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松永弾平は激怒していた。
原因は、開拓地からやってきた少年だ。
犀果大試。
松永弾平にとって彼は、とにかく気に障る存在だった。
犀果大試とその父親が王都へと召喚され、王から爵位を賜った際、侯爵家の当主である松永も当然居合わせた。
最初は、雰囲気が野性的なだけの子供だとしか感じなかった松永。
しかし、その認識は、時と共に駆け足で変化していく。
「何!?あの小僧がまた功績を立てただと!?」
短期間に立て続けに耳に入ってくる大試の派手な動きに、停滞どころか後退を始めていた松永は苛まれていった。
松永は、実家こそ侯爵家ではあったが、能力的には、良くて平凡。
上位の貴族としては、赤点といった程度の人間だった。
家族は多く、自分以外にも爵位の継承権を持つ者はいたが、自分以外の兄弟は、全員が女性だった。
貴族は、命を落とす可能性が非常に高い。
そのため、子供を多く残すために、当主は男が選ばれる事が多い。
松永も、父親のその考えによって当主となったに過ぎなかった。
もっとも、他の継承権を持つ者たちが皆、魔馬の生産くらいしか強みの無い松永家に見切りをつけてしまう程度に優秀で、松永家を盛り上げていこうと考える程愛着が無い者ばかりだったというのも大きかったのだが、松永本人は、自分の能力を評価されて当主に選ばれたのだと思っている。
だから、自分が当主を引き継いだ以上、松永家を盛り上げて、社交界でも羨望の目で見られるものだと妄想していた。
しかし、現実は真逆の道を辿る。
松永が当主になって直ぐに、松永家の収入は下がり始めた。
それまでも、伸びはどんどんと小さくなってはいたが、マイナスにまでなったのは松永の代からだ。
どれだけいい馬を作ろうとも、どれだけ騎馬隊を揃えようと、魔馬産業は後退するのみ。
起死回生を狙って王家に献上した魔馬は、後から他の魔馬を殺す気性難と判明するという頭を抱えたくなるような事態に。
そんな折に現れたのが、犀果大試だった。
その姿は、多少賛否の否の方が多いのは気になるが、松永が思い描いた自分のあるべき姿だった。
松永は、ヒーローになりたかったのだった。
とはいえ、松永もそうやって流石に歯軋りしているだけではどうしようもない所まで家が追い詰められてしまった。
何だかんだ言いつつも、上位貴族の当主である自分には、傘下の者たちを食わせていく必要がある。
一旦は、嫉妬心を捨てて行動するべきだと考えた。
まず最初に行ったのは、魔馬の生産頭数を縮小した事で浮いた牧場敷地の整理だ。
王家から管理を委託されている牧場の敷地は、流石に松永でもどうにもできないが、松永家所有の牧場であれば売り払うことも可能。
断腸の思いではあったが、広大な敷地を民間へと売ることにした。
そして、それらは一瞬で売れてしまった。
余りにもすぐに買われた事で、松永は不安になった。
(もしや、あの土地に重要な資源でもあったのではないか?それに儂は気が付かず売り払ったのではないか?)
と。
だが、調べてみてそうでは無い事がわかった。
というより、すぐに買われた理由がこれ以上ない形で判明したからだ。
土地を買い上げられた数日後には、その場所に町が出来ていた。
それも、近未来感のあるタワーマンションやショッピングモール、自然豊かな公園まである高級住宅街になったのだ。
すぐに移住希望者が殺到した。
そして、一か月後には、犀果ヒルズと呼ばれるようになっていた。
そう、犀果である。
土地を買い上げたのは、犀果家の使用人だった。
自分ではなく、犀果家が、あの土地を大人気の場所にしてしまったという事実。
それが判明した時、余りの怒りで、手に持っていたワイングラスを握りつぶした松永。
冷静に考えれば、商売で行った以上、犀果大試に対して何かを言える立場にはなかったが、この時の松永にそんな冷静な思考は存在しなかった。
因みに、この時その土地を買い上げたのは、犀果家のメイドにしてAIのアイだ。
町を作ったのも、犀果ヒルズという名前を考えたのもアイ。
犀果大試は、犀果ヒルズの存在すら知らずに、死んだ魚のような目で仕事を押し付けられていた。
一度ブチ切れたことで何とか冷静さを取り戻した松永は、更なる金策をすることにした。
王都内の臨界エリアに所有する大きな催事場。
そこを売却したのだ。
魔馬の競りにでも使おうと羽振りが良かった時に買ったが、今となっては無用の長物になっていたからだ。
そして、この催事場も一瞬で買われてしまった。
まさかと思い調べてみれば、またもや買い上げたのは犀果家の使用人。
しかも、一か月後には、その催事場で世紀の大イベントが開かれてしまった。
犀果マーケットと銘打たれたそれは、松永にはよくわからないが、どうもオタクと呼ばれる者たちが一堂に会する催しだったらしい。
松永家が所有していた時には、終ぞ実現しなかった賑わいが、そこには有った。
それを知った時、余りの怒りで、手に持っていたウヰスキーの瓶をテーブルに叩きつけ、跳ね返って来た瓶とテーブルの破片を体中に浴びた松永。
その痛みですら、犀果大試によって齎されたとしか思えず、憎しみは強まっていく。
因みに、この時その催事場を買い上げたのは、犀果家のメイドにしてAIのピリカだ。
いつの間にか出版社を作っていて、イベント企画までしていたのもピリカ。
犀果大試は、犀果マーケットの存在すら知らずに、死んだ魚のような目で体に風穴を開けられていた。
どれだけブチ切れようと、案外その後は落ち着くもので、松永はまた新たな金策をすることに。
自分が面倒を見ている貴族の数は多い。
魔馬の生産を一手に引き受けていた松永家とその所縁の一族ともなると、それはもう相当だ。
彼等を食わせていくためには、金策は幾らでも必要だった。
新たな産業を興すこともできていない松永には、持っている資産を売る事しかできない。
仕方なく、馬用の牧草を作っていた畑の一部を売却することにした。
生産頭数も飼育頭数も減った以上、牧草の必要数も下がったのだから、売っても問題ないハズだった。
とはいえ、牧草用の農地を売ったところで、誰が上手く利用できるものだろうか?
という思いもあったが。
牧草用の畑と言うのは、大抵の場合、普通の作物を作るのには向かない。
というより、そういう畑だからこそ、仕方なく牧草を生やして、そしてそれを餌にする牧畜を行っているような場所が多いのだ。
だから、買い手が見つかるかもわからないので、二束三文で売られる事になった土地は、またもや一瞬で売れた。
悪い予感がした松永。
その予感は、またも的中した。
買い上げたのは、またもやまたもや犀果家の使用人。
数日後には、巨大な工場が建っていた。
全てが自動化された植物工場だというそれは、毎日数トンのブランドイチゴを生産し、日本中へと出荷し始めた。
1か月後には、その工場で生産されたイチゴを食べるのが貴族のステータス、などという声まで聞こえ始める。
牧草を作るくらいでしか使えていなかった自分への当てつけとすら感じた松永。
勿論被害妄想ではあったが、松永にとっては事実。
それを知った時、余りの怒りで、手に持っていた4リットルの焼酎ペットボトルを窓から庭へ向けて投げようとして、バランスを崩して部屋の中をべちゃべちゃにした。
この部屋に漂う不快なアルコール臭すら、犀果大試を憎む材料になっていた。
因みに、この時その牧草地を買い上げたのは、犀果家のメイドにしてAIのイチゴだ。
いつの間にかイチゴ工場を作っていて、イチゴがステータスなんて風潮を作っていたのもイチゴ。
犀果大試は、「イチゴがちゃんと合法的に商売しているなんてすごいなぁ……」くらいの緩い感じで考えながら、死んだ魚のような目で神様と戦ったりしていた。
松永は、もう我慢がならなかった。
だから、今までにも続けていた嫌がらせを強めることにした。
といっても、この時点ではまだ、違法なことまでしようとは考えていない。
あくまで、貴族らしく、嫌らしく、相手に吠え面をかかせてやりたかっただけ。
だから、報奨金が出ないように画策するのは継続しつつ、保育所設立用の金を出させることにした。
なのに気がつけば、犀果大試単体で保育所を作り始めており、その規模も王都で随一となる予想。
ならばと、傘下の貴族たちに動員をかけ、子供たちに平民への差別意識を植え付けてから送り込むことに。
保育所に受け入れられても、落とされても、犀果家に対して何かを言う材料になるだろうと考えていたら、何故か逆に傘下の貴族や作業員たちに自分が反逆される始末。
そして松永弾平は激怒した。
もう、犀果大試をこの手で倒す以外に、自分に安息の時は来ない。
そんな考えに支配された松永は、松永家が所有する魔馬の中で最も評価の高い最高の一頭に跨り、屋敷を飛び出した。
向かうは、最近犀果大試がよくいるという奴の保育所。
松永自身は、魔物がほとんど発生しない土地を管理している上、魔馬の生産という後方支援が主な役割だった事から、戦闘能力は高くない。
しかし、自分の乗るこの魔馬、『黒影』ならば、犀果大試だろうと叩き潰せるだろうと信じて疑わなかった。
何故なら、魔馬は最強の戦道具であり、魔馬の生産に置いて、松永家は最高の技術を持っていると信じているからだ。
ここで魔馬の有用性を示し、松永家の重要性を知らしめる。
その為に松永は、真新しいアスファルトの上を駆ける。
結果は、犀果大試に出会って数秒で殴り倒され、目が覚めた時には、硬くて狭いベッドと丸出しのトイレ、鉄格子のある素敵な部屋の中にいて、手に手錠がついていた訳だが。
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