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第4話

眠りについた当日と翌日と、覚悟していた呼び出しはなかった。侍女に聞いたが、第4妃の訃報も、回復の報も流布していないらしい。ようやく翌々日になって連絡をよこしたのは、王太子——ではなく、神殿だった。いつも以上に侍女たちは気合を入れて支度を整えた。王宮を出るのかと思いきや、歓待するらしい。

神殿に対しいい思い出はないから、どちらでもいいけれど。


「異界からの客人、ティカ・アシェリと申します。本日は我が宮までようこそおいでくださいました」

「そのように礼を尽くすのは我らの方です、聖女さま。どうぞ御顔をお上げください」


ぴくりと頬が強張る。聖女として私が立たなかった、立てなかった原因。魔術師団長が目覚めていないこと、そしてもうひとつが、神殿だった。

彼らは私を「聖女」と呼んだことはない。

その理由は私の瞳。私は生粋の日本人だが、瞳が鮮やかな緑色なのだ。東北生まれの祖母も、そうだったらしい。ところが歴代の聖女は黒髪に黒い瞳だった。碧眼である私を、神殿は聖女と認めなかった。

それがここにきて、なんの風の吹き回しか。


「......わたくしを支持してくださると?」

「お話が早くて結構。えぇ、我々はあなたを支持いたします」


慇懃無礼は、変えないらしい。


「それは幸いですこと。何故かお聞きしても?」

「4日前、第4妃殿下が回復されたそうですね」

「......神殿は様々ところに耳をお持ちですこと」


間諜が多い、と暗に非難するが、笑みで躱された。


「何やらその時、聖女さまは第7王女殿下に治癒を施されていたとか。我々はあなたを通して神の奇跡が起きたものと解釈しました」

「左様ですか」


私の魔術とは思っていないらしい。当然か。聖魔術の行使には光が伴う——これが常識だ。

ただ、私は可視光の波長を短くし、赤外線にしただけだが、彼らが理解できるとは思わないし教えたくもないので黙っていた。


「ゆえにあなた様を聖女としてお認め致します。たとえ碧眼であれども、神のご意思は果たされたようだ」

「それは光栄ですこと」

「追って教皇聖下よりお手紙があるでしょう。聖獣召喚の儀も、間もなくかと」


あぁ、もう。

もう、ダメなのか。


「......畏まりました」


神殿からの使いが帰った後、私は人払いを命じた。騎士と侍女が1人ずつ残る。

私は彼らの名前を覚えないように、この1年努力した。だから、彼らの——この世界に来て初めて出会ったこの二人の名前も、思い出さないようにしている。


『......大丈夫だと、思ったんだけどなぁ』


呟く声は、まだ、母国語だった。そのことに、安堵した。


『どうしよう』


だって、想像してない。大事にならないだろうと、そう思ったから王命ではなく、人命をとったのに。

私が私でなくなる——そんな予感がする。







—教皇からの手紙が届いたのは、3日後だった。聖女の存在を広布し、一月後にはお披露目をすると。王太子からの手紙と同じことが記されていた。

既に密約は交わされていたのだ。聖女()の与り知らぬところで。

知っていたはずだ。王太子が——あの男が合理性を重んじる人間であることを。これは、私が’人を見捨てたくない’という傲慢を抱いたがゆえの帰結だ。

仕様がない。どうしようもない。


私にできることは、何もない。


いよいよお披露目だと、沸き立つ侍女たちが、いつにも増して見知らぬ人のようだった。




第4妃からの手紙が届いたのは、それから1週間後のことだった。

褥に横たわっていた時とは異なり、鼻の欠損も元通り、見たところ、肌の湿疹もない。二人の王女も同席していた。こうして見ると、第6王女は国王に、第7王女は第4妃に似ているらしい。お茶を給仕され、一息ついたところで第4妃が口を開いた。


「――この度は、あたくしを救ってくださいましたこと、心よりお礼申し上げます」


ぱち、と目を瞬く。神の奇跡、そう解釈されていると聞いた。


「......わたくしの功績では」


第4妃は緩く首を振る。


「ヘレイナから聞き及んでおります。ヘレイナの手を治癒したのと同時に、あたくしの体も癒えた。その他、殿舎内の使用人の些細な傷も癒えたのだと。どのようにしたのか存じませんが、聖女さまのお助けがあったのだと理解しております」

「――......」

「リリーシュアが大変な非礼を働いたことをお詫びしたいと。お許しいただけますか?」

「......構いません」


ここで、末席に座っていた第6王女が顔を上げた。


「この度はわが母をお救いくださいましたこと、心より御礼申し上げます。聖女さまの深いお考えを知らずに責め立ててしまいましたこと、伏してお詫びいたします」


深いお考えなんてものはないのだが、そう言うこともできず、ただ頷いた。


「わたくしからもお礼を。こうして再び母と会話できる日が来ようとは、夢にも思いませんでした」


3人は揃って美しい礼を捧げた。風に揺れる美しい衣装を眺めていたら、どうして、と言葉が飛び出していた。


「どうして、信じてくださるのです」


神の思し召しを、この国では重要視する。だから、第4妃の治癒は神の思し召しだと思わせなければならなかった。だからあれやこれやと手を尽くし、特急でできる最善を選んだ。光が出なかった、それゆえに神殿も私の術だと思わなかった。

そちらの、と第4妃は私の後ろを指す。


「銀の髪の騎士と、茶の髪の侍女が教えてくれたのです。あなたがこの1週間、寝る間も惜しんで術式を編み出していたと」


思わず振り向くと、二人は揃って気まずそうに眼を逸らした。この二人だけは、書斎に入れていた。足の踏み場もないほどに散乱した羊皮紙に汚れをつけないよう、必要ない時は身じろぎもせず。寝落ちた私を、ベッドまで運んで。飲み物が足りなくなった時には、飲み物を差し入れて。

書斎では聖女と呼ぶなと、その命令にさえも従順であった彼ら。


「――っ」

「様々にご配慮いただきましたこと、心より感謝を。あたくしとあたくしの生家、南を守護するアーレント家は、今後聖女さまを支持すること、略式ながらこの場にて申し上げます」

「は?」


第4妃は嫣然と微笑んだ。


「聖女さまのご随意のままに。我らアーレント、力をお貸しします。王家から逃げたい、ともなれば少々お時間いただきますが」


不意に思う。この妃は、不倫なんてしていないんじゃないかと。ここは魔法の世界だ。国王は女遊びが激しく、娼館にも足繁く通っていると聞くから、梅毒をもらっていてもおかしくない。けれど医師はそんな診断を下せないだろう。神官に火急速やかに直してもらうことも、おそらく不可能ではない。けれどその間に国王と関係を持った女人は、その限りではない。

それを国王が不貞と思ったのか、或いは王太子が南の辺境伯爵家を脅すいい材料と思ったのか。第4妃は放置された。

——すべては推測に過ぎない。すべて私に関係ない、どうでもいいことだ。


「――私の行動に、意味はありましたか?」


震え声に、第4妃母子は、3人揃って赤い瞳を瞬かせた。


「えぇ、あたくしはあなたさまの助けなしには今、生きておりません」


当たり前のように告げられた言葉で、ようやく息ができたような気がした。


「そう——そう、ですか」


よかったと、初めて思った。


「そう、ですか」








書斎に足を踏み入れる直前、私は振り返った。いつものようについてきた二人が、一拍遅れて足を止める。


「フェルゼット卿。ロジェさん」


二人は驚いたように目を瞠る。それも当然かもしれない。何しろ私は、彼らの名前を呼んだことがない。


「――ありがとう」


囁きに似た言葉を、確かに二人は受け取ったらしい。ロジェさんは嬉しそうに微笑み、フェルゼット卿の口角がかすかに上がった。





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