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私は、名も無きアパレル店員。
働いているのは、『ファッションセンターしめさば 王立魔法学園前店』。
学園前とか言いながら、実際にはそこまで近くも無い。
学園前に広がる商業施設群の端っこの方にあるのが、私が働いているこのお店だ。
しめさばは、大衆向けの服飾店よ。
といっても、万民のニーズに応えるとか、そういう話ではない。
実際にこのチェーン店が狙いに定めている層は、20代後半以上の女性客。
それも、そこまでお金に余裕がある様な方々を狙っている訳では無い。
つまり、あまりお金を掛けずに、されどオシャレをしたい!
そんな女性たちを対象に絞って商品展開をしている店だ。
もっとも、そう言う女性たちが、旦那さんを連れてくることも見据えて、男性向けのコーナーももちろんあるんだけれど、男性単体で来るお客様なんてそうはいない。
来たとしても、パンツやシャツをさっと買って帰っていく。
そして、女性客だって、そこまで洗練されているような服を求めてくるわけではない。
あくまで、普段着る物を調達しに来るだけだ。
もし、パーティに行く服が必要なのであれば、絶対にこの店には来ない。
それでも、こういうお店にも需要というのは間違いなくあるため、根強い人気があるのも事実だ。
王立魔法学園の生徒さんたちは、大半がお金持ちの方々の為、滅多に来店されることは無い。
だけど、そこで仕事をしている方々や、その家族たちは、周辺地域に住んでいる場合も多く、この店を利用する層は少なくはない。
まあ、つまるところ、貴族様たちが集まっているような場所の近くとは言え、私たちには、そんなキラキラした世界は無縁なわけだ。
こういうと、私がこの職をイヤイヤやっているように感じるかもしれないけれど、別にそんなことは無い。
お買い得なお値段で、皆さんを幸せにしているこの仕事が私は大好きだし、誇りに思っている。
それでも、どうしても偶に思ってしまう事がある。
「もっと、すごい事が起こっても良いんじゃないか……?」
って。
別に、ドラマみたいな出会いが欲しいとか、そういうことではなく、人生に張りを持たせるイベント無いかなって言う話。
その私の夢が叶ったのは、今からもう1年近く前。
あれは、本当に突然だった。
あの日も私は、ここでいつも通り仕事をしていた。
そんな私の耳に、自動ドアが開く音が届く。
「いらっしゃいませ~」
既にほぼ条件反射となってしまった挨拶をしながらそちらを向くと、テレビでしか見られないような……いや、テレビでも一度たりとも見たことが無いような美女がそこにいた。
その美女は、何故かメイド服を着ていて、少年を一人連れて来店していた。
明らかにこのお店には不釣り合いにゴージャスな雰囲気を持ったその女性の姿に、私はしばらくフリーズ状態となってしまった。
それは、私だけではなく、店の中でその女性を見た者全員がそうだったようだ。
店員だけではなく、女性客も含めて。
男性客?
いねぇのよこれがこの店。
本人の見た目は、さっき言った通りゴージャスで、ブティックとかデパートに行ったり、服職人を自宅に呼んでオーダーメイドしていそうな感じなのに、彼女はこの大衆向けの商品しかない店内をウッキウキで回り始めた。
とはいえ、あまりこういう店に馴染みが無いのか、勝手がわからずあまり商品に手を出していない。
ならばと、意を決して私が話しかけると、とても嬉しそうに話してくれた。
曰く、「彼氏が地味目の服を着るように言うから来た」とのこと。
彼氏って……まさかあの男の子!?
もしかしたら、お貴族様の秘密のペット系男子……とか!?
色々な妄想が出そうになったけれど、それを何とか踏みとどまって、彼女に服を選ぶ許可を取り付けた。
そして始まるファッションショー!
信じられないことに、この店内にある、私たちが着たらイモっぽさが増しそうな服たちが、彼女に着られた瞬間に一流ブランド品のような雰囲気を醸し出す。
奇跡的な美しさによって、気がつけば、このお店が開店して以来、例を見ない熱狂が店内を支配していた。
店員はもちろん、女性客たちまで彼女に似合う服を見つけようと店内を走り回っている。
既に、レジにすら誰もいない。
何をしているんだ私たちは?
そう思わないでもなかったけれど、ここで服選びに参加したくならない女にアパレル店員の資格はないだろうと自己正当化して続ける。
彼女、ソフィアさんが満足して服を購入し、退店するまでそれは続いた。
後に、この日の出来事は、『ソフィア様ご来店事件』として『ファッションセンターしめさば』全店舗の女性店員に共有され、伝説となった。
皆、心の中では、ああいう事をしてみたいと思っていたんだ。
しかし、神話なんかとは違い、この伝説はそこで終わらない。
何故なら、彼女はそれからもたまに顔を見せてくれたからだ。
例の少年を連れて、月に1度は必ずやってきて、ファッションショーを開催する。
いや、実際にファッションショーにしているのは、私たち提供側なんだけれども、本人も喜んでいるみたいだから問題ない!
いつの間にか、彼女が来るのを待つ女性客と店員が増えに増えて、たまにしか来ないソフィア様待ちのせいで店内が狭く感じる程。
皆、今か今かと、自分で着る服を選ぶのよりも多くの時間を消費しながら商品を物色している。
「いらっしゃいませ~」
そして今日、とうとう待望のソフィア様が来店された!
こうしちゃいらんねぇ!
私の考えた最強の美女服を着てもらわねば!
そう思い、走り寄った私の目には、今まで見たことが無い光景が入って来ていた。
「今日は、ワシの家族を連れて来たんじゃ!こいつらにも服を頼む!そっちのちっこいのは、下着から水着まで全部じゃ!」
そこには、様々な美を突き詰めた女神たちが立っていた。
え?何これ?私にどうしろっていうの?
何処に課金したら別衣装着せてもいいの?
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