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剣と魔法の世界に行きたいって言ったよな?剣の魔法じゃなくてさ?  作者: 六轟


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623/664

623:

 夏休みも終わり、そろそろ秋の夜長にマツムシが鳴き喚く頃かなぁ……なんて甘い事を考えていたら、何時まで経っても夏日を記録していた頃、俺はまた鬼一さんから呼び出されていた。

 場所は、前回密会したあの喫茶店だ。

 いつ来てもここは、雰囲気が変わらないなぁ……。


「結婚したいの」

「結婚……」

「ええ。結婚よ」

「それは……もちろん、人間の社会で言う結婚ですよね?妖怪の社会に存在する、魂をなんちゃらするような奇習ではなく」

「そんな奇習知らないわ。もちろん貴方達人間として結婚したいのよ」


 何か、とても大変な事を頼まれるんだろうなって思っていたから、実の所そこまで慌ててはいない。

 けれど、それはそれとして困惑はしている。

 このTS天狗さん、例の爽やかイケメンと付き合い始めたの、夏の直前だったよな?

 精々1か月から2カ月だ。

 それなのに、もう結婚だと……?

 普通の人間だとしても早すぎないか……?


「因みに、相手の男性のご両親には、もう挨拶とかしたんですか?」

「していないわ」

「それなのに、もう結婚を前提にお話をされていると?」

「……まず、結婚に必要な物が、私には足りていないの。そして、それを手に入れない限り、私は彼の両親に挨拶に行くことすらできないわ」


 悲しそうな顔で美女が俯く。

 すごい破壊力だ。

 TS妖怪だって事を知らなければ、俺だって「話きこか?」って言いそうになると思う。


「足りない物ってなんですか?」

「……戸籍よ」

「そりゃそうか……!」


 決定的に足りないわな!

 だって人間じゃないもん!

 むしろ、よく最近人間の社会で生活できてたもんだと感心するわ!?


「因みに、ドラッグストアのバイトに応募する時とか、どういう風に対処してたんですか?もちろん住民票も無いですよね?」

「実家の両親からDVを受けていて、逃げて隠れている所だから、住民票も教えられないって泣きながら言ってみたら、面接担当の方も泣き出して、そのまま採用してくれたわ」

「法的にどうなんだろうなぁそれ……」

「アウトだと思うけれど、自分に都合がいい行政の見逃しは、積極的に利用していく事にしているの。人間社会に紛れる妖怪の嗜みよ」

「タチ悪いな……」


 今思い返してみると、四国に行った時にダークエルフのお姉さんがバイトしてるの見たけれど、あの人多分正規の住民票とか持ってないだろうし、そういう何かしらの非正規な方法使って働いてたんだろうなぁ……。

 魔王だって、普通の顔して駅前でカレー作ってるし……。

 まあ、アレは最早王様公認だけども……。


「じゃあ、とりあえず今回俺に頼みたい事って言うのは、鬼一さんの戸籍を用意してほしいって事なんですね?」

「そうね……。あとは、恋愛相談かしら」

「恋愛相談?」

「私と彼、とても体の相性がいいのよ」

「はぁ……」


 この前までオッサンだった美女と爽やかイケメンの性事情について聞かされるのか……?


「それで、毎日のように何度も何度もしているのだけれど、普通の人間のカップルって、1日に何回するものなのかしら?」

「さぁ……。俺、童貞なんで……」

「大試君の持ってるイメージでいいのよ。インターネットで見たマンガだと、男性はコンドーム10個入り1箱使い切る程度にしかできないみたいだったし、それが世間一般の男性の限界なのかと不安で……」

「……いや、それはマンガとかの表現であって、実際の男性の限界とは全然違うと思いますよ?」

「そうよね!?安心したわ。本来通常の男性であれば、1晩に10回程度が限界であるにもかかわらず、私という妖怪が相手だから1晩で20回もしてくれているのかとも思ったけれど、普通の男性もやっぱりそのくらいはできるのよね!私に催淫能力でもあるのかと不安だったのよ!」

「……んん?」

「これで、後は戸籍さえ用意してもらえれば、心配事は無くなるわ!幸せな結婚生活を送るんだから!」

「……んー…………」


 なんかさ、すごい事が聞こえた気がしたけれど、本人たちが幸せならそれでいいかな……?


「とりあえず、赤ちゃんは、3人くらいは欲しいの」

「そうですか」

「男の子と女の子、1人ずつは欲しいわね」

「そうですか」

「彼の遺伝子が入っているなら、きっとカッコいい男の子になるし、女の子なら美少女よ!」

「そうですか」

「……大試君、私の娘には手を出さないでね?」

「わかりました」

「はぁ……最近は、夢にまで出てくるのよね……ウエディングドレス……。まさか私が着ることになるなんて、数年前までは夢にも思わなかったわ……」

「でしょうね」


 すごい人生……妖怪生?味わってるよね鬼一さん。


「じゃあ、戸籍を用意してもらいますので、苗字を決めて貰えますか?なんでも良いです。カッコいいと思ったものでも、完全にランダムでもいいですよ」

「そうね……なんとなくだけれど、『源 鬼一』という名前で履歴書を書いたから、それのままにしたいわ。過去に、そう言う姓を持った人間と関わったことがあるのよ」

「へぇ……。じゃあ、源鬼一で作りますね。あと、ウエディングドレスもこっちで用意しましょうか?服飾が趣味の人外が身内に居るので。それと、結婚式場と新婚旅行先も今作ってる所なので、良かったらそっちも手配しますよ?」

「そんな!?悪いわ……」

「いえいえ、お気になさらず」


 TS元おっさん妖怪であることを秘密にさせた状態で1日20回以上も致している爽やかイケメンさんにちょっとだけ罪悪感が湧いちゃってさ……。


「……大試君がそう言ってくれるなら、甘えてもいいかしら?」

「はい、もちろんです」

「なら、お願いするわ。もちろん、ただでとは言わない。私の力が必要な時は、いつでも教えてちょうだい。何が何でも恩を返しに行くから」

「その時は、お願いしますね」

「えぇ!」


 輝く笑顔で、彼女は笑った。

 本当に美人だなぁ……。


 それだけに、一層罪悪感が湧く……。

 爽やかイケメンくん……。

 キミがTSおじさんに引っ掛かってしまうのもしょうがないよ……。


 俺の家に、鬼一さんと、さわやかイケメンの「私たち結婚しました」報告ハガキが送られてきたのは、それから1か月後だった。

 爽やかイケメンくんは、とても幸せそうな顔だけれど、明らかに痩せていた。







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