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ルーファス・オーゲン・ドレクスラーにとって、この世界は退屈だった。
モデルとなった世界では、彼はとても重要な役割に抜擢されていた。
日本という国への潜入工作員にして、それと同時に主人公の幼馴染という。
彼は、素質のありそうな外国人の元へ送り込まれ、そして本国へとスカウトしやすいように絆を結ぶという目的のために育てられた元孤児だ。
人を騙すことは、彼にとって仕事であり、使命であった。
そうであると学んできたし、体に刻まれている。
しかし、物語の中の彼は、主人公に対して本当に友情を感じるようになってしまった。
それを工作員を監視する立場の人間に見抜かれ、本国に送還される事に。
いきなり帰国となると目立ってしまうため、貴族に殺されたという事にされる。
本国へと帰還した彼は、日本での知識を活用することで作戦立案をする立場を得ることができた。
だが、その時にはもう既に何もかもが嫌になっていた彼は、敵も味方も、日本もドイツも、それ以外の国々も滅んでしまえと世界を呪う存在となり果てていた。
死んだはずの幼馴染が、闇落ちして黒幕として復活する……それが、本来の彼の役割だった。
では、外国にそんな工作員を送り込むような余裕がない世界であればどうか?
「うっわ、マージであいつら王女様暗殺しようとしたのか!ウケる!」
役割の無い人間なんて、自分で新たな役割を見つけでもしない限り、碌なことにはならない。
物語では、裏でとんでもない事を繰り返していた彼も例外ではなく、この世界においてのルーファスとは、目の前の箱を利用して他人を唆す事で何かをさせ、その事実にニヤニヤと厭らしい笑いをこぼすだけの存在だった。
「……王女様暗殺かぁ……。大した力も無い平民でそんな事を成そうなんて、どんなバカがそんな事を考えるんだ?チャットで話している時点で思い込みが激しそうなバカだと思ってたけれど、ここまでとは思わなった。あー楽しかった!」
見た目だけは、ゲームに出てきただけあってイケメンだ。
しかし、その目は淀み、過去の話とは言え、主人公の幼馴染の親友ポジションに収まる様な男には見えない。
とはいえ、何か大きな事件を起こせるような器も無い。
ただただ、周りの誰かを嘲笑することで、何者でもない自分が何者かに成れた様な気になっているだけだ。
自分でも、とても卑しい行為をしているという自覚もあるが、今更それを改めるつもりにもなれない。
どうせ、自分はこの世界の主人公になることなどできないのだから。
適当に学校に行って、適当に遊んで、適当に女を作っているのがお似合いの男、それが自分であると、この世界のルーファスは考えている。
学校の成績は、中の下。
孤児であるのは原作と変わらないけれど、この世界のルーファスは、簡単なアルバイトと福祉関係の補助金によって、孤児院から独立していた。
普通であれば、褒められるべき行為だったのかもしれないが、一人暮らしをすることで、誰に注意される事も無く、ただただ下らない行為に身を任せるようになってしまったのは失敗だったのかもしれない。
彼のために叱ってくれる者が、もう彼の身近に1人も残っていなかった。
「でも、その暗殺を止めた奴もいるんだよなぁ。カッケー。きっと今自分の事、この世界の主人公だって調子乗ってんだろ?そう言う奴の泣き顔をみてぇなぁ……。って、暗殺しようとしたバカの姉かよ!?しかも、そのまま王子と婚約だぁ!?なんでそんな派手な事に……。クッソ!もう、次のターゲットコイツにすっかな!?」
成功したとしても、失敗したとしても、多少の嫌がらせにはなるだろう。
将来王妃になる様な女にとって、多少なりとも汚点があるのは歓迎されないだろう。
そう考えるだけで、ルーファスはこれからどんな悪さをするかアイディアが浮かんでくる。
楽しみだ!
彼は、頭の中でそう叫んだ。
ボロアパートな為、大きな声を出せば容赦なく周りから壁や床をドンドン叩かれる。
流石に直接叱られる事は無いけれど、それでも喜ばしい事でもない。
そんなつまらん事には気を付けているにも拘らず、冗談半分で暗殺計画なんて作り出すルーファス。
『周りが勝手に俺の作戦を模倣してやっただけ、俺は悪くない』
それこそが、彼に道を誤らせた発想だった。
ドンドンっ
その時、玄関のドアをノックされる。
相当な力なのか、ノックなんて生易しい音では無かったが、まあそう言う失礼な者も世の中にはいるんだろう……。
その程度に考え、ノックは無視して居留守を使う事にしたルーファス。
しかし、次の瞬間……。
ドゴンッ!!!!
激しい音と共に、パソコンに向かうルーファスの横をドアが飛んで行った。
そう、ドアが飛んで行ったのだ。
全く予想していなかった事態に、ルーファスの頭が固まる。
「邪魔するぞー」
その隙に、男が入って来た。
ルーファスと同年代かちょっと年上に見えるその男が、ルーファスに無断で入り込んでくる。
少しの間惚けていたルーファスだったけれど、その事態で一気に本能が警戒アラートを鳴らし始めた。
「ルーファス・オーゲン・ドレクスラーだな?」
「…………!」
自分の名前、それもフルネームを知っている。
尋常の者では無いのだろう。
しかし、夕日を背に背負って無遠慮に部屋に入り込んできたその男は、ルーファスには後光がさしているように見えた。
もしくは、天使とはこういう存在なのではないだろうか?
そんな考えも頭に過る。
「ダンマリか……イチゴ、コイツで間違いない?」
『高確率で正解だと思う♡』
「よし、じゃあ先に捕まえた奴らとも約束しているし、同じ痛みを味合わせてやるか」
目の前の男が何を言っているのか、ルーファスにはわからなかった。
次の瞬間、両腕を斬り落とされて、両足の腱も斬り捨てられたことで、激しい痛みを覚えた。
それが、否が応にも自分を現実に引き戻す。
「ぎぃいいい!?なんだ!?なんでこんなことを!?お前一体なんなんだよ!?」
「お前を捕まえに来たんだよ。日本からな」
「日本!?なんでそこの男がドイツに!?こんな事をしてタダで済むと思ってんのか!?」
「お咎めなんて無いさ。もう話はついているし。それよりも、まだ斬り落としただけだから血を止めないとな……。あ、ガーゼや包帯なんて用意してないから、このまま断面を焼くぞー」
「あああああああああああああああああ!!!!!!?」
これからルーファスは、地下空間に新築したの収容施設に向かう事になっている。
その事実をもし教えられていれば、ルーファスは絶望して命の灯を消していたかもしれない。
けれど、痛みと混乱の極致にいる彼は、残念ながら意識を失う事すら許可してもらえない。
何者なのかもわからない異国人。
しかしルーファスには違う物に見えただろう。
死神だ……と。
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