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このチャペルは、さっき聖羅から渡されたパンフレットによると、一見キリスト教の教会みたいな内装になっているけれど、実の所特定の宗教関係の施設というわけではない。
一応この世界の最大勢力である教会とすら関係がない。
『なんとなく神々しい感じがする結婚式をするための建物』という、言葉にすると物凄く俗っぽい施設だ。
といっても、少なくともそういう裏事情というか、冷めた事を言うような奴じゃないかぎり、この建物の入り口から入った瞬間、感嘆のため息が出る事だろう。
窓から入る光まで計算され尽くしたこの空間は、昼間であれば、もしくは、煌々と灯りを焚いていれば、汚れのない白い壁に包まれた美しい場所であることがわかる。
だけど、今は夜。
人工的な光は、今この広間の中に一つもない。
だからこそ、とても明るく感じる月明かりの帯。
そのスポットライトの中に佇むドレス姿の絢萌さんは、絵画に描かれた女神のように奇麗だった。
あ、でも、酒も飲んでいなければ、部屋に引きこもってRPGやりながら兄妹喧嘩で無関係の男子を爆殺しているわけでもないんだから、女神では無いな。
天使にしておこう。
「こ……ここで立って待つように言われたのですけれど……この場所じゃないといけない理由が何かあるんですの……?」
まあ、見た人間がどれだけ感動したとしても、本人にはわかりにくいもんなんだろう。
例え俺には、その困惑した表情すら神秘的に見えたとしても。
「実はさ、このチャペルには伝説があるんだよ」
「伝説……?」
だから、俺もキザっぽい事を言ってもいいような気がする。
というか、今ここで言うべきだって確信がある。
誰か俺にそう言う魔法かけただろ?
かけたって言え。
俺はこれから、その魔法が掛かったつもりで行動するから!
「この場所でプロポーズすると、その2人は、絶対に幸せになれるって伝説」
「そんな伝説があるんですの?ありきたりといえばありきたりですわね……」
まあそうだよね。
魔法学園にだって、似たような伝説のある木があったし。
なんなら、そこで初めて婚約したし……。
「こういうのはさ、分かりやすく、ありきたりなほうがいいんだよ」
「そうなんですの?私は、伝説と言うと、もっと複雑なイメージがありましたわ」
「まあ、昔から存在する伝説だと、色々尾ヒレがついてそうなるかもね」
「では、今おっしゃっていた伝説は、比較的新しい物なんですの?」
「そりゃ新しいよ。だって、今俺が考えたんだもん」
「はい!?」
かなり真面目に聞いてくれていたらしく、絢萌さんが俺の発言にビックリしている。
「だって、この建物できたのここ数日とか数週間以内だよ?昔からの伝説が存在する訳ないよ」
「えぇ……?では、今の話は何だったんですの……?」
絢萌さんが、当然の質問をしてくる。
強いて言うなら、準備かな?
「これからできていく伝説の話」
「これから?できていく?」
「そう。俺と、絢萌さんで作って行けたらなって思ってる」
「私と大試さんで……」
段々と、俺が何を言いたいのかが分かって来たのか、この月明かりしかない場所でもわかるくらい顔が赤くなっていく絢萌さん。
どうだ?
俺のキザ度は?
多分俺の顔も赤くなっていて非常に熱いけれど、俺は自分の顔を確認する手段が無いので問題ない。
「初めて絢萌さんと戦った時に、正直すごくドキドキした」
「あれは……!うぅ……!自分ではとても効果的な戦法だと思っていたんですわ!ふしだらな目的でしたんじゃありませんの!」
「わかってるよ。現に、俺にはすごく効果的だったし」
「なにもわかっていませんわ!?」
反応が面白くて、ついつい意地悪な事を言ってしまう。
好きな娘に意地悪する小学生の男子レベルだなと、頭の中で自分で自分にツッコミを入れているけれど、所詮俺なんてそんなもんよ。
恋愛経験値あんまないし……。
「あれから、絢萌さんと会うたびに、キミの事が好きになった。見た目に関しては、絢萌さんっていう存在を認識した段階で100点満点だったけれど、内面に関しても、絢萌さんは、カッコいいし、奇麗だし、可愛かった」
「ど……どどど……どれだけ褒める気ですの……!?そもそも私、そこまで恵まれた容姿もしていませんでしょう!?」
「それはない。まず顔!美人!表情がコロコロ変わるのも面白いけど、ギャグマンガよりラブコメ感の方が強い!髪型!金髪縦ロールは、お嬢様の基本装備のはず!しかし、この世界でそれを絢萌さんほど使いこなしているお嬢様なんて知らない!プロポーションもすごい!俺に押し付けられたあの胸の感触は、正直一生忘れられないと思う!そして、あれだけ力強く動けるにも拘らず、ムッキムキどころか、理想的な範疇にある脚!特に足首のきゅっとした形!素晴らしい!」
「私今セクハラされているんですの!?」
あ、やばい。
超絶美少女が、自分を美人じゃないと言い始めたもんだから、お前は美少女だって数時間力説してしまう所だった。
落ち着け俺。
「薫子ちゃんを背負って王都まで来たときの話もカッコよかったし、長期休みのたびに実家に、王都じゃないと買えないものを大量に持って帰っているって事も聞いて尊敬した。何より、アレだけ悩んで、そして自分の身と引き換えに俺にしてきたお願いが、自分自身の為のものじゃなく、自分の家と、その管理地に住む人々の為の物だったのが最高だった」
「あ……ですがあれは……大試さんの弱みに付け込んだ卑怯な物ですわ……」
「あの程度で自分を卑怯だと思っちゃうって時点で、俺からしたら可愛いとしか思えないんだよなぁ」
「普段どれだけ酷い事言われているんですの……?」
ちょっと国とか世界を救ってくれって振られるくらい?
「俺がさ、戦った後に、責任を取るって言って結婚を申し込んだこと覚えてる?」
「あれは、突然でビックリしましたわ……」
「あの時は、本当に絢萌さんを傷つけた責任を取るための、償いの気持ちで申し込んだんだ」
「そうなんでしょうね……実際に目にするまで、まさかあの犀果大試さんが、倒した私相手に心を痛めているとは思いませんでしたけれど……」
何故か世間では、俺の事を血も涙もないヤバイ奴だって風潮が広がっているけれど、実際にはメンタルよわよわナイーブチェリーボーイなんだよ?
「だけど、今日は違う」
そう言って俺は、今日、新幹線の開業セレモニーでやったように、絢萌さんの前で片膝をつき、彼女の右手を取る。
一瞬ビクッとした絢萌さんだけれど、すぐに手を俺に委ねて、顔を赤くしながら、先の言葉を待ってくれている。
「金持絢萌さん、俺は、貴方の事が好きです。俺と婚約してください。貴方を幸せにすると約束します。貴方が望むのであれば、貴方の実家の家族や、管理地の人々も含めて。新幹線はもちろん、このリゾートだって、別に慈善事業で作ったわけじゃありません。頑張っている貴方の為に、貴方を喜ばせるその為だけに作りました。それ以外の部分については、おまけでしかありません。貴方の笑顔という最高の対価を得るための投資です。それに対して、絢萌さんが何か義務感を持つ必要はありません。ここで断られた所で、俺はこのリゾート地や新幹線をどうこうするつもりはありませんし、貴方が不利益を被ることは無いと約束しましょう。だから、貴方の素直な気持ちでお返事を伺いたいです。貴族の令嬢としてでも、誰かの家族としてでも、薫子ちゃんのお姉ちゃんとしてでもなく、金持絢萌さんとして、俺と婚約して頂けませんか?」
……大丈夫か?
結構ベッタベタな事言ったような気もするけれど……。
ダメだ!やっぱり経験値が足りん!
「……私、大試さんが思っているほど、良い人ではありませんのよ?」
「大丈夫です。絢萌さんは、良い人です」
「見た目だって、見慣れていないから大試さんの中で美化されているだけだと思いますわ……」
「そんな事ありません。何年たっても、何十年経っても、貴方を美しいと感じていると約束します」
「あう……て……手だって!普通のお嬢様みたいに、柔らかくてしなやかな訳じゃありませんのよ!?皮膚は硬くて……洗い物で少しささくれ立っていて……!」
「今触っていますけど、どんなに悪く見積もっても働き者の手って感じですね。マイナス要素が見つかりませんが、気になるなら確実に効くクリームでもなんでも用意します」
「でも……!卑怯で……自信だってなくて……!妹にまともにご飯を食べさせてあげることもできなくて……!」
「さっきも言いましたが、絢萌さん程度では卑怯だと感じません。自信が無いなら、自信が持てるようになるまで俺が絢萌さんの良い所を伝え続けます。それと、薫子ちゃんは、『お姉様が私の食事の事で自虐を始めたら、私はお姉様とさえ食べられるなら、納豆ご飯でもフルコースと変わらないくらい喜んでいると伝えてね』と言ってました」
「薫子が……でも……でも私は!やっぱり大試さんに釣り合うような女じゃ……!」
「絢萌さん……絢萌」
絢萌の言葉を遮る。
自分で自分を悪く言う言葉なんて聞きたくない。
俺は、もっと聞きたい言葉があるんだ。
「俺は、絢萌が好きだ。結婚しよう」
「うぅ……うぅうう!……いいんですの!?本当にいいんですのね……!?私、結構面倒な女なんですのよ!?これで嘘だって言われると、死ぬほど泣きますわよ!?」
「男は、好きな女の子の面倒な部分なんて、可愛く思う生き物だ。だから、絢萌がどれだけメンドクサイと自分で思うような事を俺に言ったとしても、それは俺が絢萌の事を好きになる要因でしかない」
「……ひぐっ……では……ぐすっ……もう断る理由がありませんわ……私……大試さんの事、好きですもの……」
っしゃ!
と言いたい所を我慢して、俺は指輪を取り出し、絢萌さんの左手薬指へとはめる。
今更だけれど、俺も絢萌さんも、手にすごい汗をかいているな……。
たしか、手の平の汗って、暑さよりも感情の起伏でかきやすいんだっけ?
そう考えると、俺の手の平からジョバジョバと汗が流れ出ていないだけマシか。
少しの間、左手の薬指の指輪の感触を確かめながら泣いていた絢萌さん。
落ち着くまで、俺は彼女を抱きしめていた。
彼女の嗚咽も聞こえなくなり、少し胸を押される様な感触があったので、彼女を離す。
すると、赤くした目で俺を見つめる絢萌さんが口を開いた。
「大試さん、先ほどの伝説、本当にあるみたいですわ」
「伝説?」
「えぇ。『この場所でプロポーズすると、その2人は、絶対に幸せになれる』という」
「あぁ、あれね」
「……ふふっ。私、今、とても幸せですもの!」
あ、これは確かに幸せだわ。
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