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「ここがそのOKU18の被害が最初に確認された場所だ」
何の変哲もない牧場。
乳牛を放牧している広大な土地の片隅で事件は起こった。
この農場では、寒い季節を除いて牛舎の扉を解放しているらしい。
牛は、搾乳されたくなったり、屋根のあるところで寝たくなったら戻ってくるそうだ。
牛が好きに生活することでストレスを可能な限り軽減し、それによって美味しい牛乳を採るというのがこの牧場の売りらしい。
俺は、その辺りの理念に全く魅力を感じないけれど、そういうのが好きな人には人気があるんだとか。
そんな牧場の片隅で事件が起きた。
ある日の明朝、職員が出勤して最初の仕事である敷地内の見回りをしていると、牛たちが1カ所に集まっていた。
普段はのんびりしている筈の牛たちが、その時はやけに警戒心をあらわにしている事に気が付いた職員が、他の職員たちもつれて調査してみると、どれだけ探しても放牧地の柵の中にいる牛の数が足りない。
耳に着けられているタグの電波を頼りに探してみるとどうやら敷地外にいるようだとわかり、仕方なく捜索へ。
不思議な事に、放牧地の外側を囲む柵自体には破壊された痕跡はなかった。
ただ、一部に土で汚れたような跡が見つかったが、いくらなんでも牛がその柵を乗り越えるわけがない。
全員が不思議に思いながらも探し回り、そして見つかったのは、牧草畑の真ん中で腸を食い破られ、そのまま埋められていた牛だった。
その行動から熊の仕業であると判断され、すぐさま保健所へと通報。
やって来た調査員たちが出した答えは、『非常に巨大な、恐らく魔物になった熊が、人目に全く触れず、柵も壊さずに牛1頭を悠々と持ち去ってここまで持って来た』というもの。
それを聞いたときに、当然農場の職員たちは戦慄した。
柵も何もかも突破し、その上で人に察知される事すらなく巨大な乳牛を持ち去れるような魔獣が周辺にいるなんて悪夢でしかない。
今回は、たまたま家畜がターゲットにされただけで、いつ人間が標的にされるかわかってモノではない。
もちろん、こんな調子で牛を殺されていては商売の継続すら危ういというのもあった。
そのため、保健所に熊を駆除できないか問い合わせてもやけに行動が遅い。
1週間後、保健所に見切りをつけた牧場主が自費で猟師を雇って警戒に当たってもらった。
しかし、そのまま2カ月が経っても最初の一頭以降被害が出ることはなく、周辺で熊が目撃されたという話も全く聞かない。
一体どういうことなのかと思いつつも、件の熊がいなくなってくれたのなら幸いだと考えて猟師との契約を打ち切った次の日、2度目の被害が出た。
今度も同じように牛が一頭柵を乗り越えて持ち去られ、デントコーン畑の中に埋められていた。
恐怖を感じた牧場主が保健所に必死に問い合わせても、『調査の内容は極秘事項となっています』との回答がされるのみ。
なんなら、『この事については、口外しないようにして頂きたい』とまで言われる始末。
やはり保健所は当てにならないと考え、インターネットを使って同様の事件が起きていないかと調べた牧場主が見つけたのは、「忍者熊」という決して人に見つかることなく家畜を食害していく熊の存在。
半径数百kmの範囲内で類似の事件を起こしているらしく、それでも未だにその姿すら見られていないという奇怪な熊がいるという事だった。
「っていう事があって、最近はうちもセンサーで大声が出る地獄の番犬君という商品を10台も買って設置しているんですよ。痛い出費でしたが、それ以来被害は出てませんねー」
「へぇ……あ、このプリンめっちゃ美味いです」
「こっちのアイスもうめぇ!」
「ますたぁ!このソフトクリームもおいしいよ!」
「はぁ……全く、そんな浮ついたもんで喜びおって……。玄人はチーズスフレじゃろ!」
被害にあった牧場にきて、そこの代表であるって言うおばさんに話をきいてたら、牧場で出してる製品をモリモリ出され始めたため、食べながら話していた我々一向。
牛のストレスだの、農薬を使わないなんちゃらだのには全く興味が無いけれど、やっぱ乳製品はうめぇなぁ……。
そのまま1時間ほど乳製品を思う存分振舞われた後、俺たちは席を立った。
「ありがとうございました。どれも美味しかったです」
「いえいえ、私たちも誰かにこの話をしたくてうずうずしていたんですよ。いつまでたってもあの熊が駆除されたという知らせもありませんし……。少し前に、それの子供らしい熊が駆除されたかもなんて話がネットで流れていましたけれど、それも本当かどうか」
「大変ですね……」
牛を食われた上に、まだまだ被害が出るかもしれない状態が続いているんだから、そりゃ困っているだろうなぁ。
そういう商売だから仕方ないといえば仕方ないんだろうけれども。
「それでは、俺たちはこのままその熊を駆除しに行きますね。ではまた!」
「はーい、がんばってくださ……え?駆除に?」
さて、風雅を馬車馬の如く働かせるか。
栄養も補給したしな。
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