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「質問なんですが、何故魔熊を更に強化して野に解き放つような事をしたんですか?しかも、ここに何度も戻ってきているようですし、ワザと外に出しているんですよね?」
「だって、人間の生活圏に出てきただけで駆除されてしまうなんて、熊さんが可哀想じゃないですか?」
「……ん?」
「だから、日本中の熊さんが、人間に狩られたりしない強い子になってほしかったんです!本当は、オスが良かったんですよ?種馬……いえ、種熊ですかね?その子にメスの熊を妊娠させればどんどん増えてくれたでしょうし。ですが、何故かオスは長生きしてくれないんですよね……。体が弱いのか生まれてすぐ死んだり、気が荒くて成熟する前に人間を敵に回して狩られてしまったり……。でも、女の子でも構いません!だってベアトリスちゃんは、待ちに待ったスーパー魔熊さんなんですから!今も彼女の産んだ子供たちがすくすく成長して、第3世代を繁殖できるまであと少しって所まで来ているんです!楽しみですよね!」
「……はぁ……?」
冷静に事情を聴きだしてしまおうと思っているんだけれど、10秒おきに張っ倒したくなるのはなんとかならないかな?
「その熊が本当に人を殺したらどうするんですか?どう責任を取るつもりなのですか?」
多分答えられても殴りたくなるだけな質問もしないといけない。
せめて、コイツが喋ることができるうちに。
「きっと皆さん最後にはわかって下さいます!人間は、自分たちがこの世界の支配者であると勘違いしていますが、実際にはそうではないのです。動物さんたちこそが、この世界にとって必要な存在なんですよ。だから、熊さんたちに殺される事も受け入れるべきだと思いませんか?だって人間は、自然を破壊する悪い存在なんですから。家畜として毎日理不尽に殺されている可哀想な動物さんたちに謝りながら、生活圏を返すべきでしょう?人間の住む領域なんて、今の10分の1くらいに縮小した方が良いと思いませんか?」
え?
思わんわ死ね。
っと、危なく口が滑る所だった……。
「でも、大川さんだって肉は食べますよね?なら、畜産に文句言う権利無いのでは?」
「私はヴィーガンです!野菜や果物しか食べませんし、繊維だって動物性のものは使いません!自然派なんです!」
ヴィーガンってなんだっけか?
草しか食わない人だっけ?
ベジタリアン?
「ベジタリアンなんですか?」
「ベジタリアンとは違います!あんな勘違いエコロジストと一緒にしないで下さい!動物さんたちの事を考えているふりをしているくせに、卵や牛乳、ハチミツなんかを平気な顔で食べる人たちなんて、血塗られた畜産業者と大差ありません!」
ヴィーガンとベジタリアンって仲間じゃないのか……。
ヒグマとグリズリーくらいの差しかないのかと思ってたけど、本人たち的にはそうでも無いのかな?
「いいですか?命は尊いんです!賢くて奇麗な動物であるなら猶更!痛みも苦しみも彼らは感じるんですよ?自然を破壊する人間が害して良いはずがありません!」
「なら、即死させた頭が悪い生き物なら食っていいのか?」
隣の地蔵が地蔵らしくない事を言う。
雪降ってる日に傘を貰ったらハムのギフトを届けて来そうな野性味あふれる発想で。
「良いわけがないでしょう?もう!やはりそちらのお地蔵様は、汚れた精神をお持ちのようですね!もっと慈しみの心を持ってください!」
「でもよ、アンタだって腹の中の大腸菌をブチ殺しながら生きてんだろ?ウンコなんてそいつらの死体と食物繊維の塊だしよ。大体野菜だって育てんのに一体どれだけの生き物の命奪うかすらわかってねぇのか?農薬使わないとしても害虫を手でつぶしたりしてんだぞ?そもそも畑を作る時点で相当な数の動物とか虫を殺してるはずだしよ」
ここしばらく、開拓村でパシリにされていた風雅。
聖女パワーでモリモリ作物を育てる聖羅がいない状態での農業の大変さを味わったであろう彼にとって、余りにも当然の疑問だったんだろう。
だけどよぉ、そういうまともな事言うと、こういう人はキレるぞ?
キレ散らかして、自分に都合の良い所だけ拾って言い返してくるんだ。
自分に都合の悪い部分は忘れて。
「まあ!なんて下品なのかしら!?そんなだから平気な顔で動物さんたちを殺して食べられるんでしょうね!」
「だから、アンタだって色んな命を奪って生きてんだから、ヴィーガンだっけ?そんな体に悪そうな生活した所で、別にいい奴にはなれねぇだろ。魔獣狩って食ってる俺と何が違うんだよ?」
「それは屁理屈でしょう!?私と貴方は違います!」
「ウンコしてる時点で一緒だって」
「下品な事を言うのは止めてください!」
ウンコネタ言ってるのに、小学生男子らしさがあまりしないのがすごいな……。
「大体よぉ、ここで飼われてる奴らは、アンタに感謝してんのか?少なくとも俺が見た感じじゃ、人間へは恐怖と憎悪しか持ってないみてぇだぜ?アンタ一体こいつらに何してきたんだ?」
「この子たちが私を怖がったり恨む訳がないです!健康を考えて動物性のたんぱく質を一切与えず、大豆プロテインで賄っているんですよ?皆大喜びで毎日餌を食べていますよ!」
「いや、そりゃ他に食いモンやらなければそれを食うしかないだろうしよ……。それに、そっちの熊はなんなんだ?別にここに愛着があるわけでもねぇっぽいのにここに2週間おきくらいで帰って来てるみてぇだし。躾か何かか?」
「ベアトリスちゃんは、頭が良いんです!自分の頭の中に爆弾を入れられていることも、私が1回説明しただけで理解してくれました!2週間以上ここに戻ってこなければ、その爆弾が爆発して死ぬことも!こんな賢い熊さんを貴方は殺しても平気なんですか!?悪魔め!」
「熊からしたら、頭の中に爆弾仕込んでくる奴の方が悪魔に見えるだろうな」
風雅のINTが明らかに高くなってる!
あの煽り耐性が無さそうなヤンキーみたいだった風雅が!
一見理性的で頭良さそうな見た目の女性相手に口げんかで渡り合ってるぞ!?
そんな2人のやり取りを傍観していた俺にクソお……大川さんのキツイ目線が向く。
変な思想さえなければ美人のお姉さんなんだけどなぁ……。
「犀果さんは私の味方ですよね!?貴方は、自然の中で生きてきた人!自然の大切さを誰よりわかっているはずですよね!?」
これはアレか。
議論で自分の意見を相手が肯定しない場合に、周りの人間を味方にすることで自分の意見を多数派にし、精神的な勝利を勝ち取るための行動か。
成程な……。
ある意味、とっても人間的な発想だ。
社会性が発達している動物じゃないとこうはいかない。
「もちろんです。大川さんの言葉には胸が打たれました。貴方は、とても素晴らしい考えをお持ちのようだ」
そう言って、右手を差し出す。
握手しようぜ?
「まぁ!やっぱり犀果さんは素敵な男性でしたね!私の想像通りです!」
そんな俺の手を喜んで両手で包む大川。
よし、これで間合いは十分だな。
俺は、右手で大川の右手首を握り、そのまま片手での一本背負いのような要領で彼女を……。
「うっせえんだぼけがああああああああああ!!!!」
「ひやああ!?ぼごっ!!!!?」
床にたたきつけた。
安心してくれ。
殺してはいないから。
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