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「もう満足して頂けましたか?今のこの世界の住人たちは、地球に攻め込むような状態にはありません。これからもその状態を維持していこうと考えています」
「あぁ……うん……戦争という意味ではそうかもしれんけど……」
俺としてもその辺りは納得した。
星間戦争をするような状況にはなさそうだ。
仮に何かが神々の星とやらに攻め込もうとした所で、まず現実世界に肉体を用意し、そこから単身月から地球へやってこないといけない。
その時点でかなり可能なものは絞られるし、アルテミスが確実に把握できるだろう。
だから、戦争には発展しないと思う。
問題は……。
「この世界、足りないもんがあるよな?」
「足りないもの?なんでしょうか?」
「本当にわからないのか?」
「そうですね……チキン南蛮とか?」
「それは、アルテミスが今食べたいものだよな?いや、間違ってはいないんだけれど……」
「では、何が足りないのでしょう?」
「グルメだ!」
「グルメ?」
何いってんだコイツ?って顔でアルテミスがこっちを見てくる。
だけど、お前にだけはそんな事言われる筋合い無いからな?
「AIですら食欲に支配されてひっきりなしに食うようになったんだぞ?この世界の食事を何度か体験したけれど、美味いと思えるものが皆無だ。まず、どのメニューも何が原料なのか全くわからんもんだった。それが今日教会に行ってわかったけど、全部同じ豆だ!潰したり茹でたり炒めたり……しているのに味は一緒!というか、調味料はどこだ!?塩も砂糖もスパイスも殆ど感じられないんだけど!」
「あの豆を食べておけば、人間は健康に生きていけます。そうなるように作った豆です。完全栄養食なんですよ?」
「でも不味いだろ?」
「味なんて関係ありません」
澄まし顔で答えるアルテミス。
いい度胸だなお前……。
「じゃあ聞くけど、アルテミス。お前がもし、今後一切プリンを食べるなと言われたらどうする?」
「言った者を叩いてその指示を撤回させます」
「だろ?美味しいものを食べたいって欲求は、リバースヒューマンだろうが当然あるわけだ。なのに、この世界では現状それを満たせていない。これはまずい。もし俺が地球人類とリバースヒューマンで戦争を起こさせようと思ったら、過去の因縁とか領土的野心なんてもんを利用する必要すらない。『あっちいけば信じられないくらい美味いもんがあるぞ!』といえば、それだけでかなりの数の奴らが地球行きを希望するだろうさ。地球側だって、そんな人数を容易に受け入れられるほどの余裕があるとも限らない。そしたら起こるのは、文化と人種の摩擦ってわけでだな」
「そうでしょうか?本当に食べ物程度でそんなことになりますか?」
「……」
俺は、アルテミスがモシャモシャ食べているカラメルポップコーンを皿ごと奪った。
「何をするんですか!」
必死の形相で俺の方へと駆け寄る……いや歩き寄って皿を取り返そうとするアルテミス。
それが叶わないとみるや、ヘロヘロパンチを飛ばしてくる。
全く痛くない……。
可哀想なので、とりあえず皿を返してやった。
「これでわかったろ?食い物は、十分争いの種になる可能性のあるものなんだ」
「うぅ……そうかもしれませんが……酷いです……」
メソメソしながらポップコーンを食べるアルテミスを眺め、落ち着くのを待つ。
……30秒で機嫌が直った。
「確かにあの豆は、私に食欲というものが存在しない状態で創り出した物です。食べるという行いを覚えた今、あの豆では不十分かもしれません。それは認めましょう。ただ……」
彼女は悲しい顔をしながらスイートルームの窓から外を眺める。
手には、相変わらずポップコーンを持ちながら。
「今のリバースヒューマンたちに、野生種より弱くなってしまった美味しい植物や動物を作成するだけの力は無いでしょう。農業もまた、魔導科学に頼り切って行われていましたから。種子をばらまけば、肥料も水も何も無しに幾らでも育ち、収穫作業だけ行えば良いスーパー豆でもないと、彼らのお腹を満たすことはできなかったのです」
シリアスな顔してるけど、手はキャラメルでベトベトだ。
今気がついたけど、アイツがさっきパンチしてきたときに、俺のジャージにもキャラメル着いたみたいだ。
うわぁ……ベトベト……。
「その辺りはわかる。だから、豆をメインに据えたメニューを考えないか?」
「豆を?あんなに美味しくないのにですか?」
「正直に言いすぎだろ……まあそうだ」
「どのようにですか?この都市は、海からも離れていて、岩塩もこの地域では確認されていません。海辺の小さな漁村で作られる海塩に頼っている状態です。そのため大量には用意できないでしょう。香辛料も牧草もここでは満足に入手できませんし、化学肥料もありません。もちろん私が作ればいくらでも用意できますが、それでは彼らの為になりません。可能な限り、自分たちで食べるものは、自分たちで用意すべきです。それくらいできなければ、私の大切にしていた人類を滅ぼした事と釣り合いが取れません。豆を与えたのは、私の中ではギリギリの譲歩だったんですよ?」
「ああ、だから豆を加工しまくる。それなら問題ないだろ?」
「それで本当に美味しくなるのでしょうか?」
「さぁな。やってみないと正直わからない。何か使える物がこの街周辺にあるのかもわからないし、それが安定供給できるのかすらわからない。だけど、豆の加工品に関して言うなら、俺は結構自信あるぞ」
「何か経験がお有りなんですか?」
「多少な。それに、日本の食文化はぶっちゃけ豆だらけだし……。ただ、それでもキーアイテムとなるような物をアルテミスに作ってもらうことになるかもしれないから、それはよろしく」
「はぁ……多少であれば構いませんが……」
よし!
じゃあまずは麹からだな!
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