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キャンプの朝。
それは、キャンパーにとって、何物にも代えがたい時間帯であったりなかったりする。
なんというか、非日常感がすごいんだ。
それこそ、ファンタジーの世界に迷い込んだような気分になるんだよなぁ……。
まあ、ここ一応ファンタジーの世界のはずだけど。
「ふぅ……」
コーヒーうめぇ……。
いや、インスタントだし、ぶっちゃけ味だけで言えば、ただの苦い焦げ汁にしか思えないんだけど、ロケーションのせいか美味く感じるんだよなぁ……。
日の出を見ながら、薄く残る朝靄に抱かれて、緑の香りを吸い込む。
あぁ……俺今、キャンプしてるわぁ……。
あ、キャンプしやすい季節は、外に靴出しっぱなしにしていると、朝梅雨とかで靴がビチョビチョになるから注意な。
替えの靴がないと悲惨な事になるし。
ビチョビチョの靴を履いて行動すると、ふやけて脆くなった足の皮膚が向けて、それはもう激痛が走るんだよ。
これが……傷みか!(ドバアアアアン)
って感じ。
あれは、二度と体験したくない……。
嫌な思い出を洗い直すようにコーヒーをまた一口。
うーん……うま……あーいや、流石に雰囲気で誤魔化せる段階超えちゃったな。
やっぱ焦げ汁だわ。
しかも、苦みの中に不思議な酸味もあるんだよなぁ。
コーヒーの酸味は、塩で和らぐらしい。
まあ、それをするくらいなら、砂糖と牛乳をバチクソ入れてしまった方が確実だけれども。
あれをコーヒー牛乳という商品名で販売するのは、法律上ダメらしい。
皆コーヒー牛乳って呼んでるのに、よくわからんな……。
「大試、おはよう」
誰もいない早朝の森の中でどうでもいい事を考えていると、後ろから声をかけられた。
普段こんなに早起きしてくることはないその人物の声に、笑顔で振り返る。
「おはよう聖羅。早起きだな?」
「うん、ちょっとね」
聖羅がこういう風に早起きしてくる時は、大抵何かイベントが起きる。
本人曰く、勘だそうだ。
「大試、木刀を用意しておいて」
「木刀?魔力をガンガン使う予定でもあるのか?」
「違う。木刀を木刀らしく使う事になる気がする。それも2本」
「2本?」
木刀を2本使う状況なんて、それはもう……。
「じゃあ、私はもう一回寝てくる」
「あぁ、お休み」
俺の頭に思い浮かんだその答えを口にする前に、さっさと聖羅はテントへと帰って行った。
本当にこれだけの用で来たらしい。
一体、これから何が起きるんだろうな……。
まあいいや。
聖羅の勘によるイベント発生は、俺にはもうどうしようもない場合が多い。
ならば、もうなるようにしかならないと開き直ってゆっくりしておいた方が良いだろう。
折角のお休みなんだから。
……あれ?休んでいるつもりだったけれど、これってよく考えたら普通に仕事してるんじゃないか?
業者に頼んだら、すごい額の請求来るよな?
「大試先生!」
俺の現実逃避を妨げる声。
みると、順平君がいる。
何やら、決意に満ちた表情だ。
うん、めんどくさそう。
「どうした?」
「大試先生は……お嫁さんもういっぱいいるのに、どうして真理奈にまで手を出すんだよ!」
んん?
「ごめん、いきなり何の話だ?あと、俺はまだ結婚してないぞ。婚約はしてるけど」
「婚約してるのに、他の女と仲良くするなよ!」
「あ、うん。それはそう思う」
本当にどうかと思う。
5人は多いよね。
ただ、それよりなにより、今わかって無い事がある。
えっと……真理奈って誰?
って聞いたら、猶更逆上しそうだなぁ……。
うん、こうなったら雰囲気で誤魔化すか。
「お前には、関係ない事だろ?」
どうよ!?
その真理奈が誰か知らんが、俺とその真理奈さんとの問題であって、順平君とは関係ないだろう?
という話。
あ、もしその真理奈さんってのが、順平君のお母さんとかだったらヤバいけど……。
「あ……ある!関係ある!」
え!?
あるの!?
じゃあもしかして、本当にお母さんとか!?
だったら安心しろよ。
俺とその人は、全く関係ないから。
「関係?へぇ……どんな?」
お前と真理奈さんは、どういう関係なんだと挑発を兼ねているように聞いてみる。
実際には、その真理奈さんが誰なのか知りたいだけなんだけども。
「真理奈は!俺が……えっと……小さい時から一緒にいて……それで……」
やっぱりお母さんか!?
いや、妹とか、姉とかいう可能性もあるか?
何故か言い淀み、ストレートに関係を教えてくれない順平君。
俺の中で、この状況を打破する方法がわからずに人知れず焦りが増していたその時、救いの声が聞こえた。
ような気がした。
「順平!大試先生に何してるの!?」
新たな人物の登場に、俺と順平君の視線が奪われた。
そこに立っていたのは、順平班にいた勝気ちゃんだった。
虫とか暗い道が苦手な女の子だ。
名前は……よく知らん。
勝気ちゃんは、何故か順平君にとても怒っているようだ。
そしてそのまま、俺と順平君の間に入り、俺を守るかのように順平君に相対した。
「な……なんでお前がここにいるんだよ!?」
「聖羅さんから大試先生と会って来たって聞いて、私も来ただけよ!」
「会いにって……何でだよ!?」
「アンタには関係ないでしょ!」
何これ?
痴話喧嘩?
俺、テントに戻っていいかな?
コーヒーに牛乳と砂糖入れて来たいんだけど……。
「……なんでだよ……?だって……その人、年上だし、婚約者だっているんだぞ!?」
「それが何よ!貴族だったらお嫁さん何人かいたり、歳の差があっても普通でしょ!?」
「だからって……だからってさ!」
一緒にアンパンでも喰いたいな。
用意してた食料の中にあったっけ?
無いかぁ……。
あ、でも、食パンとハチミツならあるな。
あれでいいや。
「許せない……」
俺がその場からこっそり逃げ出そうとしたその時、勝気ちゃんと言い合っていた順平君の顔がこちらへと向いた。
その顔には、強い怒りが浮かんでいる。
なんでぇ……?
「大試先生……じゃない、大試!」
「せめて、さんはつけろよ」
「あ、はい……大試さん!」
素直だな……。
「お前に、真理奈を賭けて、決闘を申し込む!」
だから真理奈って誰だよ?
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