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「ぜはぁ……!ぜはぁ……!ヒュー……ヒュー……」
「大丈夫か……?」
「だいじょ……じゃ……ないで……ず……」
「まだ1kmくらいしか歩いてないのに……」
膝に手を当て、肩で激しく息をしているアルテミスを見下ろす。
特別なことなんてしていない。
本当に歩いただけだ。
「水作って飲め。多少は楽になるぞ」
「水……?水を飲むと楽に……?」
「多分……だけど甘いのはダメだぞ?スポーツドリンクならアリだけど……」
「えぇ……?甘いのダメなんですか……?すぽーつどりんくってなんでしたっけ……?」
この状態でも甘いものを飲もうとする根性には感心するけれど、限度ってもんがあるぞ……。
ミネラルウォーターのペットボトルをチビチビと傾けながら喉を鳴らすアルテミスを背負い歩く。
アルテミスを自分で歩かせていた時の10倍の速度で歩けているけれど、これは大体一般的な成人男性くらいの歩行速度だと思う。
早く移動しすぎて現地の奴らに不審に思われてもなぁというのと、背中で水をぶちまけられたくないからだ。
……100mくらい歩いた時点ですら本人も動揺するくらい疲れてたからな……。
「もう少し運動できるアバターにしとけばよかったのに……」
「貴方が見せてくれたリリアの最初の写真だとこのくらい華奢で儚げな体力ではないかと考えたのですが、まさか肉体を持って歩行するというのがここまで大変なものだとは思いませんでした……」
「まあ……足怪我した状態で歩くと、歩けることのすごさって実感するよな」
「それはわかりませんが、今私は貴方の歩行能力に尊敬の念を送っています……」
どうしよう……歩いているだけで褒められるなんて人生で初めてだ……。
そしてちっとも嬉しくねぇ……。
誘拐犯だと思われないように小脇に抱えたまま移動していたほうが、まだアルテミスが元気そうでマトモな組み合わせに見えたかもしれない……。
かなり時間をロスしたけれど、なんとか日が暮れる前に南大門へとたどり着けた。
見張りの人間はいるみたいだけれど、特に呼び止められることもなく街へと入る。
「……おぉ……」
「どうかしましたか?」
「いや、道を歩いている人たちの服装が、ファンタジーっぽいなぁと思って……」
「犀果様は、なぜジャージでこのようなところを歩いているのですか?」
「あの和室の電脳空間に入ったときにはこのアバターだったぞ?俺こんなジャージ持ってないんだけど……」
「気がついていないようですが、背中に『I LOVE AI』と書かれていますよ。大きなハートの中に」
「今すぐ脱ぎたくなった……」
なんて恥辱プレイだ!
「さて、もうすぐ真っ暗になりそうだし、今日のところはどこかで宿を取りたいけれど、この世界の通貨ってギフトマネー払いでいけるのか?無理なら一文無しだけれど……」
「この世界の通貨は、ドルナというものです。もちろん犀果様は持っていないでしょうから、ここは私が払いましょう」
「それは助かる。ありがとう」
「礼には及びません。幾らでも発行できるので」
「……造幣局の元締めか……」
この電脳世界の創造主様はやりたい放題だな……。
その後、街行く人達に話を聞いて、この街一番の宿へと向かった。
すごい高い建物で、大体50階建てくらいだろうか?
このファンタジーな雰囲気にはあまり似つかわしくないくらいの高さだけれど、受付の人に聞いたこのホテルの成り立ちを聞いたらそこそこファンタジーだった。
ってか、外観からするとSFだった。
だった見た目は完全に宇宙船だもん。
「当ホテルは、女神大戦の頃に落ちた空飛ぶ船をもとに作られているんです」
「空飛ぶ船?ってその前に女神大戦って言いました?」
「はい。女神大戦をご存知ありませんか?」
「あー……俺達2人共田舎から出てきたもんでね」
「左様ですか。女神大戦とは、3000年前に起きた女神による大災害のことです」
「大災害……」
「それによって、人類が当時扱っていた技術の多くが失われ、現在ではアーティファクトとして限られた物が残るのみとなってしまいました。当ホテルもその中の一つではありますが、船としての機能はもう残っていないそうです」
「へぇ……」
なんか……スケールの大きなトラブルが起きた世界なんだな。
「もし女神大戦やアーティファクトについて興味があるのでしたら、明日にでもアルテミス教会へ行くことをおすすめします」
「アルテミス教会?」
「はい、慈悲深き我らが創造主であるアルテミス様を祀っています。荒ぶる女神ストゥルベルと冷酷なる女神ラピリカの慈悲無き災禍から我らをお救いくださったのもアルテミス様であると言われており、教会へいけばその神話を説法して頂けますよ」
「ストゥルベル……ラピリカ……」
なんか……聞いたことがあるような無いような……。
「まあいいや。空いてる中で一番いい部屋を頼みます。ベッドは2つ以上で」
支払いは、その慈悲深き想像主様が行ってくれるらしいから、どうせなら良い所に泊まろう。
因みにそのアルテミス様は、よっぽど疲れたのか、俺の背中によだれ垂らしながら寝ている。
1kmの散歩でこれとか、チワワよりも弱そうだ……。
「でしたら、スイートルームをご用意できます。ですが、本当によろしいのですか?費用はかかりますが……」
そう言って受付の人が見せてくる額は、確かに桁が多い。
だけれど、この世界の通貨のレートがわからないからなぁ俺には。
頼むぞアルテミスマネー!
「大丈夫です」
「かしこまりました。それでは、お部屋へとご案内いたします」
そして案内されたのは、地面に対して垂直に突き立った宇宙船の艦橋だったと思われる場所だった。
床は後から自分たちで作ったんだろうけれど、アニメの宇宙戦艦のブリッジの中身みたいな機械とかがいっぱい見える。
それ以上に、窓からの見晴らしがすごいけれど。
「お食事はどうなさいますか?」
「あー……2人分お願いします。背中のこの娘も多分そのうち起きて食べだすと思うので……」
「では、お部屋へお運びするように伝えておきますね」
「お願いします」
案内してくれた受付の人を見送ってから、背中のアルテミスをベッドに降ろす。
……おぉ、アルテミスがベッドに沈み込んだ!
ふかふかなのか何なのかわからないけれど、高級感がすごいな!
俺もちょっと隣のベッドで試してみるか!
……あれ……?
いや確かにすごいふかふかなんだけれど……俺はもっと硬いほうが好きかな……。
「……んっ……あえ……?ここはどこですか……?」
「ホテルのスイートルーム」
「……まさか!?私が美しすぎるせいで犀果様の野獣が大暴れしてしまい、私を眠らせたうえで行為に!?」
「人聞きの悪いこと言うな」
「あたっ!?」
とりあえずデコピンしておく。
おでこを手で抑えながら涙目になるアルテミス。
目が覚めたようなので、気になっていた事を聞いてみるか。
「なぁ、女神大戦って何のことか知ってる?」
「女神大戦?それは、ストロベリーとピリカが大暴れして、この世界の科学技術を破壊し尽くした事件のことですね」
「……3000年前らしいんだけれど」
「えぇ、時間を加速させておきましたから、そのくらいは経っているでしょう」
「そうか……。なぁ、リコの家族ってどうなってんだ?」
「家族?……あぁ、リバースヒューマンの皇族たちですか?当然全員亡くなっていますが?」
「そうか……」
そうかぁ……イチゴたちが暴れたのが神話になっている世界かぁ……。
いったい当時何が行われたんだろうなぁ……。
聞きたいような、怖いような……。
「ところで!」
俺が戦々恐々としながら、もう危険は無さそうだし帰ってもいいかもな……って考えていると、目尻に涙を残したまま、アルテミスが飛び起きた。
あれだけ死んだように寝ていたのに、元気なことだ。
「ホテルのスイートルームということは、豪華なご飯がついているのでは!?」
「まあ……そうかもな。この世界のホテルをよく知らんから何ともいえないけれど」
「楽しみです!あんなに疲れたんですから、きっとご飯は美味しいはずですよね!?データ上では、そう感じると記録されていました!」
「かもな」
だけど、その30分後に運ばれてきた食事は、現実世界のビジホで食べる半額弁当よりも味気なくてがっかりしたアルテミス。
この最高のホテルの最高の部屋でこんな食事が出てくるということは、この世界の食文化は……。
そんな俺の考えを伝えたらアルテミスが絶望してしまいそうだったので、俺は現実世界の美味しい食べ物をアルテミスに伝え、アルテミスがそれを再現してニッコニコて食べるというループへと戻った。
でもなアルテミス、月の名物料理とか聞かれても、俺には何も応えられんぞ?
食材は石か?
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