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ここは、王都のとある場所にある役所の、更にその中のこども課の応接室だ。
少々建ってから時間が経ちすぎ、壁や床には、味というには無理がある程のボロさを感じるようになったその部屋の中に、2人の男たちが、これまた年季を感じさせるソファーに腰かけていた。
1人は、ここのこども課の課長である40代後半の男。
もう1人は、同じく係長の30代中盤の男だ。
彼らは、元々下級貴族の出身。
とはいえ、跡取りでもなく、特別優秀な訳でも無かったため、現在は、実家のコネを頼りに役所に勤めているという、多少情けなくも、わりと一般的な状態に納まっていた。
これまで、可もなく不可も無く……いや、割と不可が多かったか?という感じで、それでもまあまあな仕事をしてきた彼等。
しかし今日は、彼等の職業人生でもトップクラスに面倒な指示が出されていた。
その指示を出したのは、職場の上司などではない。
実家を経由して、実家の貴族家なんかとは比べ物にならない程上位の貴族たちから、「犀果家が作ろうとしている保育所に認可を出すな」という物。
こんな指示出すとかドブみてぇな人間性だな!と思いつつも、だからと言って表立って刃向えるかというとそれも無理。
なので彼等は、開き直ることにした。
少なくとも、開き直る努力はした。
「係長さぁ、もう日頃のストレスを発散するつもりで、色々言っちゃう?」
「えー?課長、そんなことして大丈夫ですー?残り少ない髪の毛が、逆に今日のストレスで抜けちゃうかもですよー?相手だって貴族なんですし~」
「おーいチミィ!それを言うのは禁止だろぉ!?」
そんな明るい会話をしている2人だが、それはあくまでそうしようとしているだけだ。
実際には、2人とも脂汗でデロデロだったりする。
今日やってくる犀果家の方や、園長たちとの話し合いに関しては、どう転んでも自分たちが悪役になることが確定しているのだ。
正直、やってられるか!と言いたい気分なのを誤魔化すことで精いっぱいだ。
「まあでも、犀果家は男爵だ。目覚ましい功績で、爵位が上がることが常に検討されているらしいけど、それでも今のところは、我々の実家の方が位は上だし、何とかなるでしょ……。多分……」
「そうですね課長。相手は、王女様とか公爵令嬢とか、聖女様まで婚約者にしているとはいえ、子供ですしね」
「ああああああ!もうやだぁ!」
限界に近い彼らだが、それでもこの席から逃げることなど許されない。
どちらにせよ貴族から睨まれるのであれば、現在の仕事の給料だけは守らなければならないのだから。
せめて、退職金が貰えるようにしたい所である。
コンコンッ
絶望で発狂しそうになっていた2人の耳に、ノックの音が届く。
一瞬固まった2人だったが、何とか覚悟を決めて入室を許可した。
「どうぞ」
「失礼するよ」
そう言って入って来たのは、最近流行りのアーティストが全くわからなくなってきて、自分がオッサンなんだと嫌な実感がわいてきた2人ですら知っている人物だった。
出身は、自分たちと同じような低い爵位の貴族家だったにも拘らず、その才能で成り上がり、今や実戦にも殆ど参加しない状態でも、その生み出したポーションなどの商品による世界への貢献だけで冒険者ランキングを3位まで上げた仙崎理乃だ。
彼女の年収は、王都全体の予算にも匹敵すると言われている。
そして、その美貌でも有名であり、男性だけではなく女性まで惹きつけていた。
そんな彼女が、パンツルックのスーツ姿で現れたものだから、早速オッサン2人のキャパを越え始めた。
(係長!どういうコト!?)
(ははは、しらね)
(敬語ぐらい使おうよ!)
ヒソヒソと絶叫する2人にはお構いなしに、仙崎はソファーへとやって来た。
そして、仙崎のインパクトによって目立たなかったのか、仙崎がソファーの前へと移動してからやっとその後ろにいた人間に気が付いた2人。
王立魔法学園の学生服を着こむこの男子こそが、犀果大試だろうと。
襟元に王家の紋章を付けているので、その意味を知っている彼等は、もう帰りたくてしょうがない程になっている。
(気を付けろよ係長……!キレたら何をするかわからない狂犬だというぞ!話に尾鰭がついているだけかと思っていたが、コイツはヤバい!雰囲気がヤバイ!)
(ですねぇ……。死んだときに備えて、部屋のブレーカー落として、ガスの栓閉めて、水道の元栓も閉めてきたから安心ですよ俺は……)
(しっかりしろ!生き残るんだ!)
彼ら2人は、なんとか2人で手を取り合い冷静さを取り繕った。
あの、デストロイヤーだの、暴君だの言われている頭のおかしい子供が来ると聞いていたから、園長にとんでもない人選をしてくるだろうことは予想していたので、覚悟が出来ていたからだ。
後ろ盾というものは、この貴族社会においてとても重要だ。
特に、彼等のように貴族社会の端っこで右往左往している塵芥のような存在に対しては。
だからこそ、予想も可能だった。
その彼等でも、部屋に入って来た3人目の客の事は、全く予想が出来ていなかった。
「大試の専属美人秘書、ソフィアじゃ!」
その存在は、長い金髪を棚引かせ、男ならば……いや、女であってもほぼ確実に惚れてしまう程の美貌と、フィクションの世界にしか存在しないようなプロポーションを兼ね備えた美女だった。
彼等2人も、平時であれば目を奪われて、体の一部に血液が集中するような状態になっていただろう。
しかし、これまでコバンザメの如く大きな存在にくっつき擦り寄り、世間の荒波を何とか乗り越えてきた彼等2人には、この瞬間、全く違う存在に見えていた。
全身から、歴戦の猛者としてのオーラを放ち続ける悪鬼。
実際に戦場に出て、数えきれないほどの戦いを経験してきた者にしか出せない雰囲気を彼等2人は、彼女から感じていた。
彼等が今まで会って来た、どんな危険な臭いのする悪党でも、彼女ほどの危険性を感じさせるオーラを放っている者はいなかった。
裏社会の人間だろうが、表社会でも裏社会でものさばっている生粋のロクデナシだろうが、彼女の危険性の前には、爆竹程度の存在感しかない。
(戦争だ……。こんな奴をここに連れてくるなんて……!この小僧、ここに戦争しに来たぞ……!)
(降伏、今からでも間に合いますかね?)
(捕虜を取る気があるとも思えんが……)
コソコソと絶望を口にする2人。
彼等の恐怖に支配された目にはもはや、目の前の3人の真の姿は映っていなかった。
「自分で美人秘書っていいます?」
「なんじゃ?文句あるかの?」
「いやぁ、美人って所は否定のしようないですけどもね」
「じゃろぉ?」
「大試君!大試君!私はどうだい!?美人園長かな!?」
「物凄い美人だと思います。婚約者が6人もいなかったら、スライディング土下座からの求婚しているレベルで。園長として頑張ってくれたらもっと魅力的だと思います」
「そうかい!?頑張るしかないね!」
まったく、映っていなかった。
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