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ゴールデンウィーク。
この世界の貴族にとってそれは、そこそこ長い休日を意味する。
実家が管理する地に戻り、イベントごとを消化する毎日を送ることになるため、多くの貴族たちにとっては休みでもなんでもないわけだが、俺にとっては関係ない。
もちろん、家族に会いに実家には帰ろうと思っているけれど、それはそれとして休日を堪能しなければならない。
今日は、日課のランニングや素振りを休んで寝坊してやるんだ。
なんて思っていたのに習慣とは怖い物で、まだ暗い時間だというのに目が覚める。
はぁ……睡眠から目が覚めてしまったのならば仕方がない。
今日も真面目にランニングと素振りをするか……。
そう決意し、自分の中のもっと寝ていたいという弱い気持ちをぶん殴りつつ目を開ける
「目が覚めたか?」
「…………」
そこには、深淵が、漆黒が広がっていた。
いや、正確には広がっていない。
ただただ深いその闇に吸い込まれそうな、コールタールのような瞳が目の前にあったんだ。
「……美須々さん、何で俺のベッドに入っているんです?」
「我が宿主が、非常に不満に思っていることがあるからだ」
「不満?……って、今宿主って言ったか?」
「左様」
なんだ?いつもの美須々さんと大分雰囲気が違うぞ?
「美須々さん、でいいんですよね……?」
「体はそうだ。しかし、我が宿主、そして歴代の宿主たちは皆眠っている」
「えーと……つまり貴方は何者なんです?」
「ヒル子だが?」
「ヒル子……ヒルコ!?」
「何を驚いている?」
「いや、ヒルコって、あの時倒したはずじゃ!?」
神社の地下に封印されていたヒルコ様。
それを抑えつけていた美須々さんを助けた時に、ヒルコ様の方は消滅したはずなんだけれど……。
「もちろん、我の体は消え去っている。しかし、こうして宿主の人格の1つとして存在しているに過ぎない」
「えぇ……?そんな訳わからない状態なんだ……」
「左様」
「左様って……」
そういや、美須々さんってヒルコ様のせいで神性持ちだった。
だったらこういう無茶苦茶もあるのか……?
「それで、不満って何のことなんですか?」
「うむ。折角アイドル事務所編があったのに、我が宿主の出番が少なかったことが悲しかったそうだ」
「何ですかアイドル事務所編って……」
「アイドルネタなら自分がもっとお主に構ってもらえると思っていたのに、そうじゃなかったからな」
「いや、事務所設立してる時って、俺は殆ど美須々さんに付きっ切りでしたよね?アイドルちゃんと違って、着ぐるみ脱いで相対できるからって」
「もちろんお主の視点からするとそうだろう。だが、これは神の視点での話だ」
「神か……」
それじゃあもう何も言えんわ……。
俺にはわからない次元の話だもん……。
「まあ、ちょっとまだ状況は飲み込めていませんけれど、具体的にはどうしてほしいんですか?何か希望があってヒル子さんはここにいるんですよね?」
「然り。我が宿主は、アイドルお忍びデートネタというのをご所望だ」
「何ですかそれ……」
「アイドルがお忍びで男と出かけて楽しむ定番のネタだ。知らんか?」
「知ってますけれど……」
「それをしたいらしい」
「えぇ……?つまり、美須々さんと出かければいいって事ですかね?」
「そうなる。だが、今我がお主と話している事を我が宿主たちは知らない。我が表層に出てくるのは、宿主たちが全員寝ている時だけと制限を受けている故。此度も、少ない機会を活かしてこうして陳情に来た。我としても、これ以上宿主たちがグチグチ頭の中で愚痴を言い合っているのを聞き続けるのも忍びない。是非、連れ立って街にでも行き、遊んでやって欲しい」
目の前の暗い目の美須々さんは、そう俺に告げて部屋を出て行った。
本人の言葉を信じるのであれば、ヒルコ様……ヒル子という人格がいて、それとは別に主人格が存在し、アイドルお忍びデートができれば、その主人格の不満が和らぐんだそうだ。
うん、よくわからん……。
「まあ、アレが何かの悪戯だとしても、本人がそれを希望しているということだろうし、本当に別人格なんだとしたら、それはそれでちゃんとしたアドバイスなんだろうから、誘ってみた方が良いか……」
お忍びデートかぁ……。
そんなん、どこ行けばいいんだ?
アイドルの女の子が変装してこっそり行きたがる場所なぁ……。
うーん……。
業界人……業界人……。
とりあえず、ランニングと素振りをしながら考えるか。
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「美須々さん、ザギンでシースーしません?」
「え?しーすー?ざぎん?なんですかそれ?」
朝食時に本人に確認した所、遊園地に行くことになりました。
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