484:
シャッターの先は、俺の予想に反して奇麗な物だった。
てっきり、死体から放出される腐臭とか、もしくは熊自体の体臭でとんでもないことになっているんじゃないかと思っていたのに、どうやらそう言う事は無いらしい。
むしろ、外と同じような匂いだ。
つまり、濃い緑の匂い。
フィトンチッドだっけ?
アレ。
もし悪臭でとんでもないことになっていないとしたら、もうそれは屋敷の人間に被害が出る一歩手前か、もしくはこの館の人間が何かの原因になっている可能性まで出てくるんだよなぁ……。
面倒な要素ばっかりが増えていく。
「風雅、OKU18の様子はどうだ?」
「特に変化はねぇな。お前が蹴破ったシャッターの音にも反応した感じはしなかったぜ?かなり地下深くにいるのを感じるぞ。外からはわかりにくいが、ここはかなり地下に向かって深く建物が続いてるっぽいな」
「そうか……。あと、蹴破ったんじゃない。ノックと言え」
そこ重要だぞ?
風雅の言った通り、地下へと続く通路は、中々の長さがあった。
真ん中に階段が作ってあるけれど、左右は緩やかな坂になっていて、それがカーブを描いて大きく螺旋状に地下へと向かっていく。
坂の部分にタイヤの跡がついているから、そこそこ大きめの車両が通る場所なんだろう。
下りきるのに、俺と風雅が流しながらとは言え走って1分も掛かったんだから相当だ。
これさぁ……どう取り繕っても普通の家にある地下室じゃないよな?
でっかいロボットが隠されているか、バイオなハザードを発生させるために作られた施設クラスじゃね?
ここで俺や風雅、なんなら熊が大暴れした所で、こんな施設にいる奴が一般人の訳ないし、被害に関しては心配する必要がないだろう。
……それくらいかな良い材料は……。
「こんなに深く降りてきたのに、全く息苦しくないんだな。暑くも無ければ寒くも無い」
「それって重要なのか?」
「重要だ。空調が完璧に動作しているって事だから。かなり深い所まで行くって聞いた時点で、下の方の酸素濃度が低かったりしないかとひやひやしてたんだよ。それなのに、地下何メートルなのかわからないけれど、こんな深くまで温度も酸素もしっかり管理されているんだから、ここは間違いなく現在も稼働している施設だし、何かしらの秘密にしたい目的があって作られたもんだろうって予想もできる」
「なんだ?もしかしてよ、俺も大試も窒息する可能性もあったのか?」
「なんなら毒ガスで中毒死する危険性もあったかもなー」
「おまえよぉ……いや、もういいけどよ……」
螺旋状の下り坂が終わった。
そこに待っていたのは、大きなシャッターだ。
俺はまたノックをする。
何度でも言うぞ?
ノックだ!
ガシャーンって音が鳴って頑丈そうなシャッターがベコベコになったけれど、ノックなの!
「このシャッターも熊によってボロボロになっていたみたいだな」
「すげぇな熊って」
「自然の神秘だよな」
「自然ねぇ……?」
シャッターを越えて中へと進むと、想像していたような研究施設のような場所では無かった。
「なんだここ?動物園か何かか?」
「よくわかんねぇが、やけに生き物が沢山居やがるな」
長い廊下に面したガラスの窓から覗ける幾つもの部屋の中には、様々な生き物がいた。
鹿や猪、狐やら狸やら、日本に生息している野生動物が、まるで『展示』でもされているようだ。
「ようこそ犀果さん、私の動物園へ」
俺達がこの異常な施設に困惑していたその時、声が聞こえた。
声の主の方を見ると、かなりの美人と言えるような女性が立っていた。
服装は……なんというか、フランス人形みたいなヒラヒラがいっぱいついたドレス……って言えばいいのかな?
現代の人間だと、よっぽど勘違いした人しか着用しようとしないであろうそれ。
コスプレかな?
「俺の事知ってるのか?俺はアンタの事知らんけど」
「存じていますよ。とっても素敵な野生の世界からやってきた男の子ですよね?」
「野生の世界……」
そう言われても仕方ない場所だけれど、自分たちでそう言うならともかく、他人から言われると腹立つな……。
「なぁ大試、コイツぶん殴っちゃだめか?」
「地蔵が初手暴力は止めろよ……」
「フフフ、そちらの方もかなりワイルドな方のようですね?」
ワイルドか?
単にイライラしてるだけだと思うぞ?
この状況と、仕事が長引いていることに。
「貴方たちがここに来た理由については察しがついています。ベアトリスちゃんの事ですね?」
「ベアトリスチャン?」
「えぇ!黒くて奇麗で、とても賢い熊ちゃんなんです!」
「あぁ……?」
やっべぇ……。
相手の年齢は、見た感じ25歳くらいだろうか?
そんな女が、「熊ちゃん」って何となくあざとい感じで言ったのがイラっと来た。
幼児と理衣くらいしか許せんぞそのノリは。
大人が子供に対して言うようなものではなく、自分を小さい女の子に見せたいがためのアクションに見えた。
ただちゃん付けするだけじゃなくて、自分を可愛く見せようとするためのちゃん付けだ。
キツイ。
キツイ事を自覚して、恥ずかしがりながらやるのであれば俺的に大好物ではあるけれど、真正は無いわ……。
「俺たちは、牧場や農場に被害を出している魔熊を追ってきたんだ。この奥にいるのか?」
「えぇ!それがベアトリスちゃんです!貴方たちも、実際に見たら好きになってしまいますよ?だって……」
勘違い女がこちらをまっすぐと見る。
その瞳には、善意が溢れていて、とても気持ち悪かった。
「ベアトリスちゃんは、賢くて尊い動物ですから!」
感想、評価よろしくお願いします。




