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アサガニシガ一阿沙賀と悪魔と大江戸学園七不思議  作者: ウサ吉
第五幕 阿沙賀とニュギス
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108 大江戸学園試胆会再演・上



「いや待て無理、絶対無理、こればっかりはマジで絶対無理だ馬鹿!」

「えー?」


 いつものような大胆不敵な阿沙賀の宣言に、遠凪はいつもと違って深刻に否定を送る。

 そうせざるを得ない。

 なにせ今回ばかりは敵が悪すぎる。どう足掻いても勝ち目がないのが明白すぎる。


 わかってなさそうな阿沙賀に、遠凪は重ねて。


「いいか、魔王は戦う相手じゃない。戦うステージにも立てないし、相対すらできない。公爵悪魔が災害なら、魔王はもう恒星とかそういう存在なんだよ。阿沙賀はいま太陽を殴るって言ってるようなもんで、荒唐無稽とかの話じゃないんだ、わかるか? わかるよな!?」

「いやァ、ワンチャン、ワンチャンないか?」

「ない! 一パーセントも一筋の希望も一縷の望みもない。ゼロ! ノーフューチャー! 皆無! マジでまったく不可能なんだよ!」

「えぇーほんとかよ」


 ちらと周囲に確認のように目を配る。


 いつもはよろこんで阿沙賀の大言に色めく試胆会のメンバーも、これには消沈していた。

 これまで数々の戦歴を知り、巻き起こしてきた奇跡を喝采していた――しかし流石に魔王相手となっては試胆会ですら勝ち目が見当たらない。阿沙賀の言葉に無茶だという感想しか思い至れず、そのことが悲しくて声を挟めない。 


 当然、リアやドワにメリッサも下手なことを言えるものではなかった。

 遊紗さえ先ほど垣間見た僅かでも敵の強大さを理解してしまった。

 アティスとその臣下は言わずもがな。


 誰一人として、阿沙賀の馬鹿げた妄言に肯定できる者などいない。いるがずがない。 


 白けた調子の阿沙賀に、遠凪は丁寧に言葉を並べて現状の最善策を述べる。


「オレたちのやるべきことは新たな結界の敷設だ。学園結界の代わりになるような、魔王さえ通れないような結界をな」


 大江戸・門一郎の学園結界は崩壊した。

 だがまだ時間はある。結界による封鎖が可能なのは証明されている。


「幸いここには空間術を得意とする啓術使いや悪魔が複数いる。それも相当な上澄みと言っていい。これだけ揃えばもしかしたらできるかもしれない。今はその可能性に賭けて全力を尽くすべきだ」


 魔界最高の空間使い。

 大江戸・門一郎の孫が二名。

 大江戸・門一郎の師にして魔女。

 さらに高位の悪魔なら特化とまではいかないまでもそれなりの補助は可能だろう。


 人界魔界含め、おそらくこれ以上はないほどに空間術における傑物が揃っていると言っていい。


「いいんじゃねェ。オメェらはそっちで尽力してくれりゃ」


 どうせそういうのは阿沙賀にはできない。

 できることをそれぞれで分担すればいい。

 阿沙賀はひとりでも殴りこみに行くから。


「っっ!」


 そのあまりにわかっていない発言に、遠凪は沸騰するような感覚に襲われる。


「阿沙賀! ……っ、あぁもう! あぁもう!」


 それでも感情を制御しようとして半端に大声をあげてしまい、だがうまく言葉にならない。

 目を丸めている阿沙賀にまた腹が立つが……こういう奴であるということはわかっていたはずだ。

 息を吐く。息を吸う。ため息を吐く。


「阿沙賀、駄目だからな。絶対に、駄目だ! お前はここから出さないぞ!」

「は? オメェなに言って……」

「結界は崩れても試胆会はまだかろうじて生きてる、会長として最後の命令だ! 阿沙賀を止めろ!」

「はァ!?」


 瞬間、阿沙賀は落下した。

 椅子が消失し床が抜け、暗闇の中空に放り出されて五秒で尻を打つ。

 見回せば先ほどと同じ学園の教室だ。だが、そこにいるのはただひとり。


「ふっ、ふひ……」

「シトリー」


 阿沙賀にとっては五秒でしかなかった落下の最中に、向こうで話はついていたようだ。

 立ち上がって威嚇のように目を細めて睨む。


「……なるほどな。オメェらおれを足止めしてる内に結界を完成させるつもりだな?」

「どっ、どうせあたしたちは魔力をほどんど使い切ってて結界構築にはさっ、参加できないからな」


 きっとこの裏で空間術に長けた面子――遠凪、迷亭、遊紗、アティスくらいか? ――で学園結界に匹敵あるいは凌駕するような新しい境界門の蓋たる結界を編み出そうとしている。

 あの場の阿沙賀以外全員がそれに賛成し、その方針で一致した。


 結界構築に参加できない面子は、こうして阿沙賀を食い止める。時間稼ぎでしかないことは承知の上で、だから全員で取り囲むようなこともしない。

 おそらく顕能に覚醒した阿沙賀に、疲弊しきった試胆会では勝ち目がない。まとめて蹴散らされるとわかっている。

 故のタイマンを順繰りに、ひとりずつ可能な限り時間を奪い結界完成を待つ。


「はっ、負け犬根性丸出しだなァ」

「あっ、阿沙賀が強いのはみんなわっ、わかってる」


 自ら勝ちを捨てた選択は、阿沙賀の嫌いとするところ。

 そのため口調に棘が混ざるが、その見解には異を表明する。


「わかってンなら道あけろや」

「でっ、でも! 魔王は駄目だっ! 駄目なんだ、あっ、阿沙賀!」

「わかってねェじゃねェか」

「わかってる! でも、駄目だ! 行かせない! あっ、阿沙賀に死んで欲しくない! けっ、結界だって充分現実的だ! それでいっ、いいじゃないか!」


 阿沙賀が生きて。

 境界門を封鎖する。

 それが試胆会の勝利でなくてなんだという。


「駄目だ。おれが勝ってねェ。あのクソ野郎を殴れてもいねェ」

「そっ、そんなのみんな不満に思ってる!」


 でも、とシトリーはもう涙を流しながら必死になって。


「でも、それがまっ、魔王なんだ……なにもかも違う、理不尽で不条理でどうしようもなくて……諦めるしか、ないんだよ……」

「…………」


 言葉を止めたのは、なんだか自分がシトリーを泣かしてるみたいで困ってしまったから。

 阿沙賀はゆっくりと歩み寄り、シトリーに触れ合えるところまで近づく。


 こぼれる涙を指で掬って、それから頭を撫でる。

 驚いた様子のシトリーに顔を寄せ、至近で目と目を合わせる。

 混沌として底すら見えない、ただの人間の目。凄絶に輝いてシトリーだけを見つめて抉るような、シトリーの大好きな瞳。

 射貫かれたらもう、逸らせるはずがない。


「悪ィがそれでもおれは行く。オメェをぶん殴ってでも、おれは行く。……でも、ありがとな」

「あぁ、うん。知ってた。なっ、なにを言っても、無駄だよな……」


 そして拳が唸りをあげてシトリーの頬に突き刺さり、いつかのように華奢な体をぶっ飛ばす。

 拳に痺れ、言葉に燃えて、心は定かならず――やっぱりあなたは。


「それでこそ、あっ、あたしの大好きな阿沙賀だ……」


 それきりシトリーは気を失って、だが満足そうに眠るのだった。


「さて」


 振り返る。

 この場に居合わせる、もう一柱の相方を見る。


「オメェはどうなんだ、どうするつもりだ……ニュギス」

「やっと聞いてくださったのですか、契約者様」


 全員での話し合いの時から沈黙を守り、阿沙賀がこの空間に落下した時には一緒に落ちた。

 彼女のスタンスだけは、まだはっきりとしていない。


 他の全員と同じように魔王には勝てないからと保守的に阿沙賀を止める立場なのか、それとも。


「わたくしは、誓いましたのよ? 貴方様から離れないことを、貴方様の勝利を信じることを。その相手が誰であれ、魔王であれ、その誓いは不変ですの」

「……いいのかよ」

「おや、みなに否定されてしまって不安になっているのでしょうか。貴方らしくもない。ですが、いいでしょう。わたくしが貴方の背を押して差し上げますの。ただひとりであっても肯定して、共に戦いましょう」

「はは……オメェも随分と、ぶっ飛んじまったなァ」

「誰のせいだと思っていますの」


 ふたりは同時に吹き出し、笑い合う。

 笑って笑って、いつまでも笑ってはいられず抑え込んで――阿沙賀は言う。


「――作戦を考えた」

「?」

「流石におれだって今回ばっかりはまともにやっても敵わないのはわかってらァ。だから考えた、勝つための算段をな」

「勝つための……」


 その言葉に、ニュギスは抑えたはずの衝動を堪えきれずにまた笑ってしまう。


「ふふ……ふふふ! あぁ本当に貴方は、わたくしをわくわくさせることに関しては天才的ですの」

「そのためにもまずはこの……はん、そうだな差し詰め二度目の試胆会ってところか、勝つぜ」

「勝つだけでは足りませんでしょう。手早く、時間をかけず、そして……わたくしの手を借りず、ですのよ」


 先ほどのシトリーへの一撃、あれは阿沙賀の生命力を込めただけのもの。

 阿沙賀はニュギスに魔力要請をせず、ニュギスもまた魔力付与をしなかった。

 なぜか。


「先ほどのお姉さまたちとの戦いで試胆会は既に限界でしょう。傷は巻き戻って癒えたとはいえ魔力は枯渇し、気力も緩んで……そんな相手にまさかわたくしの力添えが必要とは思えませんもの」

「わかってるよ。オメェには本命の時に力を借りなきゃなんねェ。前座ですこしでも消費は御免だ」


 とはいえ、ひとつだけ手を借りる必要がある。

 このタイミングで話しかけた、それが理由。


「亜空間を渡ってくれ。足止めが目的なら迷亭はおれをここに閉じ込めようとするだろうからな」

「あら、いつかのようにご自分で叩き壊せばよいのでは?」

「それしたらたぶん向こうにも影響がでちまう。おれのは所詮力づくで、空間操作じゃねェ。あっちの結界作成を邪魔したいわけじゃねェんだよ」

「なるほど。たしかにすると、空間的な移動のほうがよさそうですわね。仕方ありませんわねぇ」


 顕能に目覚め、様々なことを独力でなせるようになって、けれどそれでも万能とは程遠い。

 まだまだ世話の焼ける、となぜかニュギスは嬉しそうに肩を竦めて術を使う。


 転移の予兆を覚えると、阿沙賀は一度だけ倒れるシトリーに振り返り、消え去る瞬間まで見つめ続けた。

 ――暗転。


    ◇


 ――明転。

 次に目を開いた時に映ったのは学園の、廊下であった。脱出の感覚はなかったから、これはまだ迷亭の亜空間内部か。


「ん。流石に迷亭の手管だな。あのペテン師め。一発で外、ってのは無理か」

「ええ、空間技術において、わたくしはそう卓抜とも言えませんので……あの魔女の作った経路を通らねば外に出ることはできませんの」

「まァハナからそのつもりだった。二度目の試胆会、受けて立つぜ、なァおいフルネウス!」


 廊下の先に立つのは海パン姿の褐色肌の大男。

 消沈の体で、不貞腐れたように唇を尖らせている。


「阿沙賀……」

「よォフルネウス、どうしたよいつもの水遊びはしねェのか? 陸じゃやっぱり自信がねェかよサメ野郎」

「魔力が足りねぇからな。たく……なんでこうなんだよ」

「なんだよ不満そうだな」

「不満に決まってる!」


 急なでかい声に余裕はなく、狼狽えているのが丸わかり。


「なんで魔王なんか来やがるんだ!? なんで俺たちが対処しなきゃなんねぇんだ!? わけがわからんぞ、クソったれ!」

「オメェは別になにもやんなくていいよ、そこ退くだけで」

「できるか!」


 ヤケクソとばかり声を荒げる。

 感情の爆発、理性なんか見当たらない八つ当たりみたいな叫び。

 

「お前を無駄死にさせるわけにはいかねぇ! だからって力づくで抑え込めもしねぇ! どうしろってんだよ!」

「知るか。喚いてねェでさっさと構えろ」

「阿沙賀!」

「殴り合いだよ、好きだろ? うだうだ言ってるよりもずっと簡単だぜ」

「どうして……」


 怒りや困惑、不満に不安の感情は勢い任せに吐き出した。

 残るのはもう、ひたすらに困惑だけだ。


「どうしてお前はそう迷いなく自分を貫いていられるんだよ!」

「阿沙賀・功刀だからだよ!!」


 だん、と廊下の床を蹴飛ばして駆け寄る。殴りかかる。

 フルネウスは乱暴に舌打ちを鳴らして手刀で応える。振り下ろす。


 迷いの見える刃など襲るるに足らず。

 額を押し出しこちらから手刀を受けに行く。


「っ」


 瞬間の乱れを見逃さない。

 及び腰に一発、ぶちこんでやる。


「がはっ」


 強烈なパンチはフルネウスの長身を浮かせ、行動選択の余地を奪い去る。

 続けざまに左拳が叩き込まれ、さらに滞空を強制。さらに右拳が追随し、その次にまた左拳と、連打が綺麗に叩き込まれて反撃すらできない。


「あぁちくしょう……こんなに、遠く……」

「せめて万全にしてからまたかかってこい、いつでも相手になってやんぜ」

「だからお前は……なんで魔王相手に生き残れるつもりなんだよ……」


 その言葉を最後に、フルネウスは沈む。

 もはや聞こえているとは思えない死に体に、けれど阿沙賀はいつものように笑いかける。


「バァカ。生き残るンじゃねェ、勝つんだよ」


 その不遜さは、きっと悪魔たちには理解不能。

 彼らにとっての魔王という存在は、そんな軽口すら恐れ多い。


 ならば阿沙賀は無知が故の大胆不敵であるのだろうか。

 魔王の真なる恐怖を知らないから大口を叩けているだけで、いずれ誰ものように怯えて縮こまってしまうのか。


 それはどうであろうか。

 魔界で恐れる悪魔ども、しかし彼らはきっとほとんどが魔王と相対したことなどあるまい。

 ただ公爵ヘルツォークを優に超えた存在ということで恐れていて、遥か昔の記憶と記録に震えているだけ。


 それは子供のころにお化けを恐れていたことに似ている。正体不明への怯え、存在して欲しくないものへの忌避。

 ただそれの深度が想像を絶するほどで、魂に刻まれた烙印が強烈過ぎた。

 恐怖でできた不可視の枷は、悪魔という種そのものに課せられた本能そのもの。それを克服するのは並大抵ではできないこと。


 翻って阿沙賀はその欠片とはいえ魔王と対峙し追い返してさえいる。

 悪魔ほどではないが本能的に恐怖を覚えつつも、怒りでそれを吹っ飛ばした。


 果たしてどちらの視点が正しく状況を捉えているのかは、今をもっては結論を出せないだろう。

 ともかく阿沙賀は進むだけ。

 自分に生きて欲しいと願う必死の声を踏みにじってでも、自らを貫き通す。


    ◇


 ニュギスの転移が終わる。

 学園の体育館にその身が移動し、そこに待つひょっとこ面の男と正面から対峙する。


「で、次はオメェか、コワント。出席番号順じゃねェんだな」

「うむ。フルネウスの奴が逸っておったからな、譲ったのだ」

「なんだよオメェは落ち着いてんな」

「急いても仕方ないからな。とはいえ順番が回った以上はやるぞ――賭けをするぞ阿沙賀」

「……なんかオメェ、いつも通りだな?」


 シトリーとフルネウスのあまりに感情的な姿からすれば、コワントは落ち着き払って見えた。

 顔色はいつものお面で見えないが、声音は平常。繰る言葉もまたいつものそれで、阿沙賀はちょっと出鼻をくじかれた気分である。


 コワントは胸を張って断ずる。どちらでもよいと。


「ふ、正直に言えばわしはどっちでもいいのだ。おまえさんが魔王に挑むというのなら、その大一番を賭けにできればそれでいい。確実におまえさんが生き残ってこの先もギャンブルできるのなら、それでもいい。わしに敗北はないというわけだ」

「だったら退けよ、先行かせろ」

「それはそれで勿体なかろう。こんな絶好の機会だ……一勝負していけ阿沙賀」

「……オメェのイカレ具合には脱帽だよ」


 まさかまさかの主張である。

 この状況を利用して阿沙賀と遊ぼうとしていやがる。この期に及んで賭け事を楽しもうとしていやがる。

 いや危機感とかないのかこのギャンブル狂いはよ。


 とはいえやることは変わらない。

 阿沙賀は厄介さと不変さに呆れるやら感心するやら半笑い。


「じゃァもうめんどいしじゃんけん、じゃんけんでいいだろ」

「いいとも。何回勝負だ?」

「潔く一回きり!」

「上等だとも、負けたらこの場で二十四時間遊び倒してもらうぞ――」

「勝ったら黙っておれの勝利に賭けてろよ――」


 濃密な戦意が膨れ上がって際限なし。

 突き出した拳に意気の全て集約して勝利のために引き絞られる。


「いざ」

「尋常に」

「「――いくぞ、おらァ!」」



「「さーいしょーはグー!」」



「「じゃんけん――ぽん!」」



「…………」

「…………」


 阿沙賀がだした手は、グー。

 コワントがだした手は、チョキ。


 阿沙賀の勝ちだ。

 けれど勝ったはずの阿沙賀はなんとも言えない顔色で言う。


「オメェ、おれがグーだすってわかってただろ」

「まぁな」初手はだいたいグーを出す男なのは知っている「とはいえ、だからこそ裏をかくとも思ったさ」

「だったらどうにせグー出すだろうが、馬鹿野郎。勝手に勝ちを譲ってンじゃねェよ」


 それは阿沙賀の望む勝利ではない。

 とはいえ一発勝負。勝ったほうがうだうだと言うのも格好がつかない。

 それにどこかでコワントがこうするとわかっていたのだろう。だから阿沙賀もまた衒うことなく思い通りの手を出せた。


 とはいえ時間もない、不満であっても進む必要がある。

 だから阿沙賀から発する言葉はごく短い。


「コワント、一個だけ教えてやる」

「なんだ」

「敗けるのもギャンブルの華だ、なんて思ってるようじゃおれには勝てねェぞ」

「む……」

「勝敗に拘らないで過程を楽しむのってのもいいが、結果だって欲しがるべきだ。楽しいを敗ける言い訳に使うのは違うだろ」


 痛いところを突かれた、とコワントは苦々しく受け取る。

 彼は勝つも負けるも賭博の熱があるだけで満足してしまう節があった。

 ギャンブル狂いのくせに欲が足りてないと言えば、そうなのかもしれない。


「それから」

「ひとつではなかったのか?」

「おれは勝つからな」

「…………」


 阿沙賀が魔王へ挑むことをよしとした。

 しかしそれは、阿沙賀が勝てると信じたというわけではない。

 阿沙賀の敗けるも自分のギャンブルの敗けるもまた一興だと、それだけに過ぎない。


 コワントは疲れたように息を吐き、それからひょっとこの面をゆっくりと外す。


「ふ。見透かされてはギャンブラーとして完敗だな」

「……オメェ、それ」


 凛々しい眉、細くも鋭い眼光。

 肉付きが少なく引き締まった細面の、重厚な男前の面立ちだ。

 コワントの嫌った、彼の素顔であった。


「うむ。脱帽だとおまえは言ったな? こちらもまた、同じ心地よ。帽子はかぶっておらんでな、これで許せ」

「なんか、似合わねェなァ」

「ふ、よく言われる」

「今度は素顔で勝負しようぜ、ずっと表情隠してンのはズルだと思ってたんだ」

「そうしよう……また、必ずな」


 その約束だけをとりつけて、阿沙賀はまたニュギスの転移でこの場を去った。

 ひとり残るコワントは、そのすぐに感情のでる顔で静かに泣いた。




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