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538:

「只今ご紹介に預かりました犀果大試です。本日、白川郷新幹線並びに白川郷リゾートの開業へとこぎつけることが出来ました。これも、偏に皆さんのご協力があってこその結果であると考えています」


 大勢のオーディエンスの前で話すのは緊張する。

 それでも、ここは敢えて堂々と語るのだ!

 俺は今日、金持姉妹と新幹線と白川郷リゾートを飾り付けるための存在!

 クリスマスツリーに着けられているピカピカの玉みたいなもんだ!

 その為に、服装も式典用のキチっとしたものだし!

 貴族の式典用っつったらあれよ?

 マントとかついてるんだよ?

 白を中心に青と金で刺繍まで入ってんの。

 お値段なんと……無茶苦茶な要求に応えて材料揃えてドラゴンお姉さんに頼んだ結果無料なんだけど……。

 ダンジョンのボス蜘蛛を糸出させてから殺して周回という苦行を久しぶりにしたよ……。

 何でこの世界の蜘蛛って口からも糸出すんだろう……?

 まあいいか。

 つまり、今の俺は、馬子にも衣裳状態なわけだ。


「こうして大々的に作り上げた新幹線もリゾートですけど、実は、1人の女性の願いによって作ることになったんです。その女性が彼女、金持絢萌さんです」


 俺が絢萌さんを手で示すと、オーディエンスたちが拍手を送る。

 一方、未だに何が何だかわからない様子の絢萌さん。

 動き出す気配のない姉を隣に座っていた薫子ちゃんが立たせ、演台の方へと連れてきてくれた。


「あ……あわわわわ……」


 まあ、演題の方に来たところで、混乱が収まる気配は無いが。


「俺は、彼女に大きな借りがありました。過去に、彼女の尊厳を傷つけるような事をしてしまったんです。まあ、ご存じの方も多いでしょうが……」


 俺がそう言うと、会場から苦笑いの声が聞こえる。

 今その笑いを出した奴らは、俺がどこかのチープな覆面で戦っていたのを知っているんだろう。

 やっぱバレバレじゃん?


「だから、彼女に何かを要求されれば、素直に従うつもりでした。にも拘らず、彼女が俺に対して言ってきたのは、脅しでも、何かの要求でも無く、一つのお願いだったんです」


 少し溜めを作って観客を集中させる。

 演出演出!


「地理的に孤立する白川郷と王都との間に道を作ってほしい。引き換えに自分はどうなってもいいから……と」


 息を呑む人々。

 女の子がそんな条件を出すという事がどういう意味を持つのかを考えているんだろう。


「絢萌さんの出身地である白川郷は、周りを山や森に囲まれ、その大部分が魔物の領域となっています。その環境下では、真面に交通手段を用意することなどできません。それでも嘗ては、火薬と養蚕によって財を築いたそうです。その地を管理する金持家が護衛することで、火薬と絹を都市圏まで流通させていました。しかし、火薬が魔道具に取って代わり、魔物からシルクが採取できるようになると、白川郷は大打撃を受けてしまいます。どこまで落ち込む経済を何とかつなぎ止めたのは、絢萌さんの父親、金持子爵です。彼は、地元である白川郷で特産品を作れないかを模索しました。そうして辿り着いたのが、今では貴族たちの間でもお馴染みの薬草や健康食品です」


 あぁ!あれかぁ!

 という表情になるおっさんおばさん。

 前世だったら、すごいカモにされてそうな人たちだ。

 まあ、このファンタジーな世界だと、マジで薬草にはすごい効果があるだろうからいいけどさ。


「そんな彼に望みを託し、前金持子爵は、自分の娘との婚姻を願います。その経済力と商材を生み出すセンスを使って、白川郷を少しでも栄えさせてほしいと。とはいえ、それだけで全てを解決できる程白川郷の状況は良くありません。なんとか少しずつ上向きになって来ている、といえる程度でした。そんな環境で育ってきた絢萌さんは、いつか自分も白川郷の人々のために働きたいと思うようになりました。女の子らしい趣味に走ることも無く、貴族としての役割のために戦う力を高め、拳で岩を砕き、魔物も屠れるようになります」


 多分そう。

 かなり俺の想像でシナリオを補完しているけれど。

 薫子ちゃんからもダメ出し入らなかったし。


「そして彼女は15歳となりました。貴族の子女は、15歳になれば王都の王立魔法学園へと入学することになります。絢萌さんは、そこでいい就職先をみつければ、少しでも白川郷の収入を増やせるのではないかと考えました。いくら自分が魔物を倒したところで、お金が入ってこなければ状況は変わりません。いつか、白川郷と王都との間に道を作れるだけのお金を稼げるくらいの仕事先が見つかればと……。ただ、それと当時に、妹である薫子ちゃんの事が気がかりでした。どれだけ頑張っても、現在の白川郷で受けられる教育は、王都の水準には至りません。絢萌さん自身は、自分を戦闘員として考えていたようですが、妹である薫子ちゃんには、政に関することをさせたかったようです。できるだけ危険に身を投じずに済むように。自らが傷つくことには耐えられても、周りの人々が傷つくことには耐えられない。彼女は、そんな優しい女性です。そして、絢萌さんは決意しました。自分が王都に行くときに、薫子ちゃんも連れて行くと。とはいえ、道なき道を進むことになります。小学生である薫子ちゃんが徒歩で走破することは難しい。結果、絢萌さんは、薫子ちゃんを背負って走ることにしました。数日間、魔物の領域を少女を背負って走り抜けることがどれほどの困難か、日夜魔物と戦う貴族の方々であれば、想像にかたくはないでしょう」


 なんか、既にちょっと泣いている人たちがいる……。

 涙腺ユルユルになってるのかな?

 一番泣いているのは、どっかのシスコン王子だけど。

 あ、妹(仮)に涙拭かれてる。


「そして絢萌さんは、従者の一人も連れずに王都へと辿り着きます。経済的な理由で、使用人を雇うこともできなかったそうです。それでも、金持家が、ひいては、白川郷が馬鹿にされないように努力を続ける彼女は、勉学でも魔術でもたゆまぬ努力を行い、今年度は等々1組へと配属されました。そんな彼女が、俺に対して、自分を対価にしてでもいいからと願ったのが、白川郷と王都の間の道です」


 既に観衆の目は、お祝いの物から、尊敬や畏怖、親しみなど、様々だけれど例外なく金持さんたちに好意的な物になっている。

 とどめだ!


「絢萌さんは、非常に優秀です。容姿だけではなく、その能力も、そして性格も素晴らしい。将来的に、俺の故郷である開拓村で働いてほしいと考えています。彼女をスカウトするためであれば、道の1本や2本通しましょう!ですが、そんなチャチな物では、俺が満足できません。先程も申しましたが、俺は彼女に借りがあります。それ以上に、絢萌さんや薫子さんに好感を持っています。彼女たちの力になりたい!道だけでは、思い通りに交易をすることも難しいでしょう。かと言って新幹線となると、維持するためには費用がかかります。ならば、その費用を生み出す何かを作ればいい!そうして作ったのが、この白川郷新幹線と白川郷リゾートだったんです」


 ここで俺は、絢萌さんの前で跪く。

 そして、右手を取る。


「絢萌さん、俺は、白川郷の為では無く、貴方の為にこの新幹線を作りました」

「わ……わたくしのためって……」

「それと引き換え、というわけではありませんが、俺は貴方から1つ権利を頂きたい」

「権利……?」

「気高さと美しさ、そして、力強さと優しさを兼ね備えた車体をイメージしたこの車両に、絢萌さん、貴方の名前を付ける権利が欲しい」

「私の……名前を……?」


 ここで、俺は左手で指を鳴らす。

 ソフィアさん直伝のパッチンだ。

 未だに10回に1回は失敗するけれど、今回は成功した。


 俺の合図と同時に、特設ステージの上から横断幕が降りる。

 そこに書かれていたのは、この白川郷新幹線の車体名。


「今日からこの新幹線は、白川郷新幹線『あやめ』にしたい。いいかな?」

「いいかなって……私……そんな立派な人間じゃ……!」

「それはどうかな?ほら、会場の方々を見て」

「えっ……」


 絢萌さんは気が付いていなかったみたいだけれど、車体名を発表した瞬間からすごい拍手が上がっている。

 俺の演出もあって、皆機嫌よく手を叩いているな!

 しかもしかも!今の俺のポーズは、プリンセスに忠誠を誓うナイトか何かみたいだろう!?

 しかも、そのプリンセスに対してかなりの貢物をしているわけだ!

 もうこれで、絢萌さんを下に見る貴族の令嬢なんていないだろう!

 だって、新幹線に名前を付けられた人だぞ?

 どんな魔性の女でも普通は無理だもん!


 自分に送られる拍手に気が付いた絢萌さんは、段々と顔を赤くしながら、目を潤ませていく。

 多分事前に説明していたら、こんな事素直に受けてくれなかっただろうし、やっぱりサプライズにして正解だったな!


「わた……私……がんば……でも……!そんな……じぶんがすごいことなんて……たいしさ……が……ぜんぶっ」

「確かに俺が用意したけれど、絢萌さんがそれに見合うだけの魅力があると考えたからだ。貴方のように、皆の笑顔のために、この新幹線は走り続ける。その手伝いをこれからも俺にさせてほしい」

「そんなっの……そんなこと……!いわれたら……断れませんわ……!ですけれど、私ばかりに利があって!恩を返す事ができそうにありませんわ!」

「そこは大丈夫。将来的に、絢萌さんが俺の所に来てくれるなら、それだけで十分だから」

「それって……それってもう……!ううぅ!うううう!」


 それ以上、絢萌さんは言葉を告げられなかった。

 まあ、正直この辺りの台詞はかなりアドリブなので、意味的には滅茶苦茶な気がするけれど、なんか拍手が強くなったし、舞台袖にいる聖羅もサムズアップしているから問題ないだろう。

 薫子ちゃんも、腕を組んでウンウンと頷いているし。

 ただ、これ以上ここに絢萌さんがいると、涙でメイクが崩れたりして大変な事になりそうなので、作戦を次の段階に移行する。

 まあ、新幹線の式典は新幹線の式典らしく、プロにバトンタッチだ。

 俺は、可愛い笑顔で拍手していたアイドルちゃんに手で次へ進むようにと合図を送った。

 一瞬「ひっ!?」って顔になった気がするけれど、気のせいだろう。


『続きまして、GR社長であるアルベルト・ガーネット氏より、白川郷新幹線『あやめ』について説明を頂きたいと思います。質疑応答は、説明の後にまとめて行う予定ですのでお待ちください』

『おや!?とうとう私の出番かい!?皆さんおはようございます!アルベルト・ガーネットです!挨拶はこんなものでいいかな?説明に使っていい時間ですが、1時間しかもらえていないので、早口でいきますよ!』


 アル義兄さんによる早口爆撃で煙に巻きつつ、絢萌さんと薫子ちゃんを連れてステージを後にする。

 彼女たちを控室に戻し、テープカットまでに落ち着いてもらおうというわけだ。


「ひっくっ  ひっくっ……!」

「薫子ちゃん、俺の演説どうだった?」

「良かったと思うわ。泣くお姉様も美しかったし」

「そっか、なら良かった」

「大試先生、お姉様をよろしくね?」

「ん?おう。それと薫子ちゃんもな」


 絢萌さんもそうだけれど、薫子ちゃんも疲れているだろうし、ちゃんと控室まで連れていくさ。

 その位はするぞ俺だって。


「……そう、やっぱり私まで……フフフ……」


 何故かすごく嬉しそうな薫子ちゃん。

 ドレスであるにもかかわらず、何故か腰に差している木刀を愛おし気に撫でている。

 そして後ろからニョキっと出てくる聖羅。


「大試、お疲れ」

「聖羅、絢萌さんを落ち着かせてやってくれ」

「わかってる。大切な人だから」

「そうだな。かなり開拓村の未来が明るくなってきたぞ!」

「そうだね」



 翌日の朝刊では、あれだけ騒がれた白川郷新幹線と白川郷リゾートの話題は、2面に追いやられてしまった。

 そして1面の見出しはというと、何故か『犀果大試、またも公衆の面前で女を泣かせる!』だった。

 またもってなんだまたもって。





感想、評価よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
そんな盛大なプロポーズするやつおるぅ?!!無自覚?! 学生が女に貢ぐ物で、新幹線とリゾートを一から作りますって、話題どころの騒ぎじゃないが……、大試は気付いてないな
どう詳しく描写されるかエピソードが入るかの重み付けが単純にキャラの重要度や順位じゃなくて流れのままその場その場で決まって行くの、わざとらしい物語感を感じなくて世界そのものを自然に描き出してる感じがして…
初めてこの小説で泣かされました。あやめさん幸せになってね!
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