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新幹線のテストも進み、営業を開始できる程ではないにせよ、人間を乗せて走る事が問題なく行えるという判断がアル義兄さんから下された。
それによって、白川郷リゾートで働く人たちを輸送することが可能になり、準備がどんどん加速していっている。
俺とアイだけでは、どうしても賄えないような本職としての知識や経験を駆使した意見を参考に、量産型アイが必要な物を作って整備していく。
それだけで、洗練はされつつもオリジナリティのなかった基礎のみとも言える建築物群が、ちゃんと観光地に有りそうな建物になっていくんだから驚きだ。
ただ、観光業のプロなんてこの世界には殆どいないはずなのに、皆が費用を気にせず色々作っていくと、結局自然と観光地の建物っぽくなるんだなぁ……。
無駄遣いっぽく見えるかもしれないけれど、逆にここで無駄遣いにすら見えるような金遣いをしてもらうための建物だからこれでいいんだ!
多分!
「俺も観光業は素人だしなぁ……」
「犀果様、フェンリルサーモンの塩焼きができました」
「ありがとう。やっぱり魚は七輪だよなぁ……」
「白いご飯をどうぞ。飯盒で炊いた物ですが」
「最高だ!」
フェンリルサーモンは、古代の人類が、釣りのターゲット用に作り出した魚だ。
美味しい上に大きくなり、ルアーにもガンガン食いつくくらいの攻撃性がある。
それでいて個体数調整をしやすく、逃げ出して生態系を狂わせる心配も無いという魚。
流石は、気軽に人体をゼロから生成するほどの遺伝子技術を持った奴らだなと素直に感心するわ。
そして、その遺伝情報を持っていたアイが、今の時代に蘇らせた。
ただ、名称に関しては、当時のデータによると『オオサケモドキ』とかいうカスみたいな名を付けられていたから、ちょっと狼っぽい凶悪な顔をしているデカいサケかマスということで、『フェンリルサーモン』って名前に勝手に変えました。
太古の人類さんすみません。
でも、モドキはあかんよモドキは……。
このフェンリルサーモン、俺の予想を超えて貴族連中の注目の的になっているらしい。
白川郷リゾートの最初の客層として、貴族、もしくは平民でも富裕層をターゲットにするために、彼らの間で流行っている釣りを取り入れて宣伝したんだけれど、それがかなりの人気なんだとか。
現地の映像を生で配信し続けていたり、王都のデパートでフェンリルサーモン製品を売ってみた所、それはもう大人気になった。
この魔物が多数生息する世界で、大きな野生の水生生物の映像というのは中々貴重らしく、学術目的でも利用される程らしいし、フェンリルサーモン製品に関しては、単純に美味い。
そりゃ人気出るよねぇ~!って俺も思っていたさ。
だけど!だけどだ!
その俺の予想を超えた最大の要因は、これだ!
『……きた……でもまだ……まだよ……もっと本気で引き始めてからアワセるのよ……今!』
これは、インターネット上で流れている白川郷リゾートのプロモーションムービーの1つだ。
主役は、もちろんリンゼ。
誰がどう見ても美人だと判定せざるを得ないその容姿、にも拘らず本格的なその釣りテクニックと熱意。
彼女の釣り動画を配信した所、何度かサイトがサーバーに負荷が掛かり過ぎて落ちる騒ぎにまでなってしまった。
視聴者は、奇麗な女に惹かれてしまった男たちばかりではない。
女性たちまでその映像の虜になってしまっているそうだ。
その騒ぎは、これまで富裕層と貴族のオッサン間でしか人気のなかった釣りという文化を若い女性たちの間でも流行らせたらしい。
といっても、この世界の水場で、安全に大物を釣り上げられる場所なんて殆どない。
海はもちろん、川だって下手をすると魔物が出てくる世界だから。
安全が確保されていて、尚且つ釣りごたえのある魚がいて、その魚が美味しい!
そんな話が広まった結果……。
「まさか、ダムにまでホテルを作ることになるとは……」
「部屋の広さは、犀果様が言う所のビジネスホテルクラス。食事も貴族向けの豪華な物ではなく、まあまあの物しか出ないと予め正直に申し上げているのですが、予約が3か月待ちの状態です。あ、お醤油どうぞ」
「さんきゅー。いやぁ……世の中そんなに釣り好きがいたんだなぁ……」
「リンゼさん人気もありますが、それだけであれば、わざわざダム湖にまでくる必要ありませんからね」
「だよなぁ……」
『どうよ!?見なさい!』
巨大なサーモンを掲げるリンゼの輝くような笑顔が眩しい。
このリンゼの奇跡みたいな姿をネットにアップして他の野郎どもに見せるのは、正直モヤモヤするものもあるけれど、逆に優越感もあるような……げへへ……。
「あ、そういやあっちはどうなってる?ドームの方」
「あちらも、釣りホテルと同程度の物を2つと、犀果様の言う所のカプセルホテルなる物を2つ作っている所ですが、初日から1週間に関しては、予約が5分で埋まりました」
「アイドル人気すげぇなぁ……」
白川郷ドームのこけら落としとして、俺が依然立ち上げたアイドル事務所、X810プロに所属するアイドル達によるコンサートを企画したわけなんだけど、日帰りもできるように新幹線を増便しているにも拘らず宿泊者がすごい。
美須々さんとアイドルちゃんたちは、今や押しも押されぬトップアイドルとなっており、そんな彼女たちのコンサートが開催されるとなれば、どこへでも駆け付けるという奇特なファンたちも多いんだとか。
だからって、まさかこんな山の中の、しかもクソ高いチケットとホテル代払ってまでここまで大勢が来るなんてなぁ……。
「そもそもさぁ、白川郷リゾートの中心地に作った旅館とホテルだって人来すぎだと思うんだよ。そこそこの客足で良かったと俺は思うんだけれど、どうして予約が既に半年待ちなんて事になってるんだ?貴族連中からぼったくるために、基本料金だけで平民の平均年収並みの宿泊費にしてる所なんて1年待ちなんだけど!?お財布どうなってんだお前ら!?」
「国王と王子が初日に宿泊することを様々な場所で自慢しているせいで、自分たちもと考えた貴族の方々が多いようですね。彼らにとって、メンツとはそれだけ大事なのではないでしょうか?」
「はぁ……いやいいけどさ……。金持さんたちにも、税金で色々お金入るだろうし」
「金持様は、まだ犀果様がここまで大掛かりに色々仕掛けているという事をご存じないようですよ?どうも、行き来がしやすい道路を作っている程度であると想像している様子です。新幹線の開業セレモニーにご招待したのですが、『服装は動きやすい物の方が宜しいですわよね?』『食料と水は何日分必要ですの?』と、面白い勘違いをしているようでしたので、そのまま話を合わせておきました」
「酷いなアイ。良くやった」
「ありがとうございます」
金持さんたち、ビックリしてくれるかなぁ?
一応、金持さんちのお父さんにはもちろん許可とってるんだけれど、できれば絢萌さんには秘密でお願いしますって頼んでおいたから、きっと盛大なサプライズになるだろう。
「それにしても、アイが作ったこの秘密基地、いいなぁ……」
「排煙装置も完璧ですので、焼き魚だろうと焼肉だろうと可能です」
「焼き鳥とかもしたいな。折角七輪もあることだし」
「そう言われるかもと考えましたので、ご用意しておきました」
「流石だ……俺は、マシュマロ持ってきた」
「な!?それは……巨大なバーベキュー専用マシュマロ!?」
「ふふ……皆には秘密だぞ?」
「かしこまりました」
白川郷新幹線、そして、白川郷リゾートの開業は、目前まで迫っていた。
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