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次の方法の準備のために、俺たちは森から出てきた。
森の外には、予めアイが休憩スペースと、調理スペースを準備してもらっていたんだ。
別に、アウトドアクッキングで仲を深めようとか、そういうのではない。
ここでこれからトラップのために調理しようってだけ。
まあ、食いたいなら食ってもらっても良いんだけどさ……。
「はい、今日はですね、バナナを発酵させてクワガタやカブトムシをおびき寄せる餌をつくりますよ」
「わざわざ料理すんのか?俺料理って苦手なんだよな……。店で買ってくりゃ良いんじゃないのか?」
「売ってねぇよこんなもん素人は黙ってろ」
「何怒ってんだよ……」
俺だってな!
前世では店で丁度いいの売ってないか探したもんだよ!
昆虫ゼリーとかさ!
液状の昆虫用の蜜とかさ!
でも案外あれって発酵臭が強くないからか虫こねぇんだよ!
「まあ、バナナじゃなくても、リンゴとかでもいいんですけどね。バナナが一番手軽です。入手しやすいし、柔らかいし、栄養豊富で簡単に発酵してくれるので」
「そうなのか」
「もうね、見切り品の極みみたいなのでいいので、熟れた奴を使ってください。なんなら、人間だったらちょっと食べるの躊躇するくらい黒くなってるものでもいいです」
「へぇ……」
案外そう言うののほうが体には良いらしいよ?
白血球の動きを活発にするとか何とか。
「まず、バナナの皮を剥きます」
「おう、これなら俺にもできる」
「剥いたら、それをこのジッパー付きの袋に入れてください」
「これもできるな」
「そして、ドライイーストと砂糖とか……まあ糖分入ってるものならなんでもいいです。入れてください」
「ここまでは簡単だな。ここから難しくなるのか?」
「そうですね。じゃあ次が最大の山場です」
「ゴクリッ……」
担任が唾をのむ音が聞こえる。
もし息子さんにこれをやらせようと思ったら、まず自分がやって見せないといけないので緊張しているのかもしれない。
さぁ!とくとご覧あれ!
「空気をできるだけ抜いてから、ジッパーを閉めます」
「おう……」
「中のバナナとドライイーストと砂糖が混ざるように握りつぶしていきます」
「おう……」
「まざったら、何でもいいのでお酒を入れてください。焼酎でも、ビールでもいいです。ワイン入れるのがおすすめですね。やっすいのでいいので。発酵で生成されるアルコールに昆虫は物凄く引き寄せられるんですけど、店で売っている酒は発酵を完全に停止させられているので、それを補うための燃料がバナナと砂糖で、起爆剤がドライイーストだと思ってください。まあ、バナナとドライイーストだけでも大丈夫だし、なんならドライイーストなしで酒とバナナ混ぜるだけでも発酵しますけどね。菌とかバクテリアなんてそこら中に居るので」
「おう……」
「酒とバナナたちが混ざるようにまた袋の中身をモミモミして……」
「おう……」
「あとは日の当たる所にでも置いておいてください」
「おう……」
疲れたぜ。
「……ん?これで終わりか?」
「終わりですよ?」
「簡単だな……」
「ようは、甘くて発効しているような甘酸っぱい匂いさえ朦々と出してくれればそれでいいんです。飼育用の餌に使うには傷むのが早いので難しいですけど、トラップに使うだけなら十分ですから」
「成程な」
冒険者も、獲物を引き寄せるために餌を使う事があるらしいので、これに関しては担任も飲み込みやすかったらしい。
うんうんと頷いている。
と、そこへ、後ろからアイが進み出てきた。
「そして、事前に準備しておいたものがこちらです」
「サンキュー、アイ」
「いえ。それではごゆっくり……」
そしてすぐ下がっていくアイ。
今日は、完全に裏方に回るらしい。
できるメイドだ……。
「……アレだな、自分でせっかく作ったのに、時間の関係で完成品が出されるのってテレビで見たことはあったが、遣る瀬無いな……」
まあ、しゃーない。
その辺りは、自分で子供連れて行くときに自作の物を使って頑張ってくれ。
「それにしても、袋がパンパンだな」
「いい具合に発酵してくれればガスが発生してこんな風に膨らんでくれます。ほっとくと破裂するので、定期的に袋を開けてガス抜きしてください」
「ならもう開けっ放しにしとけばいいんじゃないのか?」
「ハエとかハチが集りますが、それでもよければお好きにどうぞ」
「嫌すぎる……」
クワガタがいる所は、もちろんハエくらいいるだろうけれど、何よりハチが怖いんだよなぁ。
スズメバチの大好物も樹液だから。
空き缶のゴミ箱とかにハチが集るような場所だったら、100倍くらいのペースでハチが寄ってくるくらいこのバナナトラップ用の餌はハチを集める。
「そして、熊を始めとした野生動物も集まります」
「危険物じゃねぇか」
「なので、扱いは慎重にお願いします」
「おう……」
前世の世界のアメリカとかアラスカだと、観光のために熊をおびき寄せる餌としてハチミツとかを使った甘い餌をワザと気に着けておく悪い奴らがいて問題になってたらしい。
「これを怠るたわけ者が多いので、この手のトラップはちょっと風当たり強いです。使用後は必ず奇麗にして帰りましょう」
「わかった……熊は怖いもんな……」
「えぇ」
一応この辺りにはクマが生息していないということは確認しているけれど、万が一もあるしな。
ドン引きしている先生を無視して、再び前に出てくるアイ。
裏方は裏方なりに目立とうというのか、キリっとしている気がする。
「既に数時間前に数カ所、こちらのバナナトラップを設置しておりますので、ご案内いたしますね」
「頼む」
「準備良すぎだろ……。俺から頼んでおいてなんだが、どんだけ本気なんだよ……?」
あ?
どこまでも本気だが?
なんならアンタの息子より楽しむ自信あるが?
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