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「戦闘訓練?アイドルの?」
「はい!大試さんにお手伝いしてほしくて……」
「アイドルが戦闘訓練……?でも、とりあえずうちの事務所に所属したアイドル志望者って、皆研修で100レベルになってますよね?」
「はい、そのお陰で皆、他の事務所の子達よりも、歌も踊りもずば抜けて上手いんですけど、実際に襲われたら上手く怖がらずに逃げられるかというと不安で……」
金曜夜の我が家。
そのリビングで、夕食後のひと時を家族でダラダラすごしていると、芸能事務所の寮で生活している筈の美須々さんがやって来た。
どうも俺に用があるらしいので、とりあえず聞いてみた結果、中々に刺激的な内容だった。
「最近、ストーカーみたいな人も多いんですよ。平民の方々なら、大半がレベルも大して高くは無いので遅れは取らないと思いますけど、ファンの中には、冒険者や、貴族の方々もいますし、万が一の時に自衛するには、やっぱり戦い方も知っておかないとって皆で話し合ったんです。それで、一番そう言うので頼りになる人って考えた時、大試さんしか思い浮かばなくて……」
「成程……俺は今頼られてるんですね?ならやります!」
仲の良い女性に頼られたら、とりあえず応えたくなる男!
犀果大試ですよろしく!
「具体的なプランとかあるんですか?」
俺が全部考えても良いけれど、こういう時に俺だけの考えで突っ走ると碌な事にならない。
女の子は、大抵自分の考えがあって、それに準じた提案を男にしてほしい物なんだ……って、母さんが言ってた。
「それなんですけど、これを見てください!」
「ん?」
そう言って美須々さんが見せてきたのは、新しく買ってあげたスマートフォンだ。
美須々さんが生贄にされる前には、携帯電話自体が無い時代だったため、何もわからないからと俺とおそろいの物にしたという経緯がある。
美須々さんが見せてきたスマホの画面では、女の子がダンジョンらしき場所で魔物と戦っている場面が映し出されていた。
へぇ……中々いい動きしてんじゃん?
でも、何でキミ、そんなおっぱいを強調した服装なの?
見られて恥ずかしく無いの?
ダンジョン舐めてない?
「……これは?」
「ダンジョン配信というそうで、ダンジョンでの戦闘をインターネット上で公開するサービスだそうです。基本的には、リアルタイムで視聴する物のようですけれど、あ……あーかいぶ?とかいうので、過去の映像も見れるとか」
「へぇ」
そういうリアルタイムで何かをやる配信っていうのがあるのは知っていたけれど、全く興味が無い為よく知らないんだ俺。
漏れ聞こえてくる噂からすると、素人が馬鹿な事やってるだけの内容が多そうだし、それ以外だとエロで釣る様な感じなんだろうと予想しているからだ。
そもそも俺は、テレビに芸人が出てくるだけで嫌な気分になる人間なんだ。
どのチャンネルにしてもお笑い芸人ばかり出てくるようになっている昨今のテレビ業界には、非常にがっかりしている。
そこから更にクオリティの低いもんを見せられるんだろうなと思うと、どうにも見たいと思えない。
いや、まあ、テレビすら聖羅たちが居間で見ている時でもないと観ることのない人間なので、そもそもがあわない人間なのかもしれない。
アニメとかは見るけど、テレビじゃなくてサブスクでみちゃってるからなぁ……。
とはいえ、俺の意見なんてきっと古臭い時代遅れの物なんだろう。
実際に、この世界での話題性という意味では、配信というものは人気らしいし。
どのくらいの上澄みなのかもわからないけれど、物凄く儲けている方々も多いと聞く。
それならそれで、良い事だとも思う。
儲けることは良い事だ。
そんな事をこの前リンゼとの会話の中で話したら、
『アンタ、言ってることが説教臭いオッサンぽいわよ?』
と言われたので、ちょっと反省している。
同じ轍は踏まないぞ!
新しい物を受け入れていって若者ナイズしていかないと!
「あー、知ってる知ってる!ダンジョン配信ね!ダンジョンの中で芸人が魔物相手に裸で戦ったりとかするんですよね?」
「え?そうなんですか?私は、そこまで詳しくなくて……」
「魔物見つかったら、審判たちにケツバットされるんですよ」
「そんな配信をしている人たちもいるんですね……」
いないかな?
いるんじゃないかな……?
全く知らんが……。
「そ……それはともかくですね、こんな感じで、ダンジョンの中で戦う事で経験が積めるんじゃないかなって話になったんです」
「あー、そういうことですか。自分たちで配信するということでは無く?」
「それは、今のところはまだ考えていませんね。あくまで、戦う経験を積もうってだけです」
どんな雑魚が相手だとしても、素人が生配信しながら魔物と戦うのは危ないだろって思ったけれど、流石にそこまで無茶ではなかったらしい。
だったら、100レベルに到達しているうちのアイドル達であれば、ダンジョンの魔物相手でも早々遅れをとることは無いだろうし、いい経験にもなるだろう。
相手が人間と魔物で必要とされる戦い方も違うかもしれないけれど、それはそれとして『戦う』という事自体の経験は、とても重要なものだろうし。
でもなぁ……。
「それさ、花梨さんもいるんですよね?」
「いますね。私と常に人気面でトップ争いしているので、最優先で経験を積んで貰わないと」
「……俺、彼女の前に素顔で出られないし、この前ピーポー君も消し飛ばしたんですけど……」
「あ、その事については大丈夫です。アイコさんに考えがあるらしいので」
アイコって、花梨さんのマネージャーになってもらったアイ5の事か。
言われてみれば、メイド服じゃ無くてスーツ姿のアイが後ろにいるな……。
「犀果様、こちらをどうぞ」
そう言ってアイコが渡して来たのは、ピーポー君の頭だった。
「どっから持ってきたこんなもん……?」
「こんな事もあろうかと作っておきました」
「アイコの手作りなのか……」
こんな忌まわしい物を態々手作りするなんて……。
「ですが、以前犀果様がお使いになられていたオリジナルのピーポー君スーツに搭載されていた音声自動翻訳AIは、犀果様によってスーツ自体が完全に破壊抹消されているために利用できませんでした。ですので、このピーポー君ヘッドには、声色を変える機能しかついておりません」
「いや、それだけで十分だよ……。あのクソみたいな変換機能なんて無いほうがいいわ……」
だれが組んだのかわからんクソみたいな自動翻訳AI。
アレのせいで俺は、ピーポー君の着ぐるみが嫌いになったんだから。
あれ?
でも待てよ?
「中身が俺だってバレないようにするには、俺自身で考えて、あのAIが変換したような言葉遣いで会話しないといけないのか?」
「その通りです」
「……嫌だなぁ……」
「因みに、犀果様が普段使われない話し方になると予測されますので、録音したのちにアーカイブ化し、犀果様の身内の方であれば誰でも視聴できるように校内する予定です」
「何の罰ゲームだ?」
誰得だよそれ?
って思ったんだけれど、そのアーカイブの話が出た瞬間、アイコ側に援軍が現れた。
「大試、恥ずかしくても手伝ってあげるべき。女の子が、大試に頼ってるんだよ?」
「いや……それはそうなんだが……でも……」
聖羅がグイグイ推してくる。
なんだ?そんなに俺の恥ずかしい喋り方が聞きたいのか?
えぇ……?
ならいっか……。
「わかった。引き受けるわ」
「本当!?ありがとうございます!これで大試さんとまたデー……あ、何でもないです……」
美須々さんが大喜びしている。
あれ?
貴方も俺の恥ずかしい喋り方にご興味が?
えぇ……?
まあいいけどさ……。
「というわけで、ファム。万が一の時のために、お前も道連れな?」
「にゃ?」
アイドルたちの安全のために、我関せずといった雰囲気で、居間のソファーに寝ころびながらマンガを読んでいた猫耳メイドを巻き込むことにした。
優秀だからね。
結界もすごいし、何よりテレポートできるからね。
連れていかない手は無いよね。
俺が苦労させられるのに、メイドのファムがダラダラしているのは許せんなんていうケツの穴の小さい理由ではないと言っておきます。
感想、評価よろしくお願いします。




