな無茶なことを仕出かして、遊紗ちゃんを嫌うかもしれないってのか、あの顔の裏で!?」


 エゴとエゴのぶつかりあいでありながら、他者への思い遣りに満ちた論争は、要約してしまえば友人の幸福を願うありきたりなもの。

 どちらも阿沙賀・功刀という男に惚れて、彼のためにありったけの思いを乗せて叫んでいる。

 それが違うやり方でさえなければ、きっとふたりは仲違いなどしなかったはずなのに。


 頑固で意地っ張りなのは、阿沙賀だけではないのだろう。


「先輩は嫌わないって言ってくれたもん」

「……あんのバカ野郎」


 そこはこんなことをするきみは嫌いだくらい言っておけよ。嘘でもいいから暴走を否定しろよ。なんで自ら遊紗の背中を押してるんだよ、馬鹿正直はこれだから困る。

 阿沙賀の嫌悪を引き合いにだしての説得はこれで全部おじゃんである。


 遊紗は感情と理性を宿した瞳で真っすぐに。


「そういうのはもう充分悩んで、それでもって決めたから今がんばってるんだ。蒸し返されたって変わったりしないよ」


 そうだろう。

 遊紗は馬鹿じゃない。その程度のことは既に熟慮の後だろう。

 けれど、では。

 遊紗の考え及んでいないことを突けばいい。


「君の覚悟は本物なんだな。痛いほど、伝わってくる。痛いほど」


 この痛みが彼女の痛みであるのなら、やっぱり止めたいと思う。

 甘くても、気持ち悪くても、やっぱり遠凪は遊紗を大事にしたいから。


「わかった、君の覚悟は否定しない。オレがやめろと言うのは、それじゃない。

 ――優先順位と一番以外の切り捨て、その考え方を否定する。君の従兄あにとして」


 最優先の唯一を定め、それ以外を切り捨てる。

 それは潔く、確固たる態度だろう。一点集中で邁進できて迷いなき強さが宿る。きっと決意を果たすのに最大限の力を尽くすことのできるスタンスだ。


 けれど。

 それはあまりにストイックな決断、自他を顧みていない捨て身だろう。

 玉砕覚悟にも似た危うさと脆さを兼ね備えて、一歩間違えれば諸共の破滅。唯一以外を敵に回しかねない。いやその唯一の阿沙賀でさえ今は敵に回している。

 そんな馬鹿げた悲劇があっていいものか。


「阿沙賀なら、絶対にそんなこと言わない! あいつは欲張りだから、一番も二番もそれ以外だって全部掴み取る!」


 優先順位なんてものは本当にどうしようもなくなって、最後の最後の取捨選択の際に思い出せばそれでいい。

 追い詰められてもいないのに道を固定するなど可能性をドブに捨てるのと同じ。

 欲しいのなら欲しがればいい。駄目で元々、両手を広げて全部を得ようと走ればいい。

 欲望を蓋するにはまだ早いだろう。力不足に躓く前から失敗を恐れていては視野狭窄で、それこそ取り返しのつかない転倒になりかねない。


「そのためなら、オレだって阿沙賀だって協力するよ。無理に敵対する必要なんてない」

「必要ならある。敵対しないとお兄さんにお仕置きできないし、先輩は変わらない。これしかないの」

「それしかない、って考え方もよくない。視野が狭まってそれしか見えてないだけだ」

「だめ。もう選んだんだよ」

「まだやり直せる。考え直して」

「できないよ」


 遊紗は意固地で強情で、選んだ道を今更切り替えるなんて、できない。

 前のめりに突き進む者は、後ろを振り返ることもなく愚直。たとえ奈落にまで落ちてしまうのだとしても、その前進は止まらない。

 阿沙賀と同じだ。


「…………はぁー」


 遠凪は重いため息を吐きだす。呆れて言葉も失ってしまう。

 阿沙賀に影響を受けすぎだろう、素直すぎるのだこの子は。


「この頑固者」

「お兄さんもね。というか言葉じゃもう説得できないってわかってるのに喋り出したのはお兄さんじゃん」

「それは悪かったけど、君を説得するのはやめないからな」

「すこしうざいよー」

「すこしで済むなら問題ないな」


 もはや対話で解決する感情ではないと互いに合意し合う。

 ならばどうするか。


「先輩ならこういう時、手っ取り早く殴り合うんだろうけど」

「オレたちはあいつほど野蛮じゃないからな。啓術使いとして、君に勝負を申し込む」

「受けて立つよ、お兄さん」

「いつもみたいに手加減してはやらないからな」

「手加減なんて、したことないでしょ?」


 昔から遊紗はなんでも飲み込みの早い子だった。

 一緒にゲームをしようと誘えばすぐに遠凪に追いついて拮抗する。勉強にスポーツだって他ごとにかまけていた遠凪よりも優秀で、歳に差があるとは思えないほど勝負事についてふたりは並んでいた。


 啓術というまるで別の才覚においても、彼女は驚くべき成長速度で遠凪に迫っている。

 けれど今ならまだ、勝てる。ここで勝っておかねばならない。


「いくぞ、遊紗ちゃん」

「うん、勝負だよ、お兄さん」


 従兄妹同士の戦いが、そうして火ぶたを切った。



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