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今年もイカ釣り大会は大盛りあがりだ。
それもそのはず。
今年の優勝賞品が、ガーネット家がその技術の粋を集めて作ったリール、トゥインクルスター1だからだ。
今までガーネット家が提供してきた商品は、ほぼ間違いなく超高級なものではある。
しかし、そのどれもが賞品用としていくつか作られたものであり、世の中に数人の持ち主がいる。
それに比べて、このトゥインクルスター1は、史上初めてガーネット家が『一点物の傑作』というコンセプトで作り上げたリールだ。
それはつまり、釣りマニアたちにとって、血で血を争ってでも手に入れたいと考えるほどの物だ。
恐ろしい……あまりに恐ろしい……。
この大会は、釣りという手段を使って行われる戦争となっている。
「まあ、俺はいらんけどな。釣具屋でセールになってるリールで十分だし。なんならリールがついてない竿でも良いわ」
「ホント都合良かったわ。アンタみたいに、トゥインクルスター1の魔力に目が眩まずにいられる釣り人なんてそうそういないもの」
「そんなもんかねぇ……」
「そんなもんよ。特に貴族なんて、自分のモノを自慢したくてしょうがない奴らが多いんだし、目の色変えているんじゃない?そういう貴族に売りつければ、報酬も唸るほど貰えるでしょうしね」
「報酬ねぇ……その割には、皆チーム参加じゃなくて個人なんだな。絶対チームで参加したほうが有利だろうに」
「イカ釣り大会じゃないけれど、ワカサギ釣り大会でチーム参加で優勝した奴らが、報酬を巡って仲間割れして、会場の湖の氷を赤く染めた事件があったのよ。それ以来、よっぽどのことがない限り、皆チームでは参加しなくなったわね。禁止ではないけれど、本当に信頼できる相手を用意できない限り気が気じゃないもの。で、アタシの場合は、一点もののリールに興味がなくて、信頼していて、一緒にチームを組んでも良いかなって思えるような相方が丁度良くいてくれて、本当に助かるわ!」
そう言って笑いながら竿を振っているリンゼ。
会話中にもガンガンイカを釣り上げている。
そのくらいしないと、もはやレジェンド級とも言われている王様のペースには追いつけないからなぁ……。
俺達2人がかりでもそれっていう恐怖。
「まあリールはいらないけれどさ、他の報酬はもらうぞ?」
「わかってるわよ。何が良いか考えておきなさい?」
「うーん……。じゃあ、1週間毎日キツネ耳つけてくれ」
「……え?いや、いいけど……何!?そんなんでいいの!?」
「リンゼ、お前は自分の事をたまに過小評価しているよな……。お前がキツネ耳をつけたら、それはもう女神なんだぞ?十分すぎる報酬だ」
「どうしよう……アタシ、そんな女神像知らないわ……」
いんだよ俺が女神だと感じるんだから。
お昼になった。
未だに白熱したイカ釣りが続いているけれど、このペースだとなんとかあの王様にも勝てそうだ。
普通サイズの魔イカがガンガン釣れているのもあるけれど、王様は、淡々とその普通サイズの魔イカを一人で両手で竿を1本ずつ持ちながらスポンスポン釣っているのにくらべて、こっちは普通サイズ狙いのリンゼと、大物狙いの俺で役割分担をしている。
これがなかなか上手く行っていて、ダイマオウイカの小さいやつが何匹か釣れたことでリードが確定的になった。
後は、このペースを維持できたらなんとか優勝できそうだな……。
「乾杯じゃ!」
「ニャー!」
「ふむふむ、にんにくを効かせたイカもわるくないですねぇ」
「あー!この一杯のために生きてますねー!ルージュさん!チューハイおかわり!」
「300GPだ」
「シオリ!イカフライには醤油だと思う!」
「おいひいれす!」
俺達が釣り上げたイカがみるみる消費されていく。
理衣が頑張って料理してくれているけれど、消費する側が規格外過ぎて追いついていなかった。
そのため、ソラウも手伝いに入ってなんとかバランスが取れたようだ。
しかし、流石にプロでもなんでもない理衣にこのペースを維持して料理をさせるのは可哀想だな……。
「ぜぇ……ぜぇ……大試くん……イカ……消えていくんだけど……」
「ありがとう理衣……しばらく休んでくれ……」
ビーチチェアに倒れ込んだ理衣に労いの言葉をかけておく。
よくやった!頑張った!正直ここまで手早く料理できるほど上達しているとは思ってなかった。
きっと相当頑張って練習したんだろう。
生徒会の仕事で忙しかっただろうに……。
これで次の生徒会長は決まりだな!
もっと忙しくなるかもだが!
それはそれとして、調理担当を用意しないと、あの宴会しかしてねぇうちの奴らが文句言い出しそうだな。
……まあ、文句言い出したら、『お前らで料理しろや!水着すごく似合ってるぞカスが!』って言ってやりゃいいか?
「たいしー、練習に使っていいならイカ料理するよ〜?」
「娘と一緒なら手伝ってやるぞ!」
「お?」
その時、考えてもいなかった援軍がやってきてくれた。
魔王とエリザの親子である。
さっきから屋台が大賑わいで忙しそうだったのに、気がつけばもう屋台が折りたたまれて片付いてしまっている。
「どうしたんですか?思う店じまい?」
「作ってあったカレー、全部なくなっちゃった……」
「想定の3倍の量を作ってきたんだがな!半分の時間で無くなった!」
「すげぇ……」
大会参加者でもないのに、経済活動という観点で見れば、明らかにこの人たちは勝者だな……。
「料理してくれるならありがたいです。そこら辺にあるお酒とかも飲んでいいんで、是非是非」
「じゃあまずはシーフードカレーかな!?」
「ここは敢えてカレーと全く関係無いものでも良いかもしれんぞ!」
キャイキャイと仲よさげに調理を始める魔王親子。
仲直りできて良かったなぁ……。
……ところで、アンタ魔族の領域にいつ帰ってんの?
いっつもカレー作ってない?
「……ふふ」
「ん?リリアさん、どうかしました?」
「いえ、友人が楽しそうで、つい笑みが溢れただけです」
「あー。そうですね。楽しそうだ」
「はい!やはり、親と仲良くしていられるのは、子供にとってとても幸せなことだと思いますから」
「……そうですね」
物心付く前に実の親のもとから離れ、義理の親とも離れて暮らしているリリアさん。
彼女からしてみれば、こういう光景は眩しく見えるのかもしれない。
「カレー味のイカもおいしそうですし……あ、よだれが……恥ずかしい……」
食欲が勝っている可能性もあるが。
「……ほんと、知らないって怖いわ……」
隣のリンゼがそう呟く。
何のことかと思って目線をやると、説明する気は無いとばかりにだんまりになった。
リリアさんに関して、俺が知らない重大な原作要素でもあるだろうか?
正直、俺の中でリリアさんは既にただの食いしん坊キャラなんだけども……。
「……あれ?」
そんな事を考えながらも絶えず釣りをしていた俺。
大物狙いの1mもあるルアーを引っ張り続けていたけれど、リールがいきなり重くなった。
これは……大物だ!
「リンゼ!なんかすごいのかかったっぽい!」
「よくやったわ!これでアタシたちが確実に優勝よ!」
「釣れればな!」
「是が非でも釣りなさい!」
もちろんやるけどな!
ゴツいリールをゴリゴリと巻いて引っ張っていく。
ものすごく重いけれど、引けないほどじゃない。
つまり、根掛かりではないようだ。
それにしたって、神剣で強化されまくっている俺の力でここまで梃子摺るなんていったい……!?
「大試!なんか浮いてきた!」
「おおお!何だあれ!?」
油でベタベタな手のまま俺にしがみつくシオリが言う通り、海面が盛り上がって何かが浮上してくる。
なんだ?ダイマオウイカか?魔皇クジラじゃなければいいなぁ……。
「……ちょっと、アンタなんてもん釣ったのよ……!?」
その浮き上がってきた存在を見て、リンゼが戦慄している。
俺にはまだあれが何かわからないけれど、リンゼにはわかるらしい。
でっかい目が見えるけれど、シルエットがダイマオウイカではないようにみえる。
でも、イカではある気がする……。
「リンゼ!あれってなんだ!?」
「あれは、ダイマオウホオズキイカよ!イカのくせに炎魔術を使ってくるわ!それも、神性持ちを除けば最強クラスの!オンラインゲーの方に出てきたボスキャラ!」
「はあ!?なんでそんなもんがルアーに食いついてんだよ!?これどうすりゃ良いんだ!?倒すか!?」
「それしかないわ!あいつが魔術を使う前に!」
「わかった!」
片手で竿を持ったまま、空いている方の手に雷切を持つ。
多分電気ならイカに効果高いだろ!?
「らいき……」
ドオオオオオオオオオオンン!!!
俺が、ダイマオウホオズキイカに雷を落とそうとしたその瞬間、上空から何かが落ちてきて、イカの巨体を貫いた。
その余波で大きい波が発生し、ギリギリ上陸はしなかったけれど、水しぶきが辺り一面に舞い上がる。
危なく軍港内にいる人達に被害がでるところだったわ……。
「なんだいったい!?」
俺は、上空を見上げる。
イカを貫いたその何かが落ちてきたであろう場所。
そこに、白く輝く何かがいた。
「……なんで、アレがここに出てくるのよ……?」
隣の凛世のつぶやきが聞こえる。
この感じだと、相当ヤバい相手なんだろうか?
ダイマオウホウズキイカよりも?
リンゼのその戦慄の表情を合図にしたかのように、その白く輝く何かが段々下りてき始めた。
次第に大きくなるその白いもの。
段々とその形がみえてくる。
「アレは、人か?」
「女じゃな」
「自意識過剰な光り方してるニャ」
「ふむふむ、自意識過剰だとあんな光り方を?」
「んなわけないですよぉ!アレです!酔ったせいで光ってるんですよ!エルフならよくありますし!」
「え〜?でもあの人エルフなの〜?」
「違いそうだぞ!どっちかっていうと人間だ!カレー屋の勘がそう言っている!」
マイペースにアホなことを話す酔っぱらいたち。
そんな中で、2人だけは趣の違うことを口走った。
「あれ……私がいる……?」
1人は、自分と同じ姿の少女が空から舞い降りてくる事実に驚愕しているリリアさん。
そしてもう1人は……。
「あのリリアおっぱい小さい!」
視力がよくて言っちゃいけないこともまだ良くわかってないシオリだった。
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