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イカ釣り大会が終わった。
王都の軍港に集まった者たちが、貴族も一般市民も関係なくイカフルコースを堪能していた幸せな時間。
だがそれも永遠には続かない。
人の胃袋には限りがあるし、釣りとは案外体力を使う行為だ。
そのため、食べにやってきた者たちも、釣りをしに来た者たちも、日付が変わる前には家路につく。
今も残っているとしたら、祭りの運営スタッフの一部と、会場や道路で人々を誘導している軍や警察の方々だけだろう。
頑張ってくれ!手伝いはしないが!
というわけで、俺もうちに帰ってきた。
出かけたときよりも、1人増えた状態で。
怪談かな?
「おかえりなさいませ皆様」
「ただいま、アイ」
玄関で出迎えてくれたアイに挨拶を返す。
事前に帰る時間を伝えておいたので、待っていてくれたらしい。
ついでに、今日から1人住人が増える事も伝えてあるので、多分もうリコの部屋も用意できているだろう。
うちの頼りになるメイドたちは、何故か俺と子供を残そうとすること以外は信頼できるんだ。
ほんと、そこ以外はすごいんだ……。
「皆様、潮風で髪や肌にダメージを受けていることでしょうし、お風呂は如何ですか?既に準備は整えておりますので」
「今日は疲れたから私は大試と入る」
「入らねぇから皆と一緒に入れ聖羅」
「むぅ……」
「今日は入浴剤を入れても良いのでしょうか!?」
「リリア様、本日は温泉を直に入れる日ですので、入浴剤は必要ございません」
「まぁ!楽しみです!フルーツ牛乳の用意もお願いします!」
「かしこまりました」
釣りに行った面々が大浴場へと向かう。
酔っ払いたちは、千鳥足だけど大丈夫だろうか……?
「リコ!シオリが案内してあげる!」
「ありがとうございますシオリ先輩様!」
新たな住人のヒエラルキーは、どうやらシオリの後輩という位置にあるようだ。
まあ、この家の中で最年長クラスだからなぁシオリは……。
太古の時代から残っているAI勢とか、人外を除けば……。
「犀果様、入浴の前に少しばかり時間を頂けないでしょうか?」
「ん?」
俺も男湯に行こうと歩き始める直前、アイから待ったがかかった。
なんだろう?
普段からあまり表情が変わらないけれど、今日は更にシリアスが顔だ。
やっぱり、襲撃してきたリコをそのまま泊めるのはまずかっただろうか?
でも多分大丈夫だと思うんだよな。
だって、アイツがキレた所でこの家にいる奴らの大半はリコと同じくらい強いし、何より本人がもう俺達に害為す気がなさそうだ。
もちろん、すこしでもこっちに攻撃を加えようとするなら、その時点で排除するけども。
「実は、新型のVR機器が完成したので、それをテストして頂けないかと」
「VR?ゲームか何かできるのか?」
「まだそこまでは……。現段階では、電脳世界に作られた架空の空間で、現実世界と変わらない感覚を体験できるだけです」
「それすごいな……。風呂の後じゃダメ?」
「是非今すぐ来て頂きたいのです。実は、そこで会わせたいものがいまして……」
「会わせたい?」
なんだろう?
アイが俺に誰かを紹介するなんて珍しいな。
どうしてそこまで急かされているのかわからないけれど、アイがそういうならそうするべきだろう。
「わかった」
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
そうして案内された先は、アイの私室だ。
量産型アイたちとは別に与えられているオリジナルのアイ本人の部屋だ。
入るのは初めてかもしれない。
「この中にて実験を行っていただきます」
アイが扉を開く。
中からは、意外と言っては何だけれど、女の子っぽいアロマな香りが漂ってくる。
中へと入っていくアイに続いて、俺も扉をくぐった。
「こちらが、新しく完成したVRヘッドギアです」
「ゴーグルとかじゃなくて、ヘッドギアなのか」
「はい、映像を目で見て3Dに見せるというものではなく、脳波を介して電脳世界にダイブするタイプのものだとご理解ください」
「おぉ……SFっぽい……」
ワクワクするタイプのやつだな!
俺は、手渡されたヘッドギアを早速頭につけた。
「ダイブ中は、現実の肉体は寝ているような状態となりますので、予め安全な場所で横になることをおすすめします。ここであれば、是非こちらのベッドをご利用ください」
「ベッドね、わかった」
言われた通りベッドへと向かった俺だけれど、それが目に入って少し立ち止まる。
「なぁ、YES・NOまくらがおいてあるんだけど……?しかも2つ……両方YESで……」
「誤解です。それはYES・YESまくらです」
「……まあ、いいか」
「さぁ、お早く」
気にすることを止めた俺がベッドに横になると、その隣にアイも横たわった。
それを感じたのと同時に、一瞬にして寝落ちするかのように意識が暗転する。
気がつくと、そこは畳の上だった。
和風家屋というか、そこまで狭くない茶室といった雰囲気だろうか?
そこに、正座で座っている。
本当に、現実に体験しているような感覚だ!
これいいなー!
これ使ってロボットゲームとか作ってくれないかな!?
「もし?」
俺が科学の力ってすげー!って思っていると、正面から声がかけられた。
誰かが移動してきた気配は無かったから、俺が気が付かなかっただけで、既に人がいたんだろうか?
声の主に反応するべく、前を改めて見る。
そこには、出会った頃のリリアさんが座っていた。
「あれ?リリアさん?」
「成程、貴方がリリアに良くしてくれている方というのは本当のようですね」
「んん?」
どうにも話が噛み合わない。
言動からすると、リリアさん本人ではないんだろうか?
リコみたいに、リリアさんのコピーの1人だったり?
「申し遅れました。私、月の生物シェルターの管理を任されているAIで、アルテミスと申します」
細く儚げな少女の姿で、そのAIは俺に頭を下げる。
「犀果様、このアルテミスはリリアマニアの変態なのでご注意を。リリア様が好きすぎて、見た目もリリア様になった程なので」
「美しい姿に憧れるのは当然の思考では?」
「その姿になろうと思わなければそうかもしれませんが、貴方の場合はサイコパスな雰囲気があります」
いつの間にか横にいたアイにドン引きされながら、アルテミスはちょっとハァハァと興奮していた。
怖い。
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