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541:

「薫子、しっかり絢萌の言うことを聞くんだぞ?」

「絢萌ちゃんも、気を付けてね!」


 出発の朝、夜明けとともに出る私たちを両親と兄たちが見送ってくれた。

 不安もあるけれど、皆が私を信用して、妹を託してくれたことが嬉しかった。


「お姉様にしっかりくっついて行くわ。お姉様の言う事を聞いていれば、怖くなんて無いもの」


 何て言う妹の言葉に、嬉しくなってしまう私。

 この可愛くて、私より色々な事ができる妹が、私を頼ってくれるという事実だけで、私は私を認められる気がした。


「薫子の事は任せてくださいまし!私がしっかり王都まで送り届けて見せますわ!」

「薫子もそうだけどだな、絢萌も自分の事を大事にするんだぞ?嫁入り前の女の子なんだから、傷なんてあまりつけないように!」

「今更ですわ!」

「いやそうかもしれないけどさ……」

「中央の奴らは、俺達みたいにいつも魔物と戦ってるような奴ばっかりじゃないから、やっぱり傷が残るとなぁ……」

「絢萌はこんなに可愛いのになぁあああ!!!」

「もう!鬱陶しいですわ!」


 兄たちが代わる代わる私の頭を撫でていくのも、暫くは体験できない貴重な体験になるんだろうな……なんて思いつつ、照れて手を払いのける。

 それと共に、やっぱり他の貴族たちから私がどう見られるのかも気になってしまう。

 私だって、我慢できるだけで、平気なわけじゃ無い。

 妹みたいに女の子らしく、お嬢様らしくなってみたいと思うこともあるけれど、それが無理な事だというのもわかっているだけだ。

 なら、せめて強くなる、というのが私の生きる道。

 それ位しか、自分の心の小さな傷を隠す方法が無かった。



 王都までの道のりは、父や兄たちと一緒に何度か往復した事がある。

 途中の休憩小屋も、ボロボロではあるけれど残っているし、迷うことも無かった。

 それでも、私と妹だけでの旅は、楽では無かった。


「ハァ……ハァ……」

「薫子!もう少しで次の休憩小屋ですわ!頑張るんですのよ!」

「えぇ……ハァ……ふふふ……熱でうなされる私も美しいのではないかしら……?だって、世界がなんだかピカピカぐるぐるしているもの……」

「本当に頑張るんですのよ!?」


 慣れない野営。

 背負われての長距離移動。

 妹は、当然のように体調を崩してしまった。

 家から持ってきた薬草で症状は緩和できたけれど、それでもすぐに元気いっぱいというわけにも行かない。

 その状態で全力で進むわけにも行かず、進行速度は、予定の半分くらいにまで落ちてしまっていた。

 もちろん、水も食料も数日分は余計に持って来ているし、魔術で水を出す事くらいは私にもできたから、最悪でも私の食料を妹に上げてしまえば、まだまだ余裕があった。

 とはいえ、流石に私も経験のない2人旅ということもあって、不安ではあった。

 それを悟られまいと、休憩小屋で寝かせた妹に、できるだけ元気な表情を見せながら世話をする。


「ハァ……ハァ……お姉様……もしもの時は、私を置いて行ってね……?」

「薫子は、心配性ですわ……。この程度で、可愛い妹を置いていくわけがありませんでしょう?今日の移動はここまでにして、ゆっくり休むんですのよ」

「ハァ……お姉様……お姉様……」


 半分寝ているような状態で、私の事を呼びながら、私の手を握る妹。

 父や兄たちと比べて、確かに女性っぽく細くてしなやかに見えるけれど、実際に触ると皮膚が硬くてごつごつした私の手。

 それに比べ、妹の、フニフニで柔らかい手。

 こんなか弱い娘に無理をさせて王都まで連れていく自分が、とても酷い姉のように思えた。


「お姉様の手……硬い……」

「うっ……まあ、淑女らしくはありませんわね……」


 私と同じことを妹も感じていたらしい。

 ちょっとだけ悲しい……。


「すごく……カッコいいわ……努力してきた……美しい手……」

「なっ……」


 だけど、私が持った感想とは、真逆の事を考えていた妹。

 今まで、そんなふうに褒められた事なんて無い。

 まあ、妹の手を触りながら、感想を述べる兄とか父なんてそうそういないだろうけれど……。

 それでも……。


「……ありがとうございますわ……」

「お姉様……大好き……」

「私もですわ。ほら、隣にいますから、もう寝てくださいまし」

「えぇ……」


 私にない物を妹は持っている。

 だから、私は妹を護る盾であり、鉾になろう。

 この娘を護ってくれる誰かが王都で現れるまで。

 そう決意しながら、私も寝た。



 5日程の予定が、結局2週間近くかけて、私たちは王都についた。

 そして、王都で金持家が借りている部屋へと向かう。

 そこは、商売で王都を訪れた父や兄たちが滞在するために借りられている場所で、これからは私たち姉妹が住む部屋だ。


「お姉様、家事分担は、私が食事担当でいいかしら?」

「お料理くらい、私だって……」

「私が食事担当でいいかしら?」

「……わかりましたわ」


 旅を経験して、更に2人だけで生活するようになって、妹は強くなった気がする。

 不器用な私をサポートするように。

 妹を護ろうと思った私だけれど、色々な部分で、妹に護られていたような気もする。

 それが、妹の成長を見ているようで、嬉しくもあり、寂しくもあり……。


「お姉様、アルバイトをなさるの?」

「冒険者として仕事をするだけですわ。これが一番手っ取り早くお金を稼ぐ方法ですもの。仕送りだけでは、薫子に良い生活をさせて上げられませんし、ガンガン稼ぎますわよ!そして、稼いだ中から、お父様たちに仕送りもするんですわ!」

「流石ねお姉様!」


 納豆のパックを片手にそう私を褒める妹。

 もっと貴族令嬢らしい生活をさせて上げられない不甲斐なさに泣きたくなる。


「でも、お姉様ももっと学生としての生活を楽しむべきだと思うわ。せっかく奇麗なんだから」

「……構いませんわ。貴族の方々は、私の事を『成り上がり』とか『お嬢様らしくない』と陰で言っているのが聞こえますもの。今更、あの方々と仲良くなろうとなんて……」

「そんなことないのに……。お姉様は、美しいわよ?」

「フフ!薫子は、お世辞もうまくなりましたわね。さぁ、早くご飯を食べて、学校に行きますわよ!」

「お世辞じゃないのだけれど……」


 王立魔法学園で私は、身体強化が評価されたのか、2組へと入ることができた。

 流石にトップたちが集められる1組は無理だったけれど、2組でも十分すぎる。

 これで、多少は金持家の評価も上がるかと思ったけれど、結局は……。


 ただ、気になる人はいる。

 私と同じように、辺境から出てきた男子生徒で、しかも、父親が貴族として認められたばかりらしい。

 犀果という苗字のその人は、入学式の日から毎日のように騒ぎを起こしていた。

 制服に王家の紋章を入れていたり、試験で施設を破壊したり、いきなり決闘を申し込んできた生徒をそのまま殴り倒したり……。

 それだけならまだしも、いつの間にか、幼馴染だという聖女様と、王女様、そして公爵令嬢様と婚約していた。

 彼を陰で悪く言う人たちは沢山いたけれど、少なくとも私からみるに、皆彼を馬鹿にするというより、妬みや畏怖といった感情からそんな行為に及んでいるように見えた。

 私みたいに、ただ馬鹿にされているのとは違う……。

 上位貴族でもないのに1組に入っているのだから、きっとすごい人なんだろうな……。

 私も、もし1組になれれば……。

 そう思った時に、ふと気が付く。

 魔法学園では、2年生に上がる時にクラス替えがある。

 1年修了時の成績順に編成されるので、今のうちに私が何かで好成績をあげられれば、1組に入れるかもしれない。

 あの、彼みたいに……。


 勉強と訓練、そして冒険者の仕事をこなしながら迎えた学年末。

 私は、目標……というより、憧れた彼と戦うことになった。

 何故か覆面で顔を隠していたけれど。


 初めて相対した彼は、想像と違って、あまり覇気が無かった。

 何故か目も合わせずに話す人で、私がどれだけ挑みかかっても、ひょうひょうと逃げ回る。

 本気を出した彼を倒せば、私の1組入りは確定だと考えていた私は、必死に彼に迫った。

 そして、試合前に考えた奥の手であるゼロ距離戦法を繰り出した。

 それでも、何故か彼はあまり抵抗をしない。

 むしろ、動きが悪くて……。

 何故かと思えば。


「胸を押し当てるのやめてくれないかなって……嫌ってわけじゃないんだけれど……」

「胸……?…………はわわわ!?」


 私の胸が原因だった。

 確かに私の胸は、他の女子たちよりも大きい。

 それでも、そこを褒めてくるのなんて妹くらいだったし、私に女としての魅力を感じる男性がいるなんて事も考えていなかった私は、盛大に狼狽えてしまった。

 自分でもよくわからないくらい心臓がどきどきして、考えが纏まらない。

 だけど、ここで負けるわけには行かない。

 この人に勝って、私は1組に入らないといけない。

 運がよければ、それを見た貴族が、いい仕事を紹介してくれるかもしれないし、戦える嫁が欲しいと考えている貴族男性だっているかもしれない。

 絶対に勝つ!

 そう考えて不用意にも再度掴みかかった私は、彼に、とても恥ずかしい格好で技をかけられてしまった。

 運がいいのか悪いのか、すぐに負け判定にはならなかったけれど、その恥ずかしい格好のまましばらく観衆に見られていた。


 気が付いた時には、負けていた。

 悔しかったし、恥ずかしかった。

 何より、1組に入る確率が下がってしまった事が辛かった。

 この1年、勉強も運動も仕事も必死にしてきた。

 誰も私を馬鹿にしないように。

 誰にも家族を馬鹿にされないように。

 それが、無に帰すかもしれない……。

 そう考えると、涙が止まらなかった。


 その時ふと考える。

 何だかんだで、私は善戦していた気がする。

 何より、彼は私の女としての部分に興味を持っていた。

 そして、彼の実家は、開拓中の地域らしい。

 しかも、最近そうとう荒稼ぎしているとも聞く。

 だったら……。


 涙を拭いた私は、リスポーンするベッドのある部屋から、先程まで戦っていたステージへと走る。

 彼に、会うために。

 彼に、恥を忍んで頼み込むために。

 果たして、彼はそこにいた。


 何故か、壁に頭突きをして、足の小指をぶつけながら。


 何をしているのかわからなかったけれど、とにかく声をかけた私に対して、彼は流れるような土下座をしてきた。

 どうやら、私に対して使った技が、あまりに女性に対して酷い物だったと悔いていたらしく……。

 まあ、確かに死ぬほど恥ずかしかったけれど、そこまで気にする事……?

 もしかして、結構誠実な人なんだろうか……?


 それはそれとして、これはつけ入る隙になる!

 そう考えた私は、お願いを決行する。

 内容は、将来的に雇ってもらうこと。

 先程の行為に責任を感じているのであれば、その責任を取ってほしいと。

 正直、弱みに付け込むようで後ろめたかったけれど、その時の私に手段を選んでいる余裕なんて無かった。


 気がついたら、婚約を申し込まれていた。


 いきなり何を言っているのかと驚愕していると、後ろから聖女様が出てくる。

 そして、色々と説得された結果、婚約では無く、何故か友達からという事に……。


 決勝戦は、相手が卑怯な手を使っていた事が判明したらしく、私は無事に1組になれた。

 あれだけ泣いたのは何だったのか……。



 2年生になってから、私は何度か彼と行動を共にした。

 そうしているうちに、彼のもつ力というか、人脈というか……。

 とにかくすごい部分が色々見えてきた。

 そこが頼もしくてカッコいいような……。

 そんなにすごい人なのに、何故か未だに私に対してすごい負い目がある顔をする。

 私みたいな田舎貴族の事なんて気にしなくてもいいだろうに……。

 そこが可愛いような……。


 話はそれで終わらない。

 いつの間にか、妹とも仲良くなっていた。

 何故かと思ったら、小学校のイベントで講師役をさせられて、たまたまそれが妹のクラスだったらしい。

 保護者として妹を迎えに行った時に彼と会って、お互いにビックリしてしまった。


 その流れで、ファミレスへと向かった私たち。

 普段外食なんてまずできない私と妹にとって、慣れない場所。

 もしかしたら普通の貴族であれば気軽に来れるかもしれないけれど……。

 なんて思っていると、一緒に来た聖羅さんが、むしろ彼は奢らされた方が喜ぶなんて事を言いだした。

 男性って……そういうものなの……?

 わからない……。


 こんな人が婚約者だったら嬉しいだろうなと思う。

 すごくお金を稼いでくれて、私なんかより強くて、私なんかに優しくて……。


 気が付いた時には、とても酷いお願いをしていた。

 白川郷と王都の間に道を作ってほしいという、いくらお金と手間と時間がかかるかわからない事を。


 多分、不安だったんだと思う。

 地元のために、家のために頑張るつもりではいた。

 でも、私が頑張った所で、白川郷と金持家が盛り返せる気がしない。

 事実私は、妹にドリンクバーを注文させることすら躊躇する経済状況。

 どれだけ頑張っても、周りの貴族たちからの変わらない評価。

 そんなときに男の子に優しくされて、甘えてしまったんだ。

 断られて当たり前。

 むしろ受けてもらった方が不安になる様なお願い。


 彼は、そんな私のお願いを受けてくれた。


 しかも、2カ月も掛からないうちに道を作ってくれたという。

 メイドさんから連絡を受けた私は、開通したという道を確認のために一緒に行ってくれるという言葉に甘えて、その日の早朝に教えられた場所へと向かった。

 出かける直前に妹が「お姉様、頑張ってね」と応援してくれたのも、今思えば何もかも知っていたからだとわかるけれど、その時の私には、道が出来たという事自体が本当なのかもわからないフワフワした状態だったので、妹の言動を疑問に思う事も無くその場所に向かってしまった。


 何故か、新幹線ができていた。

 しかも、白川郷が観光地になっていた。

 しかも、私用の高そうなドレスが作られていて着せられた。

 しかも、妹まで高そうなドレスを着ていた。

 しかも、式典で私が金持家の代表として出席させられた。

 しかも、式典中に王子様みたいなポーズでプロポーズをされた。


 訳が分からなくて泣いた。

 訳が分からないけれど、自分が認められて泣いた。

 訳が分からないけれど、嬉しくて泣いた。

 私みたいな、貴族の令嬢らしくない女に、こんなにカッコいい人が……。


 泣きながら混乱している間に、気がつけばステージを降りて控室まで連れてきてもらっていたらしい。

 彼の最初の婚約者である聖羅さんにお世話をされながら、色々な説明を受けた。

 曰く、「私が大試の一番だから(フンスッ」とか、「でも貴方の大試を見る目は素晴らしい」とか、「さっきの大試の言葉は、本人的にプロポーズのつもりはないけれど、魅力を感じている部分に関しては本心100%」とか、「絢萌が嫌じゃなければこのまま婚約した方が良い」とか、「金髪縦ロールですわ口調も大試的にポイント高い」とか……。


「だから絢萌は、大試に甘えていい。大試は、絢萌の希望に応えてくれる。絢萌が大試の事を好きになってくれたら、大試は絢萌をすごく大切にしてくれる」


 とか……。


 信用、されてるんだなぁ……。


「あの、婚約の件は、確かに魅力的でしたので、良ければ受けたいのですけれど、一つ問題が……」

「何?」

「私のこの喋り方は、癖になっているだけで、頭の中で考える時は、ですわとか使ってないんですけれど、問題ないのでしょうか……?基本田舎娘なんですわ……」

「そうなんだ?でも大丈夫、大試的に、そう言う属性はポイント高いと思う。そもそも、田舎娘さで私に勝てると思ったら大間違い」


 理解、されてるんだなぁ……。


 本当に、私も彼を好きになっていいんだろうか?

 迷惑じゃないんだろうか……?

 お嬢様らしくない私でも……。


 私がネガネガし始めたタイミングで、それまで静か木刀を撫でていた妹が声をかけてきた。


「お姉様、大試先生は、お姉様を幸せにしてくれるわ」

「……でも、私は、彼に相応しい自信が無いんですわ……」

「そこは、心配ないわ。だってお姉様は、美しいもの」

「そんなこと……」

「絶対に美しいわ!私にとって、世界一のヒーローは、お姉様だもの!」


 普段大人っぽい喋り方をしたがるませた部分がある妹が、珍しく真剣な表情で叫ぶ。

 私が私を悪く言うのが許せないと、全身全霊で表現するように……。

 あの、奇麗で可愛くて、お嬢様らしい妹が……。


「……私……大試さんと……結婚したいですわ……」

「というわけで、聖羅さん」

「ええ、薫子」

「「メイク直しよ」」


 あれ?

 いつの間にこの2人はこんなに仲良しになったんだろう?

 幸せな気分になりながら、ちょっとだけ嫉妬する私。


 お嬢様らしいお嬢様には、多分一生なれないと思うけれど、少なくとも幸せにはなれそうで。

 そんな風に思ったらまた涙が出てきて、メイク直しに時間がかかってしまった。





感想、評価よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
聖羅には一生頭が上がらないんだろうなぁというか、口数が少ないのもあって出番自体は多いわけじゃないけど陰で一番支えてくれてるよなぁ ヒロイン自体はどんどん増えてるけど、婚約者が増えるのは結構久しぶり。絢…
こんばんは。 絢萌さん…幸せになって欲しいですなあ。
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