426:
胃が痛い。
これから私は、確実に嫌な目にあう。
それを承知でこの場所にやって来たのだ。
でも大丈夫、胃薬ならある。
飲んだうえで胃が痛いんだけれども。
私の名前は、ベティーナ・フォン・ニッケルス。
由緒正しきニッケルス伯爵家の長女にして、ドイツ空軍の中佐。
あ!今、大佐とか准将じゃないのか?とか思ったでしょ?
中佐って偉いんだぞ?
しかも、私まだ20歳!
竜騎士のエースパイロットだからね!
もう空飛ぶ魔獣をバッサバッサと倒しまわり、地上の魔物なんて瞬殺よ瞬殺!
その私の胃が既に瞬殺されている。
相手は、相当な腕を持っている。
全方位自分の足を引っ張る様な奴らの世界でのし上がる人たちが今日の対戦相手だからなぁ……。
コンコンッ
「ニッケルス中佐、入ります!」
扉を開けると、そこは伏魔殿だった。
「よく来たな中佐」
「は!」
「ふふ……今のは、『よくも顔を出せたな』という意味でしょう?」
「は……はぁ……」
「おー怖い怖い。これだから事務方から昇進した男は……」
「そう言う貴様らも、似たような事を考えているからここにいるのだろうに」
「あ、俺は何も考えて無いぞ?強いて言うなら、早く帰りてーって事くらいだな」
「貴様はもう少し考えろ」
「……グー……」
「おい、そこのイビキをかいているバカ女を誰か叩き起こせ」
五芒星と呼ばれる、現ドイツ軍最高幹部たち。
陸・海・空・街・建のそれぞれのトップがここに集まっている。
陸軍は、人口密集地を除いた場所を広く担当する地上部隊。
海軍は、海岸線を中心に防衛する海上部隊。
空軍は、私たち竜騎士や、ウィッチと呼ばれる箒や絨毯に乗って飛べる者たちで構成された航空部隊。
街軍は、それらが暴走しないように目を光らせつつ、市街地を担当する地上部隊。
建軍は、土木工事のスペシャリストである工兵部隊。あの寝てる女の人もそこで、多分この前起きた洪水の復旧作業で大忙しなんだと思う。
なんでそんな偉い人達が集まっている所に私が来てしまったかというと、私が失態を犯してしまったからだ。
いや、私じゃなくても同じ結果になったとは思うけれど!
「貴官がここに呼ばれた理由はわかるな?」
「は!先程の出撃に関することだと愚考いたします!」
「その通りだ」
それ以外無いよねー。
だって、私はエリートだ。
今までこれと言って大きな問題を起こしたことも無く、成績は常にトップクラス。
自分で言うのもなんだけれど、顔も良い!
だから民衆からの評価も高い。
軍人募集のポスターに採用されるくらいの美人だからね!
胸もデカい!
そんな私がお偉いさんたちに呼び出される程の問題なんだけれど、それはもう途轍もないもので……。
「確認するが、先ほど貴官が上げた報告は、真実なのだな?」
「は!私の知る限りの全てを報告いたしました!」
「……俄かには信じられんな」
それは私が言いたい!
「改めて、ここで簡単に説明してもらえるか?」
「は!ドイツ時間で正午ジャスト、海側の防空識別圏外縁部に突如未確認飛行物体を確認!その後、ドイツの国境の上をなぞるように飛行を開始!10分後、我々空軍第3部隊が出撃!5分後、肉眼で補足しました!威嚇のために私の駆るワイバーンにブレスを撃たせましたが、全く意に介さずに飛行を続けたために戦闘を開始!しかし、対象は全ドラグナーを振り切りながらも、何故か戻ってきて反撃してきました!その弾丸に込められていたのがこれです!」
私は、透明なビニール袋に入れられた赤く染まったタオルを袋から出す。
「……これは?」
「は!ペイント弾の中身です!」
「イチゴの香りね……イチゴソースかしら?」
「いえ!香りだけで、成分はただのペイント弾でした!」
なんでイチゴの香りなのかは、もちろん私にわかるわけがない。
誰か説明してほしい。
「それにしても、ワイバーンで編成された竜騎士隊が振り切られたばかりか、一方的に攻撃を命中させられるとは……」
「敵は、それほどまでに速かったってことか?」
「そう……ですね……。このような動きをしていました」
私は、上手く説明する手段を思いつき、手元に置いてあったレーザーポインタを手に取る。
そして、何も映し出されていないスクリーンに向かってレーザーを当てる。
「どういうことだ?」
「このような動きをしていたということです」
そのまま、レーザーを縦横無尽に動かす。
「……無理じゃろ、有人機でこの動きは」
「私のカテリーナちゃんでも無理ね」
カテリーナちゃんとは、空軍大将の愛騎であるワイバーンの名前。
真っ白で、歴代最速と呼ばれているすごい子だ。
ただ、今回の相手と比べると、カテリーナちゃんの機動なんて止まって見える。
だって、減速もせずにいきなり垂直……いや、鋭角に曲がっていくんだもん。
稲光に見えなくもない頭がおかしい動きしてた。
「でもよ、実際に奴はこいつらを悠々と無傷で突破したんだろ?」
「そうなるな。そして……こうなっている訳だ」
さっきのスクリーンに、王城の前の広場が映し出された。
物々しく魔術師や兵器が輪になるように集まっている。
ただ、その囲んでいるはずの相手は、何故か映像に映っていない。
光学的な物すべてが、そこにある物を捕らえられていない。
まあ、肉眼では見えるんだけれど、それは多分あっちが見せてくれているってだけだと思う。
だって……。
「それで、ペイント弾で撃たれた後、そのまま姿を消して、次に補足した時には、王城の前庭にいたと?」
「は!幻のように掻き消えました!」
本当に一瞬で消えた対象。
何が起きたのかと思って数分探していたら、いきなり緊急入電で城まで飛べと命令された。
やってきてみれば、さっきの対象が王城の正面に堂々と着陸しているもんだから血の気が引いたよ……。
でも、相手はそこで攻撃してくるわけでもなく、ただ「日本からの特使だ。会談の要請はしていた筈だが?」と通信を送って来た。
「確かに日本からそういう知らせは届いていたが、本当にアレは日本の物なのか……?」
「伝説の神器とでも言われた方がまだ納得もできるのう……」
「ありゃ無理だ。俺達に出来る事なんて何もねぇよ。帰って寝ようぜ」
「そうもいかないでしょう……。頭が痛い話ね」
「……スピー……」
「まだ寝ているのかその女は……」
本当に、何が何だかわからない。
この人たちは、まだ自分で戦った訳では無いからいいけれど、私なんてもう本当に夢か何かかと思ったし!
「示威行為だろうか?」
「かもな。だけどよ、そこまでする程の事ってなんだ?征服でもしようってのか?」
「態々日本からこんな所までやってきて?ありえないと思うわ」
「海も空も魔境。そこを越えてこんな所まできてものう」
「だが、実際にアレはここに来ている」
「『会談』をしにね」
「その内容ってなんなんだ?」
「なんでも、我が国の人間が、あちらの王女を暗殺するように、インターネットを使って男子学生を扇動した事について、だそうだ」
「本当かどうかはわからねぇが、本当ならキレてんだろうし、本当じゃないとしたら、そんな雑な捏造ネタでやってくるような碌でもねぇヤツって事になる。どっちでも、嫌な話だな……」
仮にあの機体と戦ったとして、我が軍は勝てるんだろうか?
無理だと思うな私!
だって、既に包囲した状態から何発も撃ったバカがいたけれど、それでもどういう理屈なのか全く効いてないし!
歴史ある王城自慢の噴水が流れ弾で砕けただけだった。
それを見て、王妃様は気絶したらしいよ。
大変だね。
ははは。
はぁ……。
「貴官はどう見る?勝てそうか?」
「確実に無理だと考えます!」
「そうか……。わかった、下がっていいぞ」
「は!」
ドキドキの会議から抜け出せるらしい。
やったね私!
クビかもしれないけれど、あんなのの相手してらんないもんね!
あーよかった!
始末書で済めばいいなー!
「王女が言う通り、やはり会談を行う必要があるか……」
「では、ニッケルス中佐のワイバーンに乗せて近づけますか?」
「……気は乗らんがな……。だが、相手を刺激しないためには、美しい女性を送り込む方がリスクは少ないだろう。相手が男か女かもわからんが……」
「じゃあ、2人とも水着姿にでもして送り出すか?案外簡単に許してくれるかもしれねぇぞ?ハハハ」
「一理あるのう……」
「それで済むなら、いくらでもそうするんだがな……」
「……競泳水着……むにゃむにゃ……」
なんて怖い話が部屋から出る直前に聞こえた気がするけれど、気のせいだよね?
もう帰ってキンキンに冷えたビールを飲みたい……。
感想、評価よろしくお願いします。




