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「あのっ ちがっ これはっ」
眼の前で、とても扇情的な衣服に身を包んだ美女が大慌てしている。
先程までの光悦の表情から、絶望の表情へと変わりながら。
「ベティには、売り子を頼みました。同人誌即売会では、売り子にセクシィな格好をさせると良いとインターネットで調べましたので、大試さんから頂いた月々の衣服代からコツコツ積み立ててやっと手に入った一品です。如何ですか?」
「如何ですかって……」
「勃起しました?」
「お姫様がんな言葉使うんじゃねぇよ……」
「おかしいですね?正常な思春期の男性であれば、ベティのこの姿を見て興奮しないはずは無いと考えたのですが……。もしや、私が着たほうが良いのでしょうか?」
「いやいやいやいや」
平穏無事、真面目な留学生活をしていると思ってたのに、いつの間にこんなろくでもない事をしでかしていたんだこいつは!?
ドイツのお姫様だぞ!?
有栖と同じような立場で、すごく責任と人気があるお姫様だぞ!?
何してくれてんの!?
俺が困惑していると、すすり泣く声が聞こえてきた。
見れば、ポロポロと涙を流すサキュバスの姿が。
「ち……ちがうんですぅ……。わたしは、いやだっていったんですぅ……。ぐすっ……。でもぉ……これだってしごとのうちだっていわれてぇ……。いっかいのぐんじんが、おうぞくのめいれいをむしすることもできないしぃ……。たしかに、いつもせんしとしてしかみられていなかったわたしですが、このかっこうをすればきれいなおんなのこにみられるかもってちょっとうれしくなったりもしましたけど……。ほんしんじゃないんですぅ……。さきゅばすじゃないんでず……!」
おーおー……。
ガチ泣きしてんじゃんか……。
「どうですか?庇護欲唆られました?」
「ちょっと黙ってろ!」
「あたっ」
俺は今、他国のお姫様にチョップをしてしまった。
普通なら外交問題だけど、多分こいつは平気だろ。
1分後にはケロッとしてそう。
このお姫様のことは、一旦おいておこう。
今は、こっちの泣き虫だ。
「ベティさん」
「……はい……?」
俺は、自分の制服のジャケットを脱ぎ、ベティさんにかける。
それを目を最大まで開いて驚きながらみてくる彼女に、優しく語りかける。
「貴方は、とても美しいです」
「……えっ……?」
「それに、とてもセクシーですよ。その衣装姿だって、大抵の男子だったら飛びつきたくなるくらい魅力的です」
「でもぉ……私はサキュバスじゃないんです……」
「わかっています。貴方は、とても聡明で、そして我慢強い女性です」
よく知らんが。
多分。
「だから、理不尽な要求だとしても、相手がとても偉いお姫様ということで、従ってしまったんですよね?」
「はい……」
「でも、本当はやりたくなかったんですよね?」
「はい……。でも、このくらいしないとあの本はきっと……」
「ええ。普通のやり方では、全く売れないでしょうね」
「ですから私は……」
「でも、貴方がどれだけ女性として魅力的な格好をしていたとしても、あの本がそこまで売れる事は無いんじゃないかと思うんです」
ここは、多少強引でも、言い切るくらいの勢いで理由付けしてしまったほうが相手も納得しやすい。
対面での説得力っていうのは、内容も重要だけれど、むしろ発言者の態度のほうが重要だと俺は思ってるし。
「だって、あの本の内容的に、極度のブラコンしか買いませんから。しかも、絵が劇画調過ぎて、今の流行り的に内容を無視してでも絵だけで見て買うという層も手を出さないでしょう。そこに、女性として魅力的な貴方を配置したところで、貴方目的で近づいて来た者は、果たして本を買うでしょうか?」
「それは……」
後ろで、「え?私の絵が……?」ってつぶやきが聞こえたりしたけれど、無視する。
まあ、ぶっちゃけると、ベティさん目的で内容まったく興味無くても本を買う男は沢山いる気がするけれど、それは敢えて教えない。
「だから、ベティさんは無理をしなくていいんです。この本のことは、俺に任せて下さい。貴方は、貴方自身の本来の目的のために動いて下さい。俺は、貴方に最大限の協力をします。何があっても絶対に貴方を裏切りませんから、いくらでも俺に頼って下さい」
思えば、この人も可哀想な人だ。
ドイツでは、俺に……というより、イチゴエアにペイント弾でボコボコにされ、そのまま責任を取らされてビキニ姿でお姫様の無茶な外交につきあわされ、その後は護衛として日本にまでつきあわされているんだ。
正直、同情を禁じえない。
本人が真面目なのも更に可哀想ポイントに加点されている。
これが、どうしようもないほど性格が悪いとかならそうでもないんだろうけれど、人格面では、好感がもてるからなぁ……。
たとえ、普段しないエッチなコスプレでちょっと興奮しちゃっていたとしても、それはそれで仕方のないことだと思うし……。
アレは、エッチだったなぁ……。
おっとやばいやばい。
腹を斬らなくちゃいけなくなるところだった。
冷静になるために、俺はこっそりと自分の足の小指に木刀をぶつけておいた。
うん、痛い。
冷静になったぞ。
そんな俺の真摯な気持ちが伝わったのだろうか?
ベティさんの涙はとまり、そして俺を見つめる視線が、先程までの絶望一色だったものから、温かいものになってきた。
そして、すこし頬が赤らんできて……あれ?
「ご主人様……」
「なんて?」
「貴方が、私の運命のご主人様なんですね……?」
「いやちょっとまて」
なんか、変なことを言い出した。
「成る程。私は、ベティはドMなのだと考えていましたが、どうやらそうでもなかったようですね。ちょっとMなだけで、アメとムチに弱いタイプでしたか」
「何いってんだ王女様?」
「そして、流石は大量の女性を侍らせる好色紳士。ここまで的確にベティを堕としてくるなんて……。私は、まだ貴方を過小評価していたようです。本当は、むしろベティか私に貴方が堕とされる事を望んでいたのですが、一筋縄ではいきませんね」
「いやほんと、ちょっとまてや」
「そういえば、メイド服も用意していたんでした。今持ってきますね。それとも、ボンテージのほうが……?」
「だから待てって!」
俺は、脚に縋り付いてくる明らかに正常な思考ができていない女性を振り払うこともできず、頭のおかしい王女様が衣装を取りに寮へと戻っていくのを見送ることしかできなかった。
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