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「団体1日フリーパスで予約してたX810プロワン」
「X810プロ様ですね?はい、確認が出来ました!ようこそ浅草ダンジョンへ!」
この浅草ダンジョンを選んだ理由がこれだ。
王家が直接管理しているダンジョンと違い、民間団体が管理しているダンジョンは、入場するだけでも料金が取られる。
といっても、大した額ではない。
公営の動物園くらいの「え?本当にそんなんでいいの?」と言いたくなる程やっすい入場料だ。
この世界におけるダンジョンとは、基本的に、危険な場所であると同時に、資源を生み出す貴重な場所だ。
そして大抵の冒険者、そこで採集された資源を遠くまで運びたがらない。
重いし嵩張るし、収納カバンは高価で買えない。
となれば、ダンジョンから出てすぐの買取コーナーでさっさと売り払いたい。
そうしてダンジョンを管理している民間団体は、冒険者が持ち込む資源をそこそこの値段で買い取って、纏めて企業に高く売りつけることで利益がモリモリ得られる。
企業側も、足元を見られたとしても買いたくなるくらい魅力があるのがダンジョン産の資源らしいから、まあ皆仲良くやってくれ。
そんな訳で、利益を出してくれる利用者たちに高い利用料を請求する必要が無い訳だ。
本心では、利用料なんていらないから、皆ガンガン探索して資源を回収して来てくれ!っていうのが管理者側の気持ちかもしれないけれど、ダンジョン版入湯税みたいなダンジョン利用税の徴収と、入場と退場の記録を取るためにも利用料は絶対請求しろっていう法律があるらしくて、安い金額を提示されている。
だから、全員分の利用料を払っても痛くもかゆくもない額ではあるんだけどさ、やっぱり団体料金で安くできるならそうしたいし、何より俺だけはこの後このダンジョンを周回する予定なので、フリーパスは大事だ。
そのフリーパスなんてコースがあるダンジョンは、そこまで多くないので、この浅草ダンジョンを選んだわけ。
なにせ、他のアイドルや従業員はともかく、俺だけはこの後このダンジョンを周回する予定なので……。
事務所の娘達は、最下層のボス部屋前までは、全員で固まっていくけれど、ボスに関しては、班に分かれて戦うことになっている。
戦い方を練習するためにも、やっぱりそこらの雑魚だけじゃなくて、強い奴と戦って、そして勝つのは重要だと思うしさ。
10人も20人もで突入して、自分は大したことしていないのに戦闘が終わってた……なんて、可哀想な奴が出ないとも限らないので、小分けにしていかないといけない。
そして、アイドルだけで行かせてもしもの事があっても困るから、毎回俺が一緒に入場するようにしようと事前に相談しておいた。
ボスを討伐した後には、転送紋でダンジョン外に送られる。
そこから毎回俺だけ走って最下層に戻ってくるという流れ。
因みに、このフリーパスなんだけれど、ゲームでは、ボスを倒しながら周回し、金策をしたり、すごく低いドロップ率のレアアイテムを入手するために利用される制度だったみたいだけれど、この現実の世界では、ダンジョンボスを倒せる者なんて殆どいないため、ダンジョン探索中に用事ができてダンジョン外に出てしまった人が再入場する時に利用料の再徴収をされないように入っておくものらしい。
俺が、「ボス部屋周回したいから、行き先は、フリーパスある浅草ダンジョンがいいな」って言ったら、初めて天Pがドン引きしていたので、その位ダンジョン周回なんて事をするのは異質な行いらしいよ!
怖いね!
「「「「「ファイアーボール!」」」」」
ダンジョンに入ってすぐ、スライムが現れた。
そのスライムを順番に魔術で倒していく。
何故皆ファイアーボールを使っているかというと、この魔術は、小学校でも教えられる基礎的な魔法で、特に攻撃に関しては、火というのはイメージがしやすいらしく、消費魔力も少ない。
というわけで、初心者にとってはお手ごろな攻撃手段なんだ。
そして、浅草ダンジョンの1階層に出てくるスライムは、スライムの中でもほぼ完全に無害とされる珍しい種類で、しかもこの1階層には、このスライムしか出てこない。
反撃の心配もせずに経験値が稼げるので、貴族に限らず、一般人でも浅草ダンジョンの1階層でレベル上げをしに来る人たちは多いらしい。
この世界の人たち、平民でもファイアボール位なら小学生の頃から撃てるらしいんでね……。
俺にはできないけどね……。
魔術が使えなくても、剣でもハンマーでも、何なら踏みつけても倒せるスライムという、チュートリアルでも中々見かけない良心的な敵なんだ。
弊社のアイドル達は、既にレベルが100以上になっているので、ここのスライムを何千匹倒したところでレベルアップにはならないだろう。
でも、ここで攻撃の練習をしてかないと、ボス部屋でいきなり戦闘なんて難しいだろう。
道中では、できるだけ俺じゃ無く皆に雑魚掃討を任せたいもんだ。
「美須々先輩!なんで美須々先輩のファイアーボールって黒いんですか?」
「え!?えーと……カッコいいから……?」
「成程!流石です!」
「美須々先輩のクールな感じが出ててカッコいいです!」
「そ……そうかな……?ありがとう……」
そして、神性スライムを身に宿してバーニングしていた経験のある美須々さんは、道中でそれはもう大活躍だった。
しかし、何故か炎は黒い。
本人も何がどうなって黒いのかはわからないらしいけれど、原因に心当たりがあり過ぎるので、後輩アイドル達に何か聞かれても苦笑いして誤魔化していた。
「花梨ちゃんの魔術すごい!本当にお貴族様なんだ!」
「信じてなかったの!?」
「だって、お貴族様が平民のファンたちにあんなににこやかに笑顔振り撒いて歌って踊ってくれてるなんてねぇ?」
「中々いないよね?」
「まあ確かにそんなにいないかもだけど……。でも、私ってあの仙崎社長の親戚なんだよ?」
「仙崎ってあの!?」
「製薬会社幾つもやってる!?」
「「すごーい!」」
「あれ?私じゃなくて理乃さんの方が尊敬されてる?」
アイドルちゃんの方は、後輩たちからも親しみやすい先輩として見られているようだ。
女の子っぽいトークが花咲いている。
実に女の子っぽい。
俺が入ることを許されない領域だ。
「うちのアイドルは凄いワン。後方で腕組んで見守っていたいワンね」
「魔術も使わず、木刀で魔物を撲殺……いえ、惨殺している社長も大概ですよ」
「そう言う天Pは、鞭の使い方がすごいワン」
「練習は、欠かしていませんので」
ゲームで鞭が武器として出てくることってたまにあるけど、本物の武器って凄い迫力だよなぁ……。
ゲーム以外で武器として使っているのなんて、考古学者くらいしか思い浮かばんが。
「忍ちゃん!相手の後ろに突然現れて首を折るの止めて!」
「攻撃に巻き込んじゃいそう!」
「大丈夫だよ……でござる!変わり身の術をぶつけているだけゆえ!」
「「変わり身の術で攻撃してるの!?」」
一方、後ろの方で騒がしい場所では、忍が丸太を持って戦っていた。
あれなんだ?
……あ、あれが変わり身用の丸太なのか……。
変わり身じゃ無くてもう普通にぶつければいいじゃん……。
……いや、変わり身と言いながらあの丸太、普通に手で敵を攻撃してるな……。
どうやって丸太が忍になっているのかわからんけど、本物の忍は集団の中に残っているから、注意することも難しい……。
かといって褒めるのも……。
まあいいか!忍者だしな!
「ボス、ボス」
忍の戦い方を見ていたファムが、こっそりと先頭にいる俺に近づいてきて、コソコソと話しかけてきた。
「どうしたワン?」
「あのガキンチョの技なんだけどにゃ……。超短距離だけど、テレポートみたいにゃ……。何者ニャ……?魔族でも中々習得できないのにヤバいにゃ忍者って……」
「そっか……」
まあ、忍者だしね。
仕方ないね。
他のアイドル達も、それぞれの適性に合った攻撃方法を模索しつつ、段々と攻撃する姿が様になって来た。
戦いは初心者だとしても、彼女たちも既に100レベルを超えているので、イメージしたカッコよく戦う自分に近い動きを簡単にできるようだ。
だから、下の階層に行くにつれて、皆どんどん自信を持って行く。
それが油断につながるようなら注意するけれど、彼女たちは本当に大したもので、調子に乗らずにしっかり真面目に戦ってくれている。
うーん……弊社のアイドルたち良い子過ぎる……。
問題児の忍がここまで中和されてしまうとは……。
順調すぎて、ダンジョンに入ってから2時間ほどで、もう最下層のボス部屋前についてしまった。
ここは、魔物が出現しないセーフゾーンになっているそうで、前の組がボスに挑戦している間待機する場所らしい。
モデルになったゲームでそうだったからなんだろうけれど、随分と人間に都合のいい場所だこと……。
便利な分には構わんけどな。
この浅草ダンジョンは、大抵の場合50レベルもあればダンジョンボスを倒せるらしい。
つまり、うちのメンバーであれば余裕のはず。
とは言え、油断は禁物なので、その事は教えない。
「さぁ皆、とうとうボスの所まで来たワン!覚悟は良いワン!?」
「「「「「はい!」」」」」
「じゃあ、最初の班の人たちは前へ!一緒に入るワンよ!」
「「「よろしくお願いします!」」」
最初の班の娘たちと入ると、そこには一つ目の巨人がいた。
サイクロプスらしい。
ありきたりだな?
「私が援護します!」
「じゃあルリが突っ込むね!」
「追撃にデカハンマーぶち込んでもいいですか!?」
「「おっけー!」」
本当に、彼女たちは今日がダンジョン初挑戦なんだろうか?
流れるように攻撃をぶち込んでいき、あっという間にサイクロプスは沈黙して、光の粒子となって消えて行った。
後に残ったのは、気持ちの悪い目玉だけ。
因みにこれ、ドロップ率0.001%のレアアイテムらしい。
売却価格、確か1000万GPくらいだったかな?
大儲けだね君たち。
「おめでとう、これレアアイテムワン」
「「「いらない(です)……」」」
押し付けられてしまった。
1組目を地上に連れ帰り、アイの待機するデコバスに入って行ったのを確認したら、さっさと再入場をする。
全力疾走をした俺は、5分ほどで最下層まで辿り着き、次々とアイドル達とボスを討伐していった。
何故か毎回目玉を落とすサイクロプス。
何故か毎回それを俺に押し付けてくるアイドル達。
なんだろう?
遠慮しているのかな?
持ち帰りなよこの目玉。
気持ち悪いから収納カバンだろうと中に入れていたくねぇんだよ……。
そんなこんなで、残るは最後の班。
美須々さんとアイドルちゃんが忍にブレーキをかけまくることで何とか成立できたらいいなと期待して決められたメンバーです。
彼女たちが最後なので、ファムにも一緒にボス部屋行ってもらうか。
あいつはあいつで今日すごく頼りになったから、後で何かボーナスを弾んでやろう!
何をやったらファムが喜ぶかなーと考えながら最下層までやってくると、さっきまで俺達しかいなかったここに、他の冒険者がやってきていた。
俺は、俺なりの最短ルート(山あり谷あり空あり)を走っていたから、道中で会う事も無く、他の冒険者が最下層付近まで来ていることに気が付いていなかったのかも?
何はともあれ、ボス部屋前の広場に近づいて来ているので、先にウチのアイドル達がいたんだから、順番的には問題なく俺達のはずだけれど、いちゃもんを付けられても嫌なので、走って追い抜いて皆の所へと辿り着いた。
追い抜いた冒険者は、どう見てもまともな感じじゃない。
なんていうか……。
反社って感じ?
よくわからんけど、関わり合いになりたくないので、さっさとボス討伐して帰るか。
「待たせたワン。じゃあ、お代わり行くワンよ!」
「ボス、その変な喋り方何とかならないニャ?」
「……ファムちゃん、キミも見た目が美女じゃなかったらかなり痛々しい喋り方だって事自覚してるワン?猫耳で美女キャラじゃなかったらただの痛い奴ワンよ?」
「だからこれはキャラ付けじゃ無くてただの方言にゃ!」
あー、慣れてる相手との会話だと、たとえ相手が美女だとしても癒されるぜ……。
早くあの不良っぽい奴らから離れないと……。
喧嘩売られたら、買い取ってしまうくらい嫌いな見た目してるし……。
「へいへーい!キミたち可愛いねー!俺達と気持ちいい事しなーい!?そこの頭おかしい頭してる奴は殺すけど!」
「ワン?」
あれ?
もしかして、殴り倒しても誰からも叱られないタイプの奴だったか?
感想、評価よろしくお願いします。




