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『それ』は、遥か空の彼方からやってきた。
青い惑星に興味が湧いて、軽い気持ちでやってきた。
流れ星となって墜ちてきた『それ』は、すぐに自分の命が危機に瀕している事に気がつく。
『それ』にとって、この地球という惑星の環境は、とても有毒な物だったからだ。
普通は、ここまで窒素で惑星の大気が満たされている事なんて無いからと、完全に油断していた。
窒素は、『それ』が触れると細胞が崩壊する劇薬。
『それ』は、すぐに危険なこの場所から空の彼方へと脱出しようとした。
しかし、猛毒に犯されている『それ』に、空の彼方へと飛んでいく力は残っていない。
万が一の時の為に、緊急脱出用の爆破脱出装置も持ってはいるが、むやみに使うと現地の環境に著しいダメージを残してしまうため、惑星に降下してから使用できるまで1日(銀河時間)が過ぎるまでは規制されている。
『それ』は、考えた。
周辺に広がる光景を見る限り、『それ』にとって有害なこの環境でも、どうやら問題なく生きることができる生物がいるらしい。
ならば、その生物の中に入ってしまえば、『それ』にとっての防護服になり得るのではないだろうか?と。
果たして、『それ』は生き残ることができるのだろうか?
因みに『それ』は、全長が2mある。
映画『寄生中』のWebページに書かれたあらすじより抜粋……というか全コピ。
うん、まあ……これがSFとか、バトル漫画とか、ギャグ漫画だったらよかったんだけど、この映画、「スプラッタなホラー映画」なんだよね……。
大体なんだよ最後の部分!
「因みに『それ』は、全長が2mある。」って!
何するのか観る前からわかるわ!
「は……始まりますよ!」
「いや、多分最初は、他の映画の予告編だぞ?」
「そうなんですか!?」
「本番は、なんか変なカメラ頭の男がパントマイム始めてからだ」
「なんという……変な様式を採用しているんでしょう……」
どうやら、本当に映画館で映画を観たことが無いらしいなこのお嬢様……。
変に冗談を言うと、そのまますんなり信じそうで怖い……。
それ以上に、マジでほかに客がいないのが怖い。
2人分の料金で、スクリーン1つ貸し切りなんだけど……?
確かにネットの評判だと、
『誰かに見せたい(悪い意味で)』
『周りの奴に同じ気持ちを味合わせたい(悪い意味で)』
『夢に出るようになった(悪い夢で)』
『出演者やスタッフが今後どうなるのか心配(悪い意味で)』
『作った奴ら○ね(そのままの意味で)』
と散々の評価をされていたけれど、だからってここまで人気が無いとは……。
俺が戦慄していると、となりから声を掛けられた。
俺以外だと1人しかいないので、当然彩音だ。
「……あの、先輩」
「どうした?」
「……他にお客様、誰もいないんですね……」
「そうみたいだな……」
「貸し切りにしてくれたんですか……?」
「いや、そうじゃないんだが……」
「……ふふっ、ありがとうございます」
何がありがとうなんだ?
してないぞ?
「言わなくても、分かってますから。私が緊張しないようにしてくれたんですよね……」
「だから……」
「私、すごく楽しみにしていたんです。お友達と映画を見に行くなんて、本当にただ思い描いているだけの世界でしたから。それなのに、犀果先輩は、こうして私を映画に連れてきてくれただけじゃなくて、オシャレまでさせてくれました。だから私、今すごく幸せです……」
「………………そっか、それはよかった…………」
「はい!」
言いづらいから受け入れたけど、貸し切りになんてしてないからな俺!
この映画に人気が無いだけだと思うぞ!
「あ、予告編が始まりましたよ!」
「そうだな。他の客がいないから、喋ってても怒られなさそうでよかったわ」
クソ映画を観る時は、部屋の雰囲気を明るくして、誰かと文句を言い合いながら見ると面白いぞ!
前世で神也と何回かやったからわかる!
大体サメ映画!
予告編は、かなり長いけれど、1つの作品の物だった。
よっぽど金かけてるんだなぁ……『ダイパニック』。
底に穴が開いて沈みゆく豪華客船の中で、追い詰められたテロリストたちが乗客を人質にして救助船を要求しているんだけど、それをオッサンが銃ぶっ放しながら倒して行くらしい。
どうやら職業は、コックでは無いらしい。
コックだったら、オムレツの作り方を教えている間にサメだろうとテロリストの手首だろうと破壊しているんだが。
「あ、本編が始まりましたね……」
「あぁ」
「……落ちてくる所、あれ、燃えている野球のボールじゃありませんでしたか?」
「……きっと勘違いだろ。小道具にわざわざ店で売ってるボール使うわけないし……」
「今の役者さん、演技が下手といいますか、演技をしていないのではないかと疑う出来だったのですが……」
「あーうん、あの人テレビでも見たことあるけれど、その時にはもっと演技上手かったんだけどなぁ……」
「え?なんでこの親友ポジションの彼は、今主人公を押しのけて前に出てから前転してカッコつけたんですか?アレなければ倒せてましたよね?」
「さぁ……?でも、倒したら終わっちゃうし……」
「何より気になるのが、『それ』の着ぐるみがビックリするくらいチープな事ですね……」
「これだけ合成されてる感じだよな」
「何度も溶かしているので、ちゃんとした物だと予算が足りなかったのでしょうか?」
「その割に、弾ける人間の演出には金使ってるんだよな……。何体爆破してんだよ……。てか、なんで爆破なんだよ……」
「弾けるなんて甘い表現じゃ対応できませんよね……」
うん、これはヤバイわ。
ビックリするくらいクソ映画。
隣が美少女で、同じようにクソ映画だと思ってグチグチ言い合えてなかったら、今すぐにでも退席してしまいたい。
だけど、何だろうこの気持ちは……?
俺の心の奥底から湧いてくる、確かな感情……。
これは……。
上映が終わり、周りが明るくなった。
結局エンドロールまで全部見ていたら、最後の最後に『それ』の子供が出てくるシーンで終わった。
あのさぁ……。
結局寄生に1回も成功しないのはなんだったの……?
確かにタイトルは『寄生中』だったけど、寄生する行為をし続けているだけで、寄生が成功することが1度も無いとは思わなかったぞ!?
被害者全部死んだわ!
主人公もヒロインも死んだわ!
ヒロインなんて、肛門から裂けて死んでたわ!
「今の映画、正直酷かったですね……」
「まあ、そうだな……」
うん、割と観る前からクソ映画なんじゃないかとは思っていたから、そこはまあしょうがない。
「でも……」
「でも?」
「誰かと一緒に文句言いつつ観るのは凄く楽しかったです……!」
「わかる!」
「1人じゃ絶対観たくないです!」
「わかる!!」
でも、この映画を選んだの、お前だからな?
「……初めて一緒に映画を観た相手が犀果先輩で良かったです。犀果先輩のおかげで、誰かと一緒なら、映画鑑賞を楽しいと思えるようになれたと思います」
「そうか。じゃあ、これから頑張って友達作っていけよ」
「善処します」
「……ついさっきまでニッコニコだったのに、友達作れって言った途端氷の姫に逆戻りしたんだけど……」
「友達3人目、でっきるっかな……♪」
「なんでそのメロディで悲しい雰囲気に出来るんだ?」
クソ映画でも、誰かと一緒なら楽しめる。
それを俺は、今世でも再認識したのだった。
感想、評価よろしくお願いします。