512:
「ぷっはあああああ!仕事の後の一杯はうっめぇえええにゃあああ!」
安い缶チューハイを煽った猫耳メイドが叫ぶ。
周りには、メイド服を着た女性しかいない。
1時間ほど前までは、小学生たちの世話をしていたが、現在彼らはお休みの時間だ。
猫耳メイドの主である少年が、「アウトドアで寝不足は禁物!消灯時間後のテント内での怪談話や恋愛談義は全面的に禁止だ!」と決めたからか、もしくはただ単に疲れたからか、子供たちは誰一人起きていない。
それは、メイドたちの主である少年と、聖女と呼ばれる少女も同様である。
「ホッケの開きが焼けました。お醤油かけてもいいですか?」
アイが、ワクワクしながら焼いていた魚の干物食べ始めると、他のメイドたちもつっつきだす。
今ここに用意されている食材は、全て彼女たちの好みで購入された物なので、どれが出てきてもとりあえず酒の肴にできるのだ。
「ふむふむ、タマネギは炭火で焼くと美味ですねぇ」
10分ほど前まで打ち上げ花火の片づけをしていたソラウが、仕事で消費したエネルギーを補給しようと上品にがっつく。
彼女だけ、子供たちとのバーベキューに参加できていなかったので、他のメイドたちも優先的に料理を回している。
「なんだか静かだと思ったら、シオリがいないのです」
「シオリちゃんなら、ますたぁの寝袋に潜り込んでねちゃったよ~♡真似しようとしたけど、入る隙間が無かった……」
「魔獣が生息していない地域とは言え、念の為交代で全周警戒をしなければいけないんですから、勝手な行動は慎みなさいストロベリー」
「えー……我々ならば寝ながらでも可能だろう?」
「眠気のせいか素が出ていますよストロベリー」
AIメイドたちも、今日のように小学生の低学年という小さい子供たちの相手をするのは慣れていない。
そのため、周りが考えているよりも疲労していた。
しかし、彼女たちの願望の中でも上位に位置する物の中に、出産と子育てがあるため、その練習も兼ねて張り切っていたのである。
生命というものを持っていなかった彼女たちは、こうして現実で体験することで、初めて自分たちがこれから何をしたいのか、そのためにはどうしたらいいのか、本当に自分たちにできるのかを確かめている最中だ。
今こうして、焼き上がったホタテの貝柱にレモン汁をかけるかどうかで悩むのですら、彼女たちの中では、輝くような体験だったりするけれど、恐らくそれを周りの人間が理解するのは難しいだろう。
「はぁ……子供のお世話って楽しかったなぁ……」
そう言った彼女は、普段メイドたちと接する女性ではない。
去年、宗教団体から助け出された後に、世界中で自分たちと同じような思いをする人がいなくなってほしいと活動してきた者の1人だ。
その宗教団体に捕らえられた際、子供が出来ない、産めない体にされている。
同じような処置を施された女性も、ここには何人かいた。
彼女は、別に自分の境遇に同情してもらおうと思ったわけではなかった。
それでも、彼女が子供について話すと、AIメイドたちですらどう返事をしたらいいのかわからなくなる。
その事に、後から気が付いた彼女。
しかし、場の雰囲気を察したのか、ただの天然か、その空気を壊す者もいる。
「そうにゃ?子供なんてウルサイしめんどくせーだけだったニャ!」
猫耳メイドが、焼き鳥を食べながらそう毒づく。
缶チューハイと焼き鳥を装備した猫耳メイドの姿は、超が付くほどの美人であるという前提を除けば、なかなかのオッサン度だった。
「「ですが、貴方は子供のお世話をしている時に楽しそうでしたよ?」」
そんな猫耳メイドに、亀メイド2人が的確な弱点攻撃をする。
彼女たち2人は、基本的に空気なんてものは読まない。
「はぁ!?んなわけ無いにゃ!こんな仕事二度とごめんニャ!」
当然猫耳メイドはそれを認めない。
顔は赤いが。
「では、貴方は将来的に子供を産むつもりはないのですか?」
そこにアイが追撃をかける。
空気は読めるが、その上で空気を乱すくらい造作もない。
「無いニャー。ボスに似た子供なんて絶対めんどくさいにゃ」
「誰も犀果様との子供を産みたいかなんて聞いてはいないのですが」
「にゃ……」
表情は変わらないのに、確実に「してやったり」と考えていそうな雰囲気を醸し出しながら、アイは子持ちシシャモを網に乗せた。
親戚一同でキャンプをする場合、大抵は、子供たちが寝た後にこのような感じで飲み会が開かれている。
彼女たちの主人である少年は、そういう部分も含めてアウトドアだと考えていたため、今回も子供たちが寝た後にメイドたちが楽しめるように企画していた。
そこで何が話されるかまではわかっていなかっただろうが、何だかんだでメイドたちも楽しめているので、少年の狙いは成功していると言っていいだろう。
もっとも、例外もいるが。
「どぼちてぇええええええええええ!?」
悲痛な……それでいて子供たちを起こさない程度の叫びが森に響く。
その声の主をメイドたちが見た。
「うるっさいのう……いい加減諦めればいいじゃろ。ほれ、酒じゃぞ?」
「だってぇ!こんなに女の子たちと仲良くできそうなイベントなのに、私ずっと簀巻きでしたよ!?おかしいですよぉ!!!」
「それは、お主が小さい女の子見てハァハァ言い出したからじゃろ……。大試は、それさえなければ、流石に簀巻きにはせんかったろうに……」
「私だって我慢しようとしたんです!もちろん手を出す気なんてありません!でもぉ!流石にここまで目の前でプリティに妹ムーブされるとぉ!仮に!仮にですよ!?目の前に下着の女の子がいたら、思春期の男子高校生ならハァハァしちゃうでしょ!?例え罠だとわかっていても!それと同じだと思うんです!」
「なら簀巻きにしておいて正解じゃな」
「んんんあああああ!」
絶世の美女と言えるエルフメイド2人が、どうしようもない性癖の話をしていた。
その光景に、本当にもうどうしようもないんだなと理解してしまうメイドたち。
どうしようもないので、スルーして酒と肴をつつくのに戻ったのだった。
「はぁ……ソフィア先生尊い……」
小学生たちのクラスを受け持つ担任だけは、そのどうしようもない光景をずっと見ていたが。
キャンプの夜は長い。
感想、評価よろしくお願いします。




