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鬱蒼とした森の中、1人の女性が倒れていた。
意識が無く、服装はヒラヒラした部分の多い、こんな場所には適していないと誰でもが思うであろうドレス。
容姿はとても整っており、中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジーであれば違和感が無いだろう。
しかし、彼女は日本人であり、生まれたのも現代日本……と似通った世界。
少女の頃からこの手の服装が好きだった彼女にとって、今の世界はとても窮屈だった。
だからこそ、人というものを遠ざけて、自分に都合の良い世界に入り込むようになってしまったのかもしれない。
自分の趣味を認めない者は、それが例え家族だとしても許さない。
彼女のそんな考えは、年を経るごとにどんどん強くなり、ついには血のつながった家族を全員魔獣の餌にしてしまった。
彼女は、その事を自分が自分であるために必要な事だったと考えているし、特に問題があるとも考えていない。
周りの人間もその事について、誰一人彼女に注意も批判もしなかった事がその認識を強めた。
もっとも、周りの迷惑を顧みないような危険な研究や活動を繰り返してきた者たちの中から、彼女に対して批判的な事を言わない者だけを選んでスカウトして来ている為、当然ではあるのだけど。
彼女とその周りの人間は、世間一般で環境テロリストと呼ばれる様な類の者たちだった。
そんな彼女たちが、今は全員意識の無い状態でこの森の中に無造作に転がされている。
「……んっ……え!?」
最初に目を覚ましたのは、彼女だった。
別にそうなるように決められていた訳では無いけれど。
この状況を作り出した人間は、既にやる事はやり切ったと考えているので、その後の流れに関してはそこまで興味がない。
見知らぬ森の中、朦朧とする意識が一瞬で覚醒する彼女。
普通の女性であれば、そこまでの反応はできないかもしれない。
けれど彼女にとって森の中とは、危険地帯という認識が出来ていた。
何故なら、自分でそうなるようにしたのだから。
危険な存在を野に放ち、自分を認めてくれなかった社会をグチャグチャにしてやろうと。
それがこの世界の、地球の為だと、自分の行為に酔いしれながら。
基本的に引きこもりがちの彼女にとって、野山がどうなろうと知った事ではない。
外に出る人間は、熊に食べられてしまえばいいとすら考えていた。
そんな場所で自分がいつの間にか寝ていたのだから、心臓が止まる思いだのだ。
「な……何が!?何故私はこんな所に……!?」
最後の記憶を思い出す。
確か、自分の考えに賛同してくれそうな……自分の事を肯定してくれそうな少年を引き込もうと話しかけて、その後暴力を振るわれたはず……。
親に打たれたことも、友達と喧嘩した事も無い彼女にとって耐えがたい痛みを感じて蹲っていたら、何かの機械がやって来て……。
そこまでしか記憶がない。
何かの薬で眠らされたのかもしれない。
「ひっ!?」
薬を使われたという考えが浮かんだ瞬間、彼女はまず自分の貞操を確認した。
しかし、服を脱がされた様子もなく、痛みも無い。
不思議な事に、あの少年に叩きつけられた際に折れていた筈の歯まで元に戻っている。
どうやら何かされたという事はないようだとわかり、とりあえず胸をなでおろした。
この時点では、まだそんな事を考える余裕があった。
「いったい何があったのでしょう……?」
自分のとりあえずの無事を確認した彼女は、今度は状況を把握しようとする。
周りを見れば、彼女が集めてきた部下たちが倒れていて、起きている者は1人もいない。
このままでは、あの魔熊の子孫が出てきた場合はもちろん、他の野生動物にすら勝てない。
彼女も貴族ではあるので、攻撃魔術を使う事は出来るはずだが、もう何年も引きこもっていた彼女に魔物との戦闘が可能かというと、彼女自身の認識ですら疑問だった。
なので、手近な男を叩いて起こす。
「起きなさい!」
何度か叩くと、男が目覚めた。
確か、彼女の作ったハンター部隊のリーダーだったはずだ。
彼女はその人物自体に興味は無かったので、名前は憶えていない。
ただの道具だ。
「どこだここは!?……お嬢様!?いったい何が!?」
「落ち着きなさい!今はとにかく、この場にいる者たちを起こすのです!」
魔物がいるかもしれない場所で、これだけの人間が固まって意識を失っている事の危険性。
その位、彼女にも理解ができた。
自然を破壊する人間なんて、魔熊に食べられてしまえばいいと宣っていた彼女がどの口で、という考えが口から出かかったリーダーだったが、彼はその言葉を飲み込んで指示に従う。
窃盗で捕まった前科があり、真面な職に就くことが難しい彼にとって、犯罪行為だらけではあっても湯水のごとく金を稼げるこの頭のおかしな女の部下でいる事を辞めたくは無かったからだ。
全員を起こして確認すると、誰一人としてこの状況を理解できている者はいなかった。
最後の記憶は、皆、あの施設で少年を待ち伏せていた辺りで終わっている。
突然息が苦しくなり、意識を失ったというものだ。
結局何もわからなかったが、それはそれとして今は自分たちの安全を優先する必要がある。
その場の全員が持ち物を確認した所、武器の類は何も持っていなかった。
ナイフの一本すら無い。
頼れるとしたら、貴族である彼女の魔術と、平民の中では比較的魔力が多いとはいえ、満足に攻撃魔術を使える程ではないハンターたちの肉体強化のみ。
目が覚めた段階でほぼ全員が最悪の事態になっているのではと頭に過ってはいたけれど、それが現実として認識できてくると、どんどん恐怖が膨らんでいく。
ぴんぽんぱんぽーん
そんな彼らの不安な雰囲気を無視するかのように、機械的な音声が響いた。
『全員目が覚めたようですね』
スピーカーから響いてくるようなその音は、機械特有のノイズのようなものが混ざってはいたけれど、無駄に渋く良い声だった。
「誰ですか!?私たちをどうするつもりでなのです!?」
彼女は、溜まらずそう尋ねる。
自分にこのような仕打ちを行った許されざる存在かもしれない相手に一言ぶつけたいという気持ちもあった。
『ただの執行官です。今は、このアトラクションの管理者でもあります』
変わらず落ち着いた渋い声で返事が来る。
どうやら、対話できる相手ではあるらしいと理解した彼女たちは、少しだけ落ち着いた。
まあ、その直後にまた慌てることになるのだが。
『では、これより、体験型懲罰房の説明に移ります』
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