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アサガニシガ一阿沙賀と悪魔と大江戸学園七不思議  作者: ウサ吉
第三幕 阿沙賀と御霊会と厄介大悪魔
67/115

67 遠凪の試胆会・上


 大江戸学園試胆会出席番号一番――


「シトリー」


 迷亭の計らいでこの場とすこしズレた亜空にいる悪魔たちと、一柱ずつ一時的にチャンネルを合わせる。

 そうすることでまずはシトリーと遠凪は同じ世界に立つことになり――無論、その怒りを真正面から受けることとなる。


「あっ、あたしは怒ってるぞ、とっ、遠凪・多々一」

「あぁ、それでいい。それで助かってるよ」


 きっと彼女の怒れる言葉すべてが正しい。

 ひとつひとつが遠凪にとって抉るような言葉で、燻る罪悪感にとってその痛みはちょうどいい。

 遠凪は阿沙賀を見捨てた、それが紛うことなき真実なのだから。


「あんたくらいなんだ、オレを真正面から怒ってくれるのは」

「なっ、なに……?」

「たとえば阿沙賀がここにいたとして、こんな不様なオレを見たとして……怒らないだろうな、あいつは」


 そういうところ、あいつは甘すぎる。痛みをもって救われることだって、あるというのに。

 苦笑して。


「殴りはするだろうけどな、シャキッとしろって」


 あくまでそれは怒りからくる拳ではなく、ウジウジしてるのが鬱陶しいから殴るのだ。気付きつけ、というのが一番近いだろう。

 なにを勝手に下を向いてやがる、誰もオメェを責めたりしてねェよ。勝手に罪悪感の重みで首を曲げてんじゃねェ!

 なんて、そんな言葉が聞こえてきそうだ。


 シトリーもそこには理解をしめし。


「あっ、阿沙賀ならそう、だろうな……」


 すぐに眦を決して情念を燃え上がらせる。


「けどあたしは、あっ、阿沙賀とは違う。し、嫉妬深いし執念深い。お前が阿沙賀をひとり残したこと、ゆっ、許せない!」

「うん、怒ってくれ。なんなら殴れ」


 言われずともとばかりにシトリーは慣れない握り拳で殴りかかる。

 強化の下手なシトリーとはいえ悪魔の一撃、無防備に受けて遠凪は尻もちをつく。


 シトリーはそれでも晴れない怒りを上から吐きつける。


「あ、阿沙賀ならそうするって、お前だってわかっていただろ、なのになんで止めなかった!」

「いや、オレはわかってなかったよ」

「なっ、なに?」

「阿沙賀がああも真正面から約束を破るってのは、想定外だった」


 あれでしっかりと約束は守る男だ、こうも堂々と破るのは意外を通り越して隙もさらす。

 だって約束したのは遠凪と、リアと、そして遊紗とだ。

 一応、遠凪の視点では直前まで阿沙賀は約束を守ろうとしていたように見えていた。

 隠し事は下手だし、事前からそうすると決め打っていたのなら遠凪なら看破できたはずなのだ。


 だからあれはあの瞬間、あの場で翻った阿沙賀の直感的な行動だろうと思う。


 その分析は、なるほどそうかもしれないと理解及ぶ。だが怒りを鎮めるような推理でもない。

 シトリーは切り捨てるように。


「予想外だったから、じっ、自分は悪くないって言ってんのか」

「そんなわけないだろう。予想できなかったから、オレが悪いんだ」

「くそっ。なっ、殴られてよろこびやがって……こっちの拳がいっ、痛いだけじゃないか」


 それをお前が言うのか、と思わないでもなかったが、確かに気持ちよく殴らせてやることができなかったのは心苦しい。

 殴って気分爽快。殴打して悔恨解消。

 そんな簡単な話だったらどれだけよかったか――いや。


 怨敵は確かに存在する。


「オレが悪い、オレは殴られても仕方ない。

 だけど、その怒りの矛先はオレだけじゃないだろ?」

「……」


 ぐつぐつと煮立ったような感情を垣間見せ、遠凪は不器用に笑う。


「隔断のグウェレン……オレはあいつを許さない。必ず倒す」


 怒っているのはシトリーだけじゃない。当たり前だ。

 悲哀もある。後悔も多大。 

 けれど一番はやはり――友を討った奴への怒り。

 遠凪・多々一だって怒っているのだ。本気で、怒っているのだ。


「だから、シトリー、あんたも手を貸せ。オレはグウェレンを討ち滅ぼさないといけない。絶対に、なにがなんでもだ」

「……」


 感情は理解できる。共感して一緒になって殴り込みたい気持ちだってある。

 けれど悪魔としての理性が最後の一線を踏み越えさせないだけの躊躇を生む。


 それもわかった上で、遠凪は続ける。絶壁から背中を押すように。


「それにさ」


 怒りを包み隠すように笑って。

 その相貌は牙を剥く猛獣のようにも思えた。


「阿沙賀は生きてる。なら、あいつもたぶんグウェレンに対してブチキレてるはずなんだよ」

「そっ、それはそう、だろうな」

「じゃあ、リベンジだと息巻いてるあいつの前にオレたちが倒しちまうってのは、たぶんすごく悔しがるだろうな……そんなあいつを見てみたくないか?」

「みっ、見たい!」


 そこに迷いはない。

 一も二もなく当然至極――阿沙賀の喜んでいる笑みは好き。辛辣に無表情だって好き。どんな感情でもそれに伴って描き出される表情は全部好き。

 その感情が大きければ大きいほどに、楽しくなる。


 打倒を決めた敵を掠め取られる――あぁきっと、阿沙賀はすごくすごく悔しがる。

 その悔しがった顔は想像するだに全身がむず痒くって心地いい。

 なによりもきっと――


「八つ当たりで殴ってくれるはず!」

「悪魔ってほんと業深いよな……」


 緩みそうになった頬を慌てて引き締め直し、シトリーは腕を組んで顔を逸らす。


「しっ、仕方ないなとっ、遠凪・多々一……グウェレン打倒、て、手伝ってやるよ」

「あぁ、助かる。ありがとな」


 その照れ隠しがちょっとだけ阿沙賀と重なって、遠凪はまた笑った。



    ◇



 大江戸学園試胆会出席番号二番――


「コワント、あんたはオレを責めないのか?」


 現れたのはひょっとこ面――ではなくなぜか泣いた赤鬼の仮面をした悪魔。

 面が変わってもその下は同じ、コワントである。


「ふん。まだ結果もでておらんのに賭けたものを差し出す阿呆などいるか」

「その割には泣いた仮面なんだな」

「……ふん」


 思うところはあるのだろう。

 けれどそれを表にだすことはしない。

 彼の面は賭博において厳禁である感情の露出を避ける意味合いもある。

 その内面を推し量ることは難しい。


 そのくせ口だけは回る。阿沙賀を言い含め騙しおおせたほどに。


「阿沙賀の死を信じる者など、この試胆会にはひとりもおらんよ。無論、おまえを含めてな」

「それは、そう信じたいだけだ」

「だが他の何者であったとて、同じ状況に陥った時にわずかでも生存の希望をもつか? 否であろう。奴は奴だからこそ生きている可能性を信じられる」

「…………」


 いつもは頭悪そうなギャンブル狂いのくせに明察するときは非常に鋭い。

 賭博するために思考し、賭博にのみ没頭し、賭博に勝利する算段を練ることを最優先する。

 一見馬鹿そうに見えるが、いや割と真剣に馬鹿ではあるが、そうじゃない部分を確かに有している。そこは阿沙賀と同じ。

 油断できない悪魔の側面。


「賭けてもいい。他の誰も、阿沙賀が死んだなどとは言わない」

「賭けか。オレはあんたと賭けなんてしたくないな」

「だろうな。門一郎もついぞわしと賭けてはくれなんだ」

「あぁ、オレたち召喚士にはできないことだ」


 契約者と悪魔の関係は対等ではない。

 召喚士は悪魔と契約し、必ず頭を抑え込む。そうしなければ恐ろしくて向き合うこともできやしない。優位を得なければ人間はすぐに悪魔に食い尽くされてしまうのだから。

 ギャンブルという対等同士の勝負事などできない。してしまえばそれを認めることになる。


 だからこそ。


「阿沙賀との賭けは楽しかった。あいつはいつでも対等だからな」


 阿沙賀は召喚士ではない。阿沙賀はこちら側の人間ではない。

 何も知らない門外漢。だからこその型破り。

 泣いている面なのに、コワントはうれしさを噛み締めるように呟く。

 きっとコワントが阿沙賀を気に入る最大の理由はそれなのだろう。


 それを理解した上で、遠凪はいう。


「オレはあんたと賭けをする相手じゃない……遊び相手にはなってやれない」

「うむ」

「だけど、遊ぶ場を作ることはできる。この試胆会は、阿沙賀とみんなが遊べる場所だろ?」

「ふ。胴元というわけか。たしかに遊ぶには、相手と同じく必須だな」


 無理に阿沙賀の代わりになるのではなく、同じ席に座るのではなく。

 自分にしかできないことを、阿沙賀にはできないことを、正しく見逃さずに務める。それでいいのだ。


 コワントは面を切り替える。泣いた赤鬼の面は、いつものも滑稽なひょっとこ面に。

 それは停滞の終わりを意味している。


「まぁ、よかろう。わしも参加するさ。あまり暴力沙汰には役立てんがな」

「大丈夫だ、拙いながら考えはある。試胆会一丸になって、グウェレンに挑む。あんたの力も必要だ」

「一丸、か。ふはは。なんとも慣れない言葉だが……すこしだけ、期待するかな」


 博打には勝算があってこそ。

 無策無謀でないだけ賭ける価値もあろう。

 そして賭けたのならばあとは全力を尽くすだけ。それが博打打ちのやり方だ。



    ◇



 大江戸学園試胆会出席番号三番――


「フルネウス」

「……何の用だよ、遠凪サンよ」

「何の用って……」


 いや、迷亭の世界に押しかけて来たのはフルネウスのほうだろう。

 というか順番が回ってきた瞬間にコワントと入れ替えに素早く現れたじゃないか。出待ちしていたみたいに。

 そのくせ相対する段となったら腕を組んで顔を背けているだなんて、なんだその露骨な態度は。


 遠凪のジト目に対して、フルネウスは憮然とした態度で。


「俺は他の奴らとは違ぇ。べつに阿沙賀が死んだ程度で……程度で……」

「程度で?」

「…………」

「…………」


 謎の沈黙。

 フルネウスは強張った全身を脱力させて吐き出す。


「いや、阿沙賀が死ぬのはちょっと想像できねぇな……」

「それは同意したいところだけどな」


 それでも縁故が切れたという事実は間違いなくて。

 驚天動地、信じられないことが起こったと、そういうことになる。


 フルネウスは似合わない神妙さで。


「ほんとに、阿沙賀は死んだのか……?」

「わからない。だが、隔断のグウェレンと戦う背中だけは、見た。そこまでは間違いない。それからリアさん――御霊会との連絡もつかない。阿沙賀のことを聞くどころかその後の経過も不明で、彼女も生きているのか……」

「……ふぅん」


 フルネウスは目を細めて、皮肉気な、牙を見せる笑み方をする。


「要はよくわかってないてことだ。迷亭の奴が言ってた可能性も残ってるしな」

「そうだと、いいんだけどな……」

「なんだよ、信じてねぇのか?」

「そういうわけじゃないんだが……フルネウスは、公爵ヘルツォークの悪魔と出くわしたことはあるか?」

「ないな。……あっ、いや阿沙賀の後ろにいたのがそうなんだっけ?」

「メアベリヒはカウントしないでくれ」


 あれは観客という立場なせいか自身の影を極限まで薄めている。魔力の発散もしないし存在感も隠している。

 目立ちたがりの自意識が透けて見えるのに、そのような不似合いなことをしている。そしてそれに違和感はなく、遠凪ら他者に不自然を覚えさせない。妙に高度なことをしている気がする。

 というかそういう隠ぺいの魔術は苦手と言っていたはずだが、どういうことだろうか。


 疑問は置くが、ともあれフルネウスみたいに大雑把なタイプではなおさらに意識に含めない。強者であると認識できない。 

 今、遠凪が聞きたいのはその逆、露骨すぎる強大さ。


「じゃあないな」

「オレもはじめて対面したが……足が竦んだよ」


 笑い話にしようとして失敗したように、遠凪は下手くそに語る。


「今まで生きてきた常識には存在しえないレベルの逸脱だった。あいつはなにもしてないのに怖くて泣きそうになったよ」

「……」

「対面しただけでオレはオレを見失った気がする。

 オレの中にあった信頼とか信念とか、決意とか憧憬とか、そういう……なんだろ。なにか見えないけど大事なものを全部粉々に砕かれたみたいな。ちっぽけな自分の手にあるものが、どうしようもないほど心もとなく思えた」


 しがみつくほど大事だったのに。

 他にないくらい信じていたのに。

 なのに、阿沙賀の生存を断言できないのは、グウェレンという悪魔への、これは恐怖だった。


「そうか。それならやっぱり死んでんのかもな」

「……」


 随分とあっさりと前言を翻す。

 あまりに軽い物言いに、こいつは真剣に話をしているのかと疑わしくなる。

 微妙な表情で見つめると、フルネウスはけけけと牙を鳴らすように笑って。


「でも死んでないほうが面白い。そんで阿沙賀は面白いやつのはずだ。だから阿沙賀は死んでない。完璧な理論だろ?」

「……あんたは試胆会でも一番悪魔らしいよ」


 嘆きに溺れているよりも、楽しいことに思い馳せていたい。

 それがフルネウスの魂の結論である。

 


    ◇



 大江戸学園試胆会出席番号五番――


「トーナギ、だいじょうぶ?」

「……オレの心配なんてしてくれるのは、キルシュキンテを除けばあんたくらいだな、アルルスタ」


 鏡相キョウアイのアルルスタ。

 彼女の顕能は『相克する合わせ鏡(ドッペル・グルッペ)』……他者に成り代わり変身し、その心を鏡のごとくに写し取る。

 その変身は着替えではなく転生に近く、根幹である彼女の魂の色合いは変身ごとにすこしずつ様変わりする。さながら女心と秋の空といったところか。

 ここ最近は阿沙賀の友人連中に多く変身していて、そのためその友人の心を強く反映している。

 結果として阿沙賀には友情を感じているし、好意を覚えている。


 そして阿沙賀の友人であるならばそれは遠凪の友人である場合が多く。

 よって阿沙賀ほどではないにしろ、アルルスタは遠凪にも親しく思っているのである。


「友達……のつもり、だから、ネ」


 思いとは裏腹に、酷く控えめな語気でそのように主張する。

 悪魔に友達と思われることの気持ち悪さや、模倣の友情に思うところがあるだろう。

 誰もが阿沙賀みたいにおおらかに受け止めてはくれない。特に召喚士としての観念を理解する遠凪であれば、なおさら。


 遠凪は苦笑して。


「まぁ、阿沙賀ほど緩くは付き合えないけど」


 召喚士として対等にはなれないけど。


「悪魔と友達になれないとは思ってない。きっとオレたちは友達になれる……と、思う」

「そういう言い切らないとこ、ダメなんだァ」

「そうだなまったくだ……」


 遠凪はアルルスタの顕能を知ってる。

 今の友好関係が、明日には嘘みたいに反転する可能性だってある。事実、試胆会の始まる前の彼女は今と雰囲気が違っていた。

 確固としない朧めいたペルソナに対して、易く友誼を断ぜられるほどに剛毅なつもりもない。

 歩み寄りたい気持ちはあっても、どうしても警戒心の線引きが邪魔をする。慎重な気質なのだ。


 さておき、質問には答えを。


「オレは、全然大丈夫だ。怪我もキルシュキンテに戻してもらったし、実際に戦ったわけでもないし……」

「そうじゃないでしょー」

「…………」

「そうじゃ、ないでしょ?」


 鋭く否定を刺されると、遠凪は目を伏せて言葉を失くす。

 空元気の虚勢の言葉など、百貌の彼女には通じない。

 同時に、誰よりも感情的に共感を示すことができる。


「アサガが……いなくなっちゃったんだヨ? アサガが……死んじゃったかもしれないんだヨ?」


 ぽろぽろと、その大きな瞳から涙の粒がこぼれていく。

 声は上ずり、身体は震え、アルルスタは泣いていた。


 咄嗟に、演技かもしれないと思った。鏡に映った誰かの感情の模倣に過ぎないと思った。

 それほどまでに悲しい顔をして、過剰なほど強い悲哀を感じるような泣き顔だった。

 完璧すぎで、味気ない。無欠にすぎて、嘘くさい。


 けれどそれは不粋だろう。


 たとえ仮面の上でも涙は涙。

 その内側を推し量ることもできないのに、それが嘘だと決めつけるのは嘘つきと同じ。

 アルルスタは悲しんでいるし、思いやってくれている。たとえ明日には変わっていても、今の彼女に嘘はない。


 だからこそ、遠凪は困ってしまう。

 泣いてる女子の取り扱いなんて、わからない。


「ありがとな、アルルスタ」

「え」

「阿沙賀のために泣いてくれて。オレのことを気遣ってくれて、ありがとう」


 だからもう率直に、思ったことをそのまま伝える。

 嘘も下手だし笑顔も下手、強がった台詞も阿沙賀ほどに堂に入ってはいない。

 ひねくれものの阿沙賀より上手く言える言葉など、まっさらな本音しかない。 


「アルルスタが泣いてくれるから、オレは意地を張っていられる」


 代わりに泣いてくれるひとがいるから、自分は泣いてやるものかと言い張れる。


 こみ上げるものはあった。

 あのとき殴られた瞬間から今まで、途切れることなく遠凪は後悔と怒りと悲哀とに苛まされ、それを吐き出したくて仕方がない。

 自分でも信じられないほど強い感情が腹の底で渦巻いて、泣きはらしてしまいたいという衝動にかられる。一瞬でも気を抜けば瞳は濡れて意気は萎え、蹲ってしまいそうだ。

 それでも我慢する。堪えて感情を漏らさない。

 それは言ったように意地であり――それに。



 泣いてしまえば、阿沙賀が本当に死んでしまう気がして怖かった。



 彼の死を認めないことでこうして立って前を向いていられるのに、涙一粒でもこぼれれば、それは死への悲愴を肯定することになる。

 死の事実を、認めることになる。

 それだけはできない。したくない。


 そんな遠凪の意固地を読み取ると、アルルスタは流れる涙もそのまま表情だけはなんとか笑みを浮かべて。 


「意地かァ。ふふ、アサガと同じで、男のコ、だネ」

「男の子だよ、譲れないさ」

「ワタシも泣いてばっかじゃいられないネ。アサガに笑われちゃうかもだし」


 きっと彼女の顕能を使えば、今の悲しみなんかは綺麗に消すこともできただろう。

 それでなくても涙を封じ込める手段や感情を抑え込めるだけの年季もあったはず。

 なお素直に落ちる涙のしずくは、アルルスタにとって大事なものなのだろう。

 偽りの仮面を被るがゆえに、その瞬間だけに生じる感情を隠し立てしたりしたくない。

 きっとそれが嘘偽りない感情に、なにより近しいはずだから。


「ノるよ、トーナギに。全力でアサガを取り戻そう。ワタシも奥の手使っちゃうから!」


 阿沙賀を助けたい。

 その感情だって、アルルスタには本物以上に価値があるもの。




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