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俺は今、自分の軽率な行動を少しだけ反省していた。
目の前では、嘗てファッションセンターしめさばで見たような騒ぎが起きている。
そう、ソフィアさんショックだ!
「アナタ、普段肌や髪のお手入れは何を使っているの?プルプルでツヤツヤね」
「えっと……お手入れ……ですか……?シャンプーとリンス、石鹸ですか……ね?」
「舐めた事抜かしているわね!加藤!化粧水にコンディショナー……ああもう!一通り全部持って来なさい!」
「畏まりました!」
「一通り!?いえ、そんなにいらないです!」
「黙りなさい!きっと10年も経てば私に感謝することになるんだから!」
店先にいた店員さんに、彩音の服を大急ぎで選んでもらおうと思って声かけたんだけれど、そこからあれよあれよという間に騒ぎになり、更に店の奥から偉そうなオバサンまで出てきて、最早戦場と化している。
周りのお客さんたちも、何故か興奮した雰囲気でその光景を見ている。
ってか、ここも男性客皆無だなぁ……。
肩身が狭いぜ……。
「アナタ、この娘の彼氏よね?この娘がどんな服装だと嬉しいのよ?そこをハッキリしないと、折角のファッションなのにこの娘だって選べないわよ?」
「いえ、俺は彼氏とかじゃないんです。友達ですね。誰かと一緒に出掛ける時の服装というのがよくわからないので、学校の制服で来たとか言い出したので、華の女子高生がそれじゃもったいないだろうと思ってここに連れて来ただけです。因みに、映画を観る予定になっていて、それがあと45分で始まるので、それに間に合うように服を1着用意してもらえればと思ってます。残りの服は、配達してほしいんですが可能ですか?」
「ふむふむふむ……。そう、友達ね?そう……そうなの……ふぅん……。映画に間に合わせるのも配達も了解したわ。それはそれとして、友達だとしてもあの娘にとっては数少ない異性の仲の良い人なんでしょう?なら、貴方の好みを反映させてあげればきっと喜ぶわよ。そしてその喜びが、これからのあの娘にとっての自信になるの」
「そういうもんですか……」
あとから出てきた偉そうなオバサンが、色々と周りに指示を出しながらも俺にアドバイスをくれる。
すごい……なんか仕事できる人って感じがする……!
「といっても、俺もそんなにファッションには詳しくないので……。強いて言えば、キツネ耳とか競泳水着とか巫女服が好きですけど……」
「それは性癖でしょう?ファッションの話をしているのよ!」
「うーん……。じゃあ、彩音には、落ち着いた色とデザインの服が似合うんじゃないかと思いますね」
「その理由は?」
「彼女、学園では、キツ目の印象を周りに持たれてしまっていて、そのせいもあって距離を置かれちゃってるみたいなんですよ。でも、御覧の通り見た目は物凄く良いので、服装で柔らかい雰囲気を演出出来たら周りからの印象も変わるんじゃないかと」
「ふむふむふむ……案外良い事言うじゃない……。因みに、アナタ自身は、キツ目のあの娘の見た目はどう思うの?」
「え?それはそれで良いんじゃないでしょうか?内面は、割と年相応なので、そのギャップも面白いです」
「ふむふむふむ……ふむふむふむ……いいじゃない?聞いていたわね斎藤!?アナタと加藤で1着ずつ選ぶことを許可するわ!10分で形にしなさい!」
「畏まりました!加藤にも伝えてきます!」
加藤だの斎藤だの、すぱすぱと店員さんたちに指示を出していくオバサン。
そして自分は自分で、服を選ぶようだ。
「まずは、サイズを図らないといけないわね。彩音さんと言ったかしら?この試着室の中に入って」
「は……はぁ……」
こういう所が不慣れなのか、完全に気後れしている彩音を広めの更衣室に押し込むと、一緒にオバサンも入って行った。
そしてカーテンを閉められ、サイズを測りだしたらしい。
「ちょっとまって……何この脚!?細いのに、よくいるただ痩せているだけの枝みたいな脚じゃなく、しっかり肉付きもあって、まっすぐ歪みのないなんて美しい脚線美なの!?ウエストも、無駄なお肉が一切ないわ!それなのに胸は大きい……これはそう!神が与えた美の肉体よ!」
「あの、余り大きな声で言わないでいただけると!」
「でもこの下着は頂けないわ!グレーのパンティとスポブラって!これからジムにでも行くつもりなのかしら!?」
「お願いだから言わないで下さい!犀果先輩!耳塞いでて!」
俺は、素直に耳を塞いだ。
その後も、試着室前にドンドン服が持ってこられている。
あれ?
4着って言ったよね?
明らかに衣装ケース1つに入りきらない量が集められているんだけれど……?
とうとうハンガーそのものを持ってこられてるし……。
耳を塞いでいるので、店員さんたちが何を言っているのかはわからないけれど、試着室の中のあのオバサンから指示を受けて、服を店内から持って来ているらしい。
すごいなぁ……。
大忙しだぁ……。
ぼーっと耳を塞ぎながらその光景を眺めていると、肩を叩かれたので振り返る。
そこには、先ほど加藤と呼ばれていた店員さんが立っていた。
「犀果様、こちら、プラネルが出している美容品を一通りお揃えしました。香水は、この場で使って行かれますか?」
「あ、はい。彼女に渡してあげてください……」
「畏まりました」
加藤さんは、俺の返事を聞いてすぐに弾かれるように更衣室へと走り、香水らしい瓶を中のオバサンに渡してまた売り場へと戻って行った。
多分、あの人も服選びに参戦するんだろう。
「なんで女の人って、こんなにも服に情熱を傾けられるんだろうか?」
『それはのう、もはや本能なんじゃよ。美しくありたいというな。そして、他の女を美しくするのも割と楽しいもんなんじゃ』
「あ、ソフィアさん、お目覚めですか?昨夜は、結構お酒飲んでたみたいですけど大丈夫です?」
『ずっと前から目覚めとるわ!気を使って2人きりにしてやっとるだけじゃ!じゃが、解毒してくれるんじゃったら甘んじて受けるがのう!』
「はいはい」
疱瘡正宗で二日酔いを治してやる。
最近これのせいで、どんだけ飲んでも大丈夫だと思っちゃっている気もするので、そろそろ一回躾が必要かも知れない。
『ふぃ~……きっくぅ……さて!ワシも服を選ぼうかのう!』
「ダメです」
『何故じゃ!?2人きりにするような気を遣わんでもいいんじゃろう!?』
「いや、この状況でソフィアさんまで参戦したら、もう収拾つかないでしょ……」
『くっ!美しい事は罪じゃのう!』
時計の中からゴチャゴチャ念話を飛ばしてくるソフィアさんとの雑談に興じる事暫く。
制限時間ギリギリになって、更衣室のカーテンが開け放たれた。
そこには、とても満足そうにニッコニコになっているオバサンと、もはや完全無欠の美少女って見た目となった彩音がいた。
下は、少し長めのスリット入りのスカートを履かされ、上は、淡い色のシャツの上に、短めのジャケットを羽織っている。
髪留めまでつけられているし、たった今更衣室の前にブーツまで置かれた。
トータルコーディネートここに極まれりって感じだな……。
ここから確認はできないけれど、さっきのオバサンの発言から察するに、下着まで替えられているかもしれないし……。
彩音は、俺の表情を伺いながら、顔を赤くして尋ねてきた。
「ど……どうですか……?」
「うん、似合ってる。すごく今風のお嬢様って感じ。どう表現したらいいのか、オシャレに詳しくない俺にはわからないけれど、これから雑誌に乗せる写真のモデルをしますって言われても違和感ないくらい奇麗だぞ」
「そうですか!?あ、ありがとうございます……!」
かなり嬉しそうだ。
そりゃあね……。
何着ていけばいいのかわからず制服で来ていた女の子が、ちゃんと今風のオシャレに身を包み、それを肯定されれば嬉しいよね……。
オバサン……確かにアンタの言うとおり、これは彩音の自信につながるわ……。
ってか、なんでこいつはこの見た目で今まで自分のオシャレに自信が無かったんだよホント!
剣と魔術と勉強以外にも経験積ませてやれよ!
「ふぅ……!久しぶりにいい仕事ができたわ!」
「ありがとうございました。では、俺達はそろそろ映画の時間なので、彩音の制服と残りの服は、話した通り配達お願いしますね」
「えぇ、その位お安い御用よ。さて、それじゃあ会計なのだけれど……」
オバサンが、ものすごいスピードで周りの店員さんが持っていた電卓の数字を集めて自分の電卓に打ち込んでいく。
あ、やっぱりあの山になってる服って、全部買っていく事になったんだ?
4着の何十倍だろう?
「しめて、4万GPね」
「いやいやいや、どう見ても安すぎますよね?さっき値札見ましたけど、あの靴だけでも10万してましたよ?」
「そうかしら?なら10万GPにしておくわ。はい」
そう言って、何故か俺のギフトカードに10万GPが入金された。
「は?」
「彩音ちゃん、アナタが私の服を着ているだけで、最高の宣伝になるわ!また来てね!」
「は……はいぃ……」
すごい圧を受けながら、彩音と俺は解放された。
「……あれ?俺達って、服を買いに来たんだよな?なんで金貰ってんだ?しかも何故俺に払う?」
「……犀果先輩、私、下着までオシャレにされてしまったのですが……」
「そうかぁ……。まあでも、本当によく似合ってるぞ。これでまた誰かと出かける時も、堂々とオシャレして出かけられるな!」
「はい!今日は映画を観るとして、今度またどこか他のところにいくとなっても安心です!」
良かった良かった。
これで、友達の一人や二人新たにできるだろ……。
どうも次遊びに行くときも俺とだと思い込んでいるっぽいけれど、同級生とかと行ってもいいんだぞ……?
ただ、あまりその辺りに突っ込むと、現在同級生の男子に友人が1人もいない俺にブーメランが刺さるので、敢えて笑顔で流すことにした。
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