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アサガニシガ一阿沙賀と悪魔と大江戸学園七不思議  作者: ウサ吉
第一幕 阿沙賀と悪魔と大江戸学園試胆会
18/110

18 彷徨う人食い鬼


 シトリーとアルルスタは朝っぱらからおっぱじめた。

 コワントのおっさんは深夜で、だが奴は奴の用意した舞台がその時間にしか幕開けしないからで。

 残るフルネウスと迷亭は――そう、昼のこの休憩時間に遭遇した。


 ならば次の悪魔もまた、昼休憩に訪れたとしても驚くに値しない。

 

「クソがっ」


 ――つまりそれは試胆会の開始であった。


 予想できるタイミングであったはずだ。

 考えれば想定できた事態のはずだ。

 それを怠ったのは阿沙賀の失態で、またも遊紗を巻き込んでしまったのは、やはり阿沙賀の大失態。


 だが。


「あ?」


 振り返れば遊紗もまた消えていた。

 屋上全域を見渡しても誰もいない。阿沙賀とニュギス以外、すべて誰もがこの世界から除外された。


「異相の狭間ですの。伯爵グラーフの位階の悪魔は顕能とは別にこうした人界から僅かにはずれた場所に他者を突き落とすことが可能ですの」

「……じゃあ、グラウンドの奴らや遊紗が消えたンじゃなく」

「ええ、わたくしたちふたりが招かれてしまいましたの」


 そういえば迷亭もアルルスタも異相の教室を用意して阿沙賀と対峙した。あれは現実とはかけ離れ切り取られた別の空間を作成していたということらしい。

 阿沙賀は、酷く安堵したように息を吐き出す。


「じゃあ、よかった……」


 誰も巻き込まれていないのなら、それに越したことはない。

 阿沙賀とニュギスが戦場に呼び出されただけならば、拳でケリをつけて仕舞いなのだから。


「…………」


 もう一度グラウンドを見下ろす。

 そこにはやはり巨体を携えた男が無言でこちらを見上げている――その表情は獣のような笑みだと、見えずともわかる。


「喧嘩上等、やる気満々、かかってこい……ってェ感情を隠しもしねェな。面白ェ」


 誘われるまま、阿沙賀は最短距離を突っ切る――屋上から飛び降りる。


 それはかつての再現か。

 自殺の如きショートカットは、以前はニュギスの浮遊によって逃避となった。

 ならば今回も同じように手助けを期待しての落下なのか。

 否だ。

 ニュギスは追随して共に落下しているが、決して自分の浮遊を分け与えることはしなかった。

 なぜならそれが不要と知っているから。


「使うぜ、アルルスタ!」


 阿沙賀の身にあふれ出るそれは魔力である。

 悪魔の命の力、生きるにしては過剰過ぎるエネルギー。

 生存以外に指向性を持たせることであらゆる活動の源となる理外魔界の助成である。



    ◇



「あ、そうだアサガ」


 それは今朝、アルルスタが自らの作った異相空間から阿沙賀を帰す直前のこと。

 元の世界に帰ろうと歩き出した阿沙賀の背を、思い付きのような声が呼び止めた。


 面倒そうに、阿沙賀は振り返る。


「なんだよ、もう帰せよ」

「ごめんごめん、あと一コだけ。アサガのために言ってるんだヨ?」


 お願いと両手を合わせて祈るよう。

 それを邪険にするほどアルルスタをぞんざいには扱えない。阿沙賀は体ごと向き直って話を聞く姿勢を見せる。


 それだけでうれしくなってアルルスタは破顔して。


「結局、勝ったご褒美あげられなかったからサ」

「あの反応だけで充分だよ」

「それじゃワタシの気が済まないもん――だからワタシの魔力あげちゃーう」

「あ?」


 非常に軽い調子でタッチ。

 その接触点から力が注がれ、阿沙賀の体内に満たされる。

 確かにそれは以前にも味わった魔力という外的エネルギーである。


「シトリーみたいに最初から力の指向性が決まってるワケじゃないから、それは単なるエネルギー。活用するにはアサガの制御が必要だヨ。でも」


 ――魔力による肉体強化は悪魔であれば大抵の者ができること。

 だがそれを他者に付与するのは強い因縁、縁故で結ばれていなければ不可能なことだ。

 試胆会という儀式を通して阿沙賀とアルルスタにも多少の縁は結ばれはじめているが、それで足りるようなものではない。

 アルルスタにできるのは、だから魔力を渡すことだけ。それを制御し身体強化をするのは阿沙賀がなさねばならない。


「あァ、問題ねェ。その感覚ならもう掴んだ」


 あっさりと受け取った魔力を掌握し、揮発するのを防ぐように腹の底に収めておく。もらったものを大事に仕舞い込むように。


「ま、役に立つかはビミョーだけど、アサガには死んでほしくないからサ……がんばってネ」



    ◇



 どん、と荒々しい激音は六階建ての高さから両足で着地したせい。

 浮遊とは違い落下の衝撃は全身を貫くし、踏みつけにした地面も放射状に割れた。それでも無傷で即座に走り出せるほどに、今の阿沙賀は強化されている。


 これなら戦える。


「行くぞ、オラァ!」


 地面を蹴飛ばし、阿沙賀はグラウンドへ。その中心に立つ男のもとへ駆ける。


 至近で見れば本当に大男。

 全長二メートルは超え、その上背に見合った恐るべき筋肉を備える。フルネウスがスリムに引き締まった筋肉だとすれば、こちらはもはや巌のごとし。

 人間というより悪魔というより――そいつはもはや鬼である。

 逆立った白髪に赤銅の肌をした白髪赤鬼はくはつしゃっき


 鬼に相応しい凶相は笑んでいるはずなのに怖気を誘い、牙を剥く獣のそれ。 

 待ちわびるように突進してくる阿沙賀に一歩も引かずに拳を構える。どっしりとした不動の姿勢は、先制を譲ってでもこの握り拳を叩きこむのだと宣言しているよう。


 カウンター狙い、ですらない。

 自らのタフネスを信じて、一撃くれてやるから一撃寄越せと言っているのだ。


「舐めんな、ぶっとば――」


 阿沙賀はそのふざけた態度に拳で物申すべく、一層加速して間合いに踏み込んだ。



 ――その瞬間アルルスタにもらった魔力が弾き出された。



「!?」

フン!」


 一瞬で力が失われたことに動揺して――そこに鉄拳がねじ込まれる。

 太い腕、大きな拳。単純にそれだけで強大な威力を発揮するのに、さらに魔力が人外の膂力りょりょくへと押し上げる。

 阿沙賀は藻屑のように吹き飛び、だがすぐに見えない壁にぶつかって叩きつけられる。


 気づけばその男を中心に球状に結界が敷かれている。

 外よりの害を退けるためではない。なにかを防ぐためではない。外敵侵入は望むところ。ただし先着一名のみ。

 一度取り込めば内部の者をとり逃さない。脱出を阻む檻であり先着者以外を弾く結界である。


 なぜなら彼が望むのはサシの勝負。他の介入許さぬ一対一だ。


「不粋はよせ。貴様の力で向かってこい。このオレとやりあうのなら、貴様以外などないと知れ」

「ま……さか……」


『その通りさ阿沙賀くん』


 血を吐く阿沙賀に、すかさず迷亭がこんな時でも飄々と楽し気に声を挟む。嗜虐の色をたっぷり乗せて解説を加える。


『彼の顕能は『彼我殴打ラクシャス』……一対一タイマン勝負のみを許容し、それ以外の全てを否定する力なのさ』


 全て横槍を断絶する。

 茶々入れなど許さず、複数でことに臨むなどもってのほか。

 当然ながら他者からもらった強化バフなど受け付けない。

 たとえ今ここに誰か救援の手があっても、それすら届かせない。


 いわばそれは決闘の強制。

 自分と敵対者、その二者のみを包み、その他を排する決闘結界。


 だからアルルスタという他者の手助けも、僅かの抵抗も許さず剥がされた。


 ならば阿沙賀に残るのはその五体と魂だけである。


 そしてそんな生身で鬼の如き巨腕で殴りつけられれば即死が道理。

 そのはずが――立ち上がる。


「ふはっ。いいな、貴様。よくぞ生きている、このオレの拳を食らって」

「……はっ。蚊が、刺したのか……と思った、ぜっ。へなちょこ、がよォ……」


 既に死に体。

 身体中が悲鳴を上げて危機を訴え、馬鹿みたいに顔が痛い。今にも意識は飛びそうだ。


 それでも阿沙賀の目は死なない。生意気に言い放って引かない。


「いい啖呵だ、名乗れ小僧!」

「そういう大見栄切りなら……!」


 無言で返すなんて無作法は許されない。

 震える足を律し、萎える魂魄を奮い立たせ、曲がらぬ己を名乗り上げる。


「大江戸学園高等部二年二組二番! 阿沙賀・功刀!」

「オレはバルダ=ゴウド! 殴我オウガのバルダ=ゴウドだ!」


「「尋常に勝負――!!」」



    ◇



 なんてことだ!

 ニュギスは事の緊急性に酷く焦燥してしまって落ち着かない。

 淑女としてなんとか表情には出さないよう努めているが、滲み出る感情からわかる者には苛立ちを見透かされるだろう。


 まさか此度の敵がここまで脳筋の馬鹿野郎であったとは。

 冗談ではない――人間と悪魔がなんの小細工もなく殴り合って、前者が勝利できるわけがない。

 その上、相手は伯爵グラーフの位階をもつ悪魔。

 しかもその顕能はタイマン勝負を強要する力。

 なにより相手のタチが悪い。

 

 シトリーは恋を認めて屈服した。

 コワントは賭博に臨んで屈服した。

 フルネウスは不屈を垣間見て屈服した。

 アルルスタは親愛を渡されて屈服した。


 ――人としての魂の輝きをこそ悪魔は望んでいたのだ。


 だがこのバルダ=ゴウドの望むものはそのものいくさで、純粋な力。

 魂は美しい。胸を打つほど輝かしい。

 確かにその通りでまったく異論はないのだが、しかしそれで腕力が上がるわけでもない。

 人の魂の輝きは直接的な暴力に関与するものではないだろう。どこかに寄与するものはあろうがそれは微々たるもの。本質的にそれは無関係であり、相対するこの現在における強度は些かも向上しない。


 ありていに言って、魂だけでは強くない。


 肉体的に鍛え上げ、精神を戦闘に統一して、技を磨き死線を潜り、ただ純然と強さを高める。

 そういう相手を欲していて、それをもって戦闘行為を楽しみたい。


 魂ばかりが輝かしくても、それだけではバルダ=ゴウドは納得しない。

 それを含めて、力を示してもらいたいのだ。

 彼を屈服させるには力で打ち勝つほかにない。


 あの手の手合いを、ニュギスは魔界でも幾らか見たことがある。だからこそわかってしまう、バルダ=ゴウドは手遅れの戦闘狂だと。


 唯一の光明であったアルルスタの置き土産もなんの役にも立たずに弾かれた。

 これまでの戦いとは違い、外的要因を全て排除されている。

 まず間違いなく直接的な手助けさえあの決闘結界は受け付けず、阿沙賀が単独でなんとかするしかない。


「けれど、それは無茶ですの……」


 当然の理――人間は悪魔に敵わない。

 勝ち目がない。打つ手も為す術もなにもない。


 阿沙賀は暴力の化身になんとか食い下がり、攻撃をかわして逃げて受け流している。

 時折、反撃だってして見せる。そこは流石、拍手喝采の偉業だろう。

 だが無意味なのだ。

 バルダ=ゴウドには一切のダメージはなく、その暴走じみた拳の乱打は滞りない。むしろ苛烈に加速し笑みが増すばかり。


 阿沙賀が討ち死にするのも、時間の問題だ。


「どうすれば……」


 いや、手はある。

 最後の手が残っている。わかっている。


 だがそれをするということは――大事なものを失うことになる。



    ◇



「いいぞ貴様! 随分と喧嘩慣れしておるな!」

勝負勘コイツだけでここまで来たってもんよ!」


 バルダ=ゴウドの腕は丸太のよう。

 それをもって振りかぶるラリアットは本当に丸太で薙ぎ払っているのと遜色ない。

 広域を打ち据える一撃は左右に回避の余地はない。後方に逃げても狭くよけきれない。

 ならば下。思い切り身を屈めてやり過ごす。

 ついでに足払いに蹴りを見舞うが微動だにしない。大樹に小石をぶつけた程度に無意味。

 代わりに返って来た反作用で阿沙賀はその場から飛び退くと、その直後にバルダ=ゴウドの鉄槌がグラウンドを砕く。


「また避けたか」

「オメェが下手くそなんだよ」


 阿沙賀は逃げた先ですぐに結界壁にぶつかることを想定し制動、その曲面を使って身を転がす。

 結界沿いに素早くバルダ=ゴウドの背後に回り、


「っ」


 ――馬の如き後ろ蹴りを視認。


 振り上げた拳を堪えてその場にとどまる。

 当てずっぽうの蹴りは空を切り、拳を再稼働。振り下ろす。

 背を打つが、やはり効いた様子もない。全身で振り返ってバルダ=ゴウドは反撃に殴りかかってくる。


 その出先を見て、身をよじってかわす。掠った部位が火傷したように熱い。


「ふん、幾らでも逃げ回れ。必ず捉えて仕留めてみせよう」

「っ」


 先ほどから、同じような繰り返しであった。


 バルダ=ゴウドは間断なく攻め立てる。

 それを阿沙賀は回避して意味のない反撃を加える。

 最初の一撃を除いて両者、際立ったダメージが与えられていない。


 阿沙賀からすれば一撃でももらえば死んでしまうとわかっているための必死で、プレッシャーで、恐怖。

 バルダ=ゴウドからすれば筋肉の鎧と魔力の盾が意識せずとも防御していて、なんらの感慨もない。


 現況、ジリ貧の体力勝負の様相を呈している。

 だがそれはおかしい。

 悪魔と人間の性能差はそんな拮抗を許すほどに浅いわけがない。


 ――ならば阿沙賀に残るのはその五体と魂だけである。


 違う。

 今の阿沙賀は明らかに尋常ならざるをもっている。

 でなければこうして戦いの鬼と渡り合えるわけがない。ジリ貧にもちこめていることが奇跡的なのだ。

 鬼の剛腕を避けることができる人間などいない。それを掠りつつ、往なすことで受け流すことができる者などいない。

 だから逆説、阿沙賀は人間ならざるなにかをもっている。


 それは目だ。


 シトリーの力を見破り、コワントとのじゃんけんを征し、フルネウスの突撃を見極め、アルルスタの迫真を認めた、超常的なほど鋭い視力。


 最初の一戦よりずっと()()()()()、高位悪魔の目である。

 それは横槍として処理されないのは一心同体に近い縁故であるが故。


 そしてそれが有効であるのなら、それ以上もまた可能であるという証左であって。

 阿沙賀もまた、ニュギスが秘する最後の手を理解している。望み伸ばせば届く位置にあるということまでわかっている。


 それでも躊躇ってしまうのは失うものの重さ。

 二度と取り返せないのではないかという恐怖。

 

 迷いが生じている。


 だがどれだけ迷っても葛藤しても、限界は近い。終わりはすぐそこ。

 先延ばしなんてできない。決断の時は迫っている。否応なく。

 

 阿沙賀は目の前の鬼と戦いながらも、それ以上に恐るべき己の内側の敵と戦っていた。



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