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「他人に嫌がらせをしようとする者には、ある程度種類というか、段階が存在するんじゃ」
「はぁ」
夕食の後、お酒をガバガバ飲んでゲラゲラ笑っていたソフィアさんが、いきなりシリアスな顔で語り出した。
多分、これは、本人が一番言いたい事ではない。
この後、何か俺におねだりしたい事があるんだ。
俺にはわかる。
「まず、ルールを守って嫌がらせをしてくる者じゃ。基本的に、性格の悪い人間というのは、この段階が多いのう」
「まあ、ルールをガンガン破っていこうぜ!ってやつが多かったら大変な事になりますもんね」
「じゃな」
さて、何を頼んでくるつもりなんだろうか?
「次に、ルールを破りつつも、バレないようにこっそり嫌がらせをしてくる奴じゃ。この段階になると、大分人数は減るんじゃが、厄介さは段違いに上がるんじゃ」
「でしょうね」
飯?酒?服?
「そして、一番やばいのが、堂々とルールを破ってくる奴じゃ。ルール違反を咎められても構わないタイプじゃな。保身を全く考えておらん場合と、咎められても問題ないくらいの備えがある奴じゃな。どちらも、直ちにブチ殺しておいた方が良い程に厄介じゃ」
「成程」
ソフィアさん1人だと遠出できないし、どこかへお出かけしたいってパターンもあるか?
「恐らくじゃが、今度のこども課との話し合い、ルールを守った嫌がらせを受けるじゃろう。難癖とも思えそうな細かい所をチクチクつっついて、それを理由に認可を出さないとかのう」
「あー、貴族っぽいっすね」
「堂々と邪魔をしたところで、精神的な優越感以外利点は無いからのう。そもそも、大試に対して反感を持っとる連中とて、まだそこまで追い詰められておる訳でもあるまい。ならば、十中八九ルール内の妨害じゃ」
「対策するなら、可能な限り穴のない計画書を提出するとか、そう言う感じですかね?」
「甘いのう大試は!あまあまじゃ!甘い卵焼きくらいあまあまじゃ!中がトロトロなのが好きじゃ!」
ツマミの話か?
食い物だったかな?
「ルールを守りつつもこちらと敵対しようとする者たちにとって、最も厄介な対応の仕方とは何じゃと思う?」
「さぁ?問答無用で殺すとか?」
「……まあ、確かにそれが一番かもしれんが……。じゃあ、2番目はなんじゃ?」
「うーん……」
「結論から言うと、法律という最低限のルールを破らない程度に、横暴な態度を取られる事じゃ」
「厄介な客すぎる……」
「厄介と言うのは、簡単には排除できないんじゃよ」
食い物だとして、どう対応するかなぁ?
カラアゲでも作るか?
「というわけでじゃ!今度の話し合いには、ワシも参加するぞ!」
「え?でも、仙崎さんも一緒だから、あんまり大人数で行くのもちょっとどうなんですか?」
「何言っとるんじゃ!こういう時に重要なのは、頭数じゃぞ!役人という物は、様々な理由であまり大人数で固まる事は出来ん!威圧的だのなんだの文句を言われるとまずいからのう!そんな事言われ始めたら、反乱へ一直線じゃ!となれば、こども課が出してくる人員は、最近話題の面倒な貴族家の人間である大試が相手ということで、こども課のトップ、つまり課長がまず出てくるじゃろ?そして、担当者を纏める係長辺りも1人でてきて、それで終わりじゃな」
「つまり、こども課からは2人しか来ないって事ですか」
「そうじゃな。となれば、こちらは最低でも3人は欲しいのう」
「数で勝とうって事ですか?」
「そう言う事じゃ!」
シリアス顔が解除されてきた。
そろそろ本音が飛び出すころあいか?
「園長になる予定の仙崎。資金を出す大試。最後に、ワシがビシッとキメキメで部屋に入っていけば、相手の戦意をボッキボキに砕けるじゃろう!?」
「…………話はわかりました。つまり、今の会話の一番重要な点は、服屋に行ってキメキメの衣装を購入したいって事ですね?」
「話が早いのう!」
そんな訳で、この前指をくわえて見ている事しかできなかったせいで、念願だったプラネルへと突撃したソフィアさんによって、またまた大騒ぎがおきたりしながらも、ソフィアさんも話し合いに参加することになったんだけれど、本当に超有能な美人秘書だった。
「なんじゃ?お主らは、国民の為に自腹を斬って保育所を作ろうという者に対して茶も出さんのか?茶を出すと長く居座られるからと、茶を出さんというテクニックじゃろうか?馬鹿にされたもんじゃのう?」
「ん?保育所予定地が森の中の中過ぎて、保護者の方々の送迎の手間が掛かり過ぎるじゃと?そんなもん、嫌な者は最初から入園申し込みなんぞせんじゃろ。バスでの送り迎えも予定しておるしのう」
「なんじゃ?随分汗をかいておるようじゃが、具合が悪いのであれば、家族に連絡してやろうかのう?具合が悪いお主らをこんな所に送り込むような質の悪い身内がおるようじゃし?」
等々、色々と話す度、こども課の課長と係長だというオッサン2人の顔色が悪いという段階を通り越して土気色になっていく。
近日中に死にますと言われても納得できてしまう程の状態だった。
「お……お疲れさまでした……。聞き取り調査の結果、問題が確認されなかったため、認可することとします……」
「実際に保育所の建物に入ることもせずに判断するじゃと?そんないい加減なことでよく課長なんぞになれておるのう?」
「申し訳ございません!申し訳ございません!」
そんなこんなで、あっさりと保育所の認可が下りてしまった。
もっと色々妨害されるかと思ったのに、終わってから振り返るとサラッと決まったなぁ……。
見た目、滅茶苦茶デキるウーマンで、実際に頭脳も能力も天才クラスの仙崎さんは、実の所対人関係では割とポンコツな所があるし、俺も敵対的な事をしてくる相手に対して大人の対応をするのが苦手な人間だから、ソフィアさんがいなかったらヤバかったかもしれない。
流石は、エルフの族長という大変そうな仕事を長い間やっていただけの事はあるな。
まあ、暇つぶしに他のエルフの集落に対して戦争吹っ掛けるくらいのオラつきぶりを見せていた時代もあるらしいけれども……。
「何はともあれ、これで保育所開設の障害は無くなったわけですよね。いやぁ、中々大変だったなぁ」
「どうじゃろうなぁ?今回みたいなショボい邪魔なら今後もしてくるかもしれんぞ?あの保育所は、子供になんぞ虐待をしとるだの、森の中過ぎて人気が無いだのと噂を流したりのう」
「実力行使にさえ出てこなければ、俺としては気にしませんけどね。保育所を作ったって言う事実と、アルテミスを預けられる場所さえできればそれでいいので」
「詰んどるのう。どこの誰が糸を引いとるのか知らんが、大試に嫌がらせをしたいなら、ハニートラップの方がまだ効果ありそうじゃ」
「理性で耐えているけれど、大試君の視線は凄く誘導しやすいからね。例えば、こうやって胸を揺らすと……」
「見たのう」
「……」
この時の俺は、まだ知らなかった。
俺への嫌がらせの為だけに、あんなことをしてくる奴らがいるなんて。
数日後……。
「犀果様、保育所への入園希望者が、1000人を超えております」
「えぇ?なんでこの辺鄙なとこにある保育所にそんなに……?」
「自然に親しめる素晴らしい保育所であるとの噂が貴族を中心に広がっているらしく、まだ募集も始めていないにも関わらず、こども課の方へと問い合わせが殺到しているそうです」
「うちの保育所、私立だからこども課に言ってもどうにもならんのだけどな。そもそも、料金も抑えて一般層向けにするつもりなのに、貴族のガキンチョ共を送り込んで大丈夫なのか?」
「不明です。そもそも、何故そんな噂が広がっているのかも私には理解しかねます。まだ、宣伝も開始していないのですが」
「うーん……。因みに、1000人預かる事って可能なのか?」
「全員が同学年という訳でもありませんので、可能だと判断します。保育士として雇う予定の女性たちは、200人を超えておりますので」
「冷静に考えると、すごい規模だな……」
ノリで始めた事だけれど、まさかここまで大事になるとは思ってなかったなぁ。
……って程度の、呑気な事を考えていた。
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