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蝶は、芋虫だった。
芋虫は、大して感情が無い。
大した思考もしない。
それでも、本能から来る欲求として、食欲は存在していたし、成長して、子孫を残そうという目的の為に生きていた。
脱皮を繰り返し、新しい殻に液体を送り込み、そうして大きくなっていく。
蝶は、人間に完全変態と呼ばれる、子供の時と全く違う姿へと変じる生き物だ。
蝶も、他の蝶と同じく、大人へと変じるための儀式を行った。
即ち、蛹化だ。
蝶にとって、この蛹化というのは、とても危険な行為でもある。
芋虫の時よりは、外皮が硬くなり、目立たない色となる事で、外敵から見つかりにくくなる。
そのため、一見安全性が上がるように思われるが、実際にはそうでもない。
蛹になるために脱皮するのだが、その脱皮自体に失敗し、そのまま死ぬ蝶も多いし。
実の所、天敵である鳥の目であれば、蝶の蛹の擬態など有って無いようなもの。
更に、蝶の天敵は、他にも大勢いる。
自分より何倍も大きい肉食性の生き物たちは、当然恐ろしい存在である。
だが、蝶が最も警戒するのは、むしろ蝶より小さな生き物だ。
寄生バチや寄生バエ、一部の蜘蛛等は、蝶の芋虫や蛹の体を食い荒らし、蝶の外皮を突き破って出ていくという、身の毛もよだつ行動をする。
そんな天敵ばかりのこの世界で、動くこともできなくなくなる蛹という状態は、恐怖を感じる心があるなら、気が狂いかねない程のものであるだろう。
それでも、蝶は、蛹へと変じた。
それが、蝶の生きる理由だから。
体の中をドロドロに溶かし、全く新しい生命体へと変わるために。
1年後、蝶は、蛹のままだった。
何故か、本来起きるべき変化が起きず、蝶へとなることが出来ずにいた。
不思議なのは、それがおかしい事だと、蝶自身が感じている事だった。
蝶は、それまでそんな事を考えられる程の知能を持っていなかった。
それが、蛹になり、ドロドロに溶け、蝶でも芋虫でも無い状態になってから、霊長たる人間にも匹敵する知能を獲得していた。
とはいえ、その知能を活かす機会は、一向に訪れなかったが。
蝶は、考えた。
何故、蝶はこうなのか。
どうすれば、蝶は蝶へとなれるのか。
考えに考え、そして最後は、願うようになった。
蝶は、成長し、蝶へとなるために生きてきた。
しかし、蝶は、蝶という物が何なのか、実の所わかっていない。
多分、蝶になれば、自分の子孫を残す何かになれるのだが、そもそも子孫という物すらよくわからない。
蛹という世界に閉じ込められてから発達した知能を得た蝶には、どれだけ思考しても、答えに辿り着けるほどの情報すら無く、それでも思考をしない事すらできず、只々時を過ごした。
2年。
3年。
5年。
蝶は、何でもない、ただのドロドロである体で感じる暖かさで、季節の移り変わりを知った。
何時か蝶も、その季節の中で、子孫を残せる蝶になる事を夢見て。
しかし、蝶は蝶になれない。
ある時、蝶は、蝶という存在が、根本から変わっていくのを感じた。
最初は、これが蝶になる事かとも思ったが、その割に、蝶の体が蝶になる様子はない。
ドロドロが、ドロドロしたまま、サラサラしてもいる物になっていく。
蝶は、知識は無かったが、それでも、蝶が上位の存在へと変じている事が分かった。
蝶ではない何かに。
悍ましい何かに。
その変化は、蝶には止められない。
ただただ、蝶は変わっていく。
どれだけそうしていたのか。
とても長かった気もするし、一瞬だったようにも感じる。
気がつけば、蝶の中に、とても強い力のようなものが溢れていた。
今にもその力が、蝶の外皮を突き破り、外に飛び出すほどの圧力。
蝶は、蝶の存在を保つために、なんとか力を抑えようとした。
抑えて、抑えて、もう死んでしまうのかと思った時に、蝶の外皮から、焼けるような痛みが奔った。
それが暫く続くと、蝶の中の力が少し弱まった。
何が起きたのか、蝶にはまったくわからない。
それでも、痛い事が起きたおかげで、自分の命を長らえることが出来たようだと言う事だけはわかった。
蝶は、痛いのは嫌だったが、死ぬのはもっと嫌だったので、なんとかその痛いの事がまた起きてほしいと願った。
だが、蝶のその願いは、やっぱり叶わない。
何が起きたのか、蝶は、何かに吸い込まれたような気がした。
そうして気がつけば、蛹の中とは別の、よくわからない場所にいる。
体は、依然としてドロドロのまま。
しかし、蛹の中と違って、移動することは可能なようだ。
当然、蝶になった訳では無いのだろうが。
相変わらず、体内側から強い力を感じているし、これが本来の成長の仕方ではないと言う事は、本能で分かっていた。
「成功しました!」
「本当に成功するなんてビックリですね」
「ごっつぁんです!」
蝶の意識に、初めて『他者』の声が聞こえた。
それが、蝶の仲間なのか、それとも天敵なのか、蝶にはわからない。
だけど、少なくとも、発達した知能を手にしてから初めて得た『他者』という存在に、蝶は、我慢できず話しかけた。
『あなたは ちょう?』
「会話ができるなんて、当たり個体かもです!」
「当たりとかあるんですか?」
「ごっつぁんです!」
会話が成り立っているのか、蝶にはわからない。
しかし、とりあえず、攻撃はしてこないようなので、蝶は会話を続けた。
「お前は、100レベル以上のプレイヤーじゃないと、即死するフィールをが作れるようになりなさい!」
『100れべる?』
「お前は、100レベル以上のプレイヤーじゃないと、真面に戦えないスペックになりなさい!」
『すぺっく?』
「お前は、死んでも1時間で復活するようになりなさい!」
『え しぬ?』
「お前は、この姿になりなさい!ニパです!ニパ!あと、服装は、これです!」
『にぱ? ふく?』
蝶は、その『他者』の言葉を聞き続けた。
蝶は、『他者』の言葉に素直に従った。
蝶は、蝶には成れなかったが、全く新しい生命体へと変じる事には成功した。
そう、蝶は、完全変態して、魔神となった。
魔神となった蝶は、痛いのが好きになった。
だって痛いと生きていられるから。
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