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事務所前に停車していたバスに乗り込み、俺より先に乗り込んでいた全社員が席についている車内を見回す。
このまま座ろうと思っていたけれど、なんか俺の言葉を待っているような視線を感じる……。
うーん……。
「……出発ワン!」
「「「「「出発!ワン!」」」」」
運転席のアイが、俺が「ワン」と言ったタイミングで、「ぷふっ」っと笑いを堪えきれずに拭いていた。
目はいつも通りの涼しい感じなのに、頬っぺたが丸々と膨らんでいる。
どんだけ笑うの我慢してたんだ?
俺の号令によって、バスが走り始める。
俺も自分に割り振られた先頭の席に座り、『旅のしおり』と書かれた冊子をパラパラと読む。
……あれ?大した事書いてないな?
『敵は、みんなで頑張って倒しましょう』とか、
『どうしてもダメなときは、社長にお願いしましょう』とか、
『危ない事が起きたら、ファムお姉さんの元に集まりましょう』とか。
『おやつは、1人500GPまで』とか。
遠足かな?
「全員!スポ根モーフ解除してヨシ!」
「「「「「やったー!!!!」」」」」
俺が冊子に注目していると、天Pが何やら宣言し、アイドル達から歓喜の声が上がった。
なに?もーふ?
「天瀬院、今の何ワン?」
「今のは……ぷふっ……うちの事務所が……ぷふふっ……実力主義で、遊びで……ぶふふのふっ……アイドルやっているんじゃないんだと、外部に見せるために真面目っぽく見せる演技をさせていたのですが、それをやめて普段通りにしていいという指示ですね……ぷぷふっ」
「そうワンね……」
天Pも、俺の『ワン』で笑っているらしい。
かと言ってこの人、笑っているのを力ずくで止めようとすると、逆に喜ぶからなぁ……。
スルーするか……。
葛藤する俺。
しかし、そんな俺の心の中なんて露知らず、何故かキャイキャイと話しかけられ始めた。
「社長!その頭のってなんなんですか!?」
「社長さんって彼女いるんですか!?」
「社長さんって何歳なんですか!?」
「天Pと社長がぐちょぐちょの関係って本当ですか!?」
「社長!もう一回ワンって言ってください!お願いします何でもしますから!」
「あー……うん……皆、そんないっぺんに話しかけられても答えられないワン……」
ふむ……。
コミュ障にこの美少女たちの陽キャっぽい波状攻撃は厳しいな……。
俺から漏れ出す根暗オーラも、彼女たちの陽オーラによって中和されてしまい、相手に伝わらない様子だ。
だけど、そこに助けが入る。
「はいはい!皆、ピーポー君さん社長が困ってるでしょ?走ってるバスの中で立っているのも危ないし、自分の席に戻って戻って!」
「「「「「はーい……」」」」」
アイドルちゃんが、後輩の女の子たちを嗜めてくれたようだ。
助かった……。
美少女と会話するのは、別に嫌という訳では無いんだけれど、流石にああも慣れてない相手に矢継ぎ早に話しかけられると心が削れるところだったぜ……。
「隣、失礼します!」
「えっ……あ、ハイ……ワン」
しかし、彼女は彼女で、このピーポー君とかいう忌まわしい何かを着用した俺という存在を何か勘違いしているので、油断できない。
俺を信頼しきったその視線に焼かれそう……。
君さ、俺がこのヘッド外した瞬間、多分「ひっ!?」って悲鳴上げるんだぜ……?
「……私、ピーポー君さんは、もう私たちの所に戻ってきてくれないんだと思ってました」
ほら見ろ!
何このしんみりした感じ!
このふざけた格好の奴相手にやっていい流れじゃないって!
「……僕は、この事務所の社長ワン。キミたちが正当な評価を得られるように、僕がいなくても、君たちは君たち自身の力で輝けるように環境を整えたワン。でも、こうして僕が何か役に立てる事がまだあるなら、力くらい何時でも貸すワンよ」
「はい!私、信じてます!いつも!いつまでも!」
そう言って俺の手を力強く握るアイドルちゃん。
この娘、俺の事を何だと思ってるんだ?
妖精か何かか?
「……すみません、寂しいですけど、もう自分の席に戻りますね?私、自分の気持ちを隠すの下手だから、ここに居続けると、アイドル続けられなくなっちゃいます」
「あ、うん……ワン……」
悲しい笑顔を残して戻っていくアイドルちゃん。
彼女には、カウンセリングが必要かもしれない。
今度、天Pに頼んでおこう。
アイドルちゃんと入れ替わるように、今度は美須々さんがやってきた。
「大試さん、久しぶりに一緒にお出かけできるの、楽しみにしてました」
ヒソヒソとそう言う美須々さん。
元々美人だったけれど、アイドルやるようになって本当に奇麗になったな……。
近くに居るだけで、ケミカルライトを振りたくなる衝動に駆られる……。
「そういえば久しぶりワンね」
「今日は、一緒にいても良いんですよね?」
「万が一の事があるから、一緒にいないとダメワン」
「ふふ……嬉しいです!では、また後で!」
キラキラと輝くような笑顔を残して去っていく彼女を見送り、とりあえずこれでしばらくは落ち着けるかなっと思った矢先、隣の席に急に女の子が現れた。
座ったとかそういうんじゃなく、本当に突然現れた。
「……は?」
「社長!どうでござるか!?拙者の忍術!ニンニン!」
忍者衣装に身を包んた女の子がそこにはいた。
うん、何だお前?チーターか?
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