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本物の納豆菌は、アルコールで死ぬらしいです。
麹は無理。
でも麹は納豆菌にやられる可能性があるとかで属性バトル味あって好き。
「その日は、いつも通りの日になるはずでした」
教会長のおばさんがしんみりと、何かを思い出すように語りだす。
「いつもと同じいつもと同じ朝、いつもと同じ天気、いつもと同じ朝の務め。今日も変わらぬ日が訪れた事をアルテミス様に感謝しながら、信者の皆さまが来るのを教会で待っている時に、その御方は訪れました」
講堂に詰め掛けた人々がザワッとする。
余程この話に興味があるんだろう。
「『これを広めるが良い。さすれば、人々の暮らしがより豊かになるであろう』。唐突にそう告げたあの御方は、調理法を書いた紙と、これを私に手渡して去っていきました」
教会長が何かを入れた容器を持ち上げる。
それは、一見すると何の変哲もない食器のようで……っていうか食器だな。
ぶっちゃけお茶碗だ。
「おおおおおおおおおお!」
「本当なんだ!噂は本当だったんだ!」
大盛りあがりの人々。
何がそんなに嬉しいのか、その顔には驚きと喜びが溢れている。
ちょっと怖い。
「紙に書かれていたこの食品の名は、『納豆』。昨今、世界中で大人気のあの納豆です」
「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
そう、今ここで行われているのは、納豆の会だ。
アルテミス教会から広めさせ始めた納豆だけれど、すごいスピードで人々に受け入れられていった。
今まで食に対する喜びが薄かったこの世界のリバースヒューマンたちにとって、この納豆という突然降って湧いた食べ物は斬新で、あまりに刺激的だったらしく、俺の想定の100倍くらい熱狂した。
今では、この100万人がいる街の人間ほぼすべてが納豆を毎日食べているらしい。
塩すらかけずに食べている者も多いらしくて、もう俺の知る納豆の食べ方では無いけれど、それでも今までの食事と比べると雲泥の差を感じているのか、町中の屋台ですら納豆だらけになっている。
もうね、街中納豆臭い。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……」
「納豆美味しいですよ?」
「いや……ファンタジーの世界で、納豆だらけになるのはちょっとさぁ……」
「良いではないですか。私の大切な人間たちを滅ぼしたリバースヒューマンたちには、このくらいの感じがお似合いだと思います。いい塩梅ですよ。砂糖も醤油すらない納豆で喜んでいればよいのです」
「うっわ、慈愛の欠片もないな女神とか呼ばれてるアルテミス様……」
「神ではありませんからね私」
アルテミスによって姿を消しながら、この納豆の会を見学している俺達。
随分な騒ぎになっているのを確認してから現実に帰ろうと思って1週間。
その短い時間で100万都市に行き渡る納豆。
どれだけ食に乏しい状況だったのかが、この状況に如実に現れているな……。
「あの御方は、背中に少女を乗せていました。その少女をあの御方は、『アルテミス』と呼んでいました」
「アルテミス!?」
「でも、娘にアルテミス様の名前をつけるのは、割とありふれているよな?」
「あぁ!」
まあ、某宗教の信者が娘にマリアとかテレサってつけるようなもんだろう。
「ですが皆様、思い出してください」
慈しみすら感じる柔らかい笑顔で、教会長のおばさんは語りかける。
「私達を養ってくれているこの豆を与えてくれたのは誰なのかを」
再び納豆の入った茶碗を持ち上げながら。
「そして今回、その豆を美味しく食べる秘術を与えてくれたのが何者なのかを」
「「「「「「!」」」」」」
はっとしたような顔になる信者たち。
すごい感情表現豊かだけど、劇団員とかじゃないんだよな?
「まさか……!」
「いや……そう考えれば理屈が通るか……!?」
「そうよ!そうなのよ!」
信者たちが自分たちの頭の中で色々とストーリーを作り上げているらしい。
「私は、その時はっきりと悟りました。あの御方こそ、神であるのだと」
「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」
本当に劇団員じゃないんだよな?
「あの御方は、背中のアルテミス様にこう呼ばれていました。『サイハテ様』と。そして、自らを『タイ神』とお名乗りになっていました」
「サイハテ!」
「最果ての神!」
「タイ神様!」
「アルテミス様に様をつけられる程の存在なのか!?」
「いや!アルテミス様を背負っていたのだから、神の乗り物なのかもしれない!」
考察組が捗っているなぁ……。
「皆様」
それを沈めるような教会長の声が響く。
「本日は、あの神の姿を模ったタペストリーをここで公開させていただきます。教会の者たちが、私の記憶を元に作り上げたものですので、本物のあの御方たちには遠く及びませんが、あの御方たちに我々の感謝と信仰をお届けするのに役立つよう祈っております」
そう言って教会長が手を挙げると、後ろの壁に垂れ下がっていた白い大きな布が落とされた。
布の後ろに有ったのは、豪華な絨毯みたいなもの。
1人の男が手に茶碗を持ち、もう片方の手にもつ箸からは糸が引いている。背中に乗る少女も同じように手には茶碗をもっているな。
全体的に、デザインセンスはアステカって感じ。
「これが!私が見たあの御方!『納豆を齎す者 最果てから来た神 タイ神』です!」
「「「「「「わあああああああああああああ!!!!」」」」」」
「なんて力強いんだ!」
「それだけじゃない!神々しさがある!」
「納豆の香りが漂ってくるみたい!」
漂ってるもん。
すごいよ納豆臭が。
その後も大盛り上がりの講堂。
うん、とりあえずはもういいか……。
確認すべきことは確認し終えたので、アルテミスを連れて外へと出た。
「いやぁ……神かぁ……」
「神呼ばわりされた感想は如何ですか?」
「うーん……」
神って、なんか色々すごいことできそうで憧れはする。
するが……。
「納豆の神は嫌だな……」
「神性を集め続けたら、いつか常に納豆の臭いとヌルヌルを撒き散らすような存在になるのでしょうか?」
「嫌すぎる……」
「ご安心ください。犀果様ではなく、タイ神とかいう架空の存在に集まるようですし」
「逆にいうと、その架空の神が出現する可能性だってあるだろ?嫌じゃない?」
「……納豆菌ってどう殺せば良いのでしょうか?」
「さぁ……?」
今から考えておいたほうが良いかもな。
神殺しの方法。
因みに、アルコールでは無理です。
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