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「ここで言う氾濫とは、魔物が魔物の領域を出て、人の領域へとやってきてしまう現象のことです。本来であれば、魔物が増えすぎ生息数の限界を超える事で起きる現象ですが、この熊たちの場合は違います。自分の求めるものが人の領域に存在することを知り、それを求めてやってくる。魔物と人類の関係として、最も質の悪い厄介な物でしょう。何より問題なのは、この件で被害者になるのが、魔物対策を行う貴族やハンターではなく、普通の生活を行っている一般市民であることです」
魔獣に限らないけれど、野生動物への対応は大変なのよね……。
家も毎年魔獣駆除でアレだけ苦慮しているし……。
その魔獣が、自ら進んで人の領域へとやってきてしまうとしたら、それはとても厄介だろうなぁ……。
自然魔力が豊富な魔物の領域から通常魔獣は出てこない。
人間を積極的に襲うとはいえ、わざわざ人の領域へと日常的にやって来るようになるとしたら、それはもう人類の日常が終わることを意味する。
つまり、魔獣との全面戦争。
殲滅戦の始まり。
はぁ……ソフィア……大試くん……この会議が終わったら一緒にご飯食べたいなぁ……。
「魔獣の繁殖ペースは、通常の野生動物を遥かに凌駕します。通常のツキノワグマの出産数は、1度に2頭程度であることが多いですが、魔獣化した個体の場合、一度の出産で6頭ほどであると考えられています。そして生後半年もあれば妊娠出産できるようになるとされています」
随分とポンポン生むのね……。
それだけ増えるならうちの裏山が魔シカだらけになるのも仕方がないのかもしれない……。
大試くんに膝枕してもらいながらソフィアを胸の上でお昼寝させたい……・
「OKU18とされる個体の被害が最初に確認されたのが今から約10ヶ月前。そして現在までに、OKU18が起こしたと考えられている被害が確認されている地点が……こちらです」
そう言って、ステージのスクリーンに大きく地図が表示された。
あちこちに赤い点が表示されていて、私には法則性が見つけられない。
……随分と広い地域で被害が出ているのね……。
「この被害地点が全部同一個体だと考えた場合、OKU18は一晩に500kmも移動したことになります。これは、いくら魔獣であると言ってもまず考えられない距離です。そこから考えられる答えは、既にこのOKU18は、繁殖を行い、2世代目が誕生していると考えられます。因みに、各地点付近で撮影されたOKU18の特徴と一致する行動を行った熊の画像がこちらです」
地図に変わって、スクリーンにいくつもの熊の画像が表示された。
どれも同じ熊にしか見えないけれど、あの説明からすると別なのかしら?
「現場に残されたDNAによると、この画像の熊達は、合計で7頭も存在していることが判明しました。1頭が元のOKU18であり、残りの個体は全てOKU18の子供です。雄が1頭に、雌が5頭。そして、これら私達農業高等学校の調査結果を参考に、地元の有志たちによって行われた大掛かりな駆除活動の結果、雄1頭だけが討伐され、他の個体は全て逃げ延びています」
討伐されたらしい熊の画像が表示される。
その画像からですら、恐ろしいほどの迫力を感じさせられるその威容。
もし私に魔術による戦闘ができない一般市民で、こんな熊と山の中で出会ってしまったら、ソフィアを吸わないと気が狂ってしまいそうね……。
「この際、ハンターが3人死亡し、14人が重軽傷を負っています。恐らく、この7頭の中でもっとも力の強い個体がこの雄だったであろうと推測されているので、他の個体と戦闘になったとしても同様の被害がでるという訳では無いと思いますが……」
「雄が討伐されたなら問題ないのでは?」
痛ましい表情の畠山さんの発表を遮り、男子生徒が立ち上がって話しだした。
表情から察するに、性格は悪そうね。
「貴方は?」
「失礼、都立漁業高等学校生徒会長、魚沼 陵だ。雄の熊がいなくなったのであれば、繁殖スピードは下がるはずだ。妊娠出産をする期間が必要な雌と比べ、雌を妊娠させるだけで子孫を残せる雄が残っている方が厄介なはずだ。それが駆除されたというのであれば、残りは比較的戦闘力の低い雌だけのはず。ならばあとは簡単だ。残りの雌を駆除すればいい。雄よりも簡単に駆除しきれるはずだ」
とのことだ。
でも、そんな簡単な話ならここで議題になんてなっていないはず。
「だがしかし!」って反対意見を出させるためのサクラだとしたら優秀だけれど、そんな上等な人物ではなさそうよね。
「確かに、1頭の戦闘力という意味では、雄が最も強かったと思います。ですが、厄介さという意味で考えるのであれば、雌のほうが数段上です。何故なら、人間と戦って勝てると考えてしまった雄と違い、残りの6頭の雌は全て駆除隊の包囲網を突破するほどの知能と用心深さがありました。それに、熊の雄は子育てをしません。子供に生きる知識……つまり、人の領域に自分たちにとって魅力的な物があると教えられるのは、雌だけなんです」
あー……雌って困るのよね……。
魔鹿でもネズミでもそうだけど、とにかく雌は厄介なのよね……。
動物を駆除し切るのは難しいわ……。
学園内ですら毎年害獣や害虫の駆除を業者に依頼する立場だと、本当にうんざりするのよね……。
「強くて知能も高くて用心深く、それでいて人の領域に執着する魔獣。それが毎年1頭につき10頭以上の子供を生むとしたら?それら子どもたちに、人の世の魅力的な食べ物や施設について教えてしまったら?数年後には、私達と魔獣との関係は、全く違うものになっていることでしょう」
大変な話ね。
それはわかる。
わかるけれど、一つだけ問題がある。
それは……。
「恐らく、何故私がここでこんな事を議題に上げているのか、それを疑問に思っている方もいることでしょう。歴代の王学会で上げられた議題は、基本的に私達でも解決策が出せる物でした。それに比べ、私が上げた議題は、私達に解決策を出すことが非常に難しい物です」
そこよね。
通常ここで上げられる議題は、どれだけ派手な言葉を使っていたとしても、私達学生にも解決策が提示できる範囲のものなのに、今回のこれは限度を超えているわ。
担当するとしたら、それこそ王国そのものが主体になって動くものよね?
それに、運営委員会もこれを通したってことは、何か考えがあるんでしょうけれど……。
あ、ソフィアに餌あげたくなってきたわ。
帰っちゃダメかしら?
「もちろん、ここで議論することで解決策が出てくれば一番です。ですが、私は期待しています。熊を倒せる能力を持った方々にこの話が伝わるのを。今、このOKU18に関する情報は、非公開となってしまっています。非公開と決定した保健所の言い分はこうです。『国民の不安を煽らないように』『パニックを防ぐために』。魔獣の対処に出向いたことがない方特有の楽観的な方針であると私には感じられます」
ここにいる学生の中で、魔獣と戦える力がある、もしくはその力のある戦力を保有している貴族階級は少ない。
というか、殆ど私だけなのよね。
はぁ……つまりそういうことね?
周りから、数人の目線が刺さる。
今こっちを見ている数人は、将来出世するか、早死するかのどちらかでしょうね。
「去年、奥多摩の森の中で、本来そこにはいないはずの大型で強力な魔獣を単独で駆除した学生がいました。もし彼に話が伝わったなら、そして彼に正義感や危機感があったなら……」
畠山さんも等々こちらを見ながら話しだした。
あーあ……帰りたいわ……。
「私は、ヒーローを求めています」
彼女の期待通り、私が大試くんに話を持っていって事件が解決したなら、運営委員会の大人たちは恩を売れる。
逆に解決できなくても、学生の話なんだからとごまかせる、なんて考えているのかも。
それとも……派閥争いでも絡んでいるとか?
最悪の場合、その特殊な熊の誕生に貴族が関わっているとか……。
考えれば考えるほど厄介事だわ……。
嫌な話よね……物理的に叩き潰してやろうかしら……?
はぁ……どうしたものかしらね……。
「会長!」
なんて1人イライラしていると、演台のところに誰かが走り込んできた。
畠山さんの事を会長って呼んでいたし、彼女の学校の生徒会の人間かしら?
彼がいくつか耳打ちすると、畠山さんの目がどんどん開いていった。
驚愕しているっぽいわね。
何かしら?
「……えーと、皆さん。OKU18の娘と考えられている個体のうち、1頭が駆除されました」
あら、すごいわね。
でも、それにしては驚きかたがすごかったけれど?
「……最初は素手で生け捕りにされたみたいですが、その後馬に蹴られて死亡したそうです……。あと5時間ほどで、その個体の検死データが出るそうなので、今日はこれで解散し、明日会議を再開することにしましょう」
何その状況?
何が起こったらそんなことになるの?
そこまででも意味がまったく理解できないほどの驚きの内容だったけれど、まだ終わりじゃなかった。
多少放心気味に畠山さんが私の方を見てこう言った。
「駆除された場所は……犀果大試さんの家の庭だそうです……」
何が起こったの?
ねぇ!?
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