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『では、次はそこから南へ50m程森の中を進んだ地点で敵を待ち伏せてください。2分後にやってきますよ』
「は……はぁ……。了解しました……?」
桜花祭が始まってしまった。
何故かはわからないけれど、私は1年生の中でも最精鋭の人たちを引き連れて少数でマップ内を走り回っている。
大将の水野さんは、あれだけ私を裏切者認定していたっぽかったのに、何故か私に協力的になってくれた。
それ自体は、非常に……非常にありがたいんだけれど、正直平民の私がこの立場にいるのは、とても肩身が狭い。
ゲームの時であれば、平民出身の主人公が、貴族の大物ルーキーたちを引き連れて縦横無尽に会場を走り抜けて戦果を上げる展開にも疑問なんて持たなかった。
でも、いざ自分の身で体験するとなると、ここまで胃に悪い事も無いんじゃないかと思ってしまう……。
「隊長、何かありましたか?」
「ひっ!?……いえ、大丈夫です。命令に従いましょう」
私に付けられた1人であるイケメン貴族の御長男様が、私が少し考え事をしただけでも目ざとく気がつく。
御免なさい……。
その他の面々も、当然大物貴族の家の人たちだ。
私だって、仮にも主人公キャラの体なんだから、育てていけば強くなるし、今だって十分学園の平均値よりは上だと自負している。
でもさ?
ゲームの展開と違って、私はこの方々と何の交流も無いんだ。
入学式で会話を交わしたとか、廊下でぶつかったとか、家族からの心無い言葉に泣いている所を目撃してしまったなんてイベントもクリアしていない。
つまり、ほぼ他人!
そんな平民に引き連れられている彼らの心情は、如何なものなんでしょうかねぇ……?
私の止まらない冷や汗の事は置いておくとして、大将の水野さんの指示もすごい。
なんでこんなに敵が来る場所が的確にわかっちゃうんだろう?
ゲームだと、もっと自分が前にガンガン出ていくタイプで、智将キャラじゃなかったはずなんだけれどなぁ……。
そこら辺もゲームと変わっているのかな?
相手の行動を読んで先回りしていくこの感じは、実際に体験すると手品にでもかかったような不思議な気分になるなぁ……。
「…………」
配置について、息を殺して獲物が来るのを待つ。
森の中なので、ある程度相手の通る場所は予想が立てられるけれど、流石に私には姿も見えない場所から敵の動きを予測するなんて無理だなぁ……。
でも、やれる人は本当にいるようで。
(来た!)
これで何組目だろう?
桜花祭が始まってからまだ15分程しか経っていないけれど、私たちは既に30人ほど相手を退場させている。
今目の前にやって来た5人も、もうすぐその数に加わるだろう。
私は、小さく手を上げて、攻撃用意を指示する。
後ろの精鋭たちがそれに従い、各々武器を構えた。
(行って!)
私が手を振り下ろすと、風のように皆が躍り出る。
相手の2年生か3年生の先輩方は、一瞬驚いたような顔をしたけれど、反撃する事すらできずに光の粒子になって退場していった。
「隊長、目標の殲滅を確認しました」
「隊長の敵の配置予想が的確過ぎて、簡単に狩れますね」
「ちょっと、隊長がすごいってのはアタシもわかるけれど、油断してたら返り討ちにあうよ!」
「わかっていますよ。油断なんてしません」
「そうそう!なんたって、敵には化け物がウジャウジャいるんだからな!」
はい、何故か皆私を尊敬の目で見てくるんです。
確かにこんなキャラたちがいたなぁと私の記憶にも蘇ってくるけれど、名前ももうあまり思い出せない彼ら。
私よりよっぽど魅力的なキャラクターで、尚且つ仲間としてしっかりハマって組み合わさっている感じがすごい。
それに引き換え私は、水野さんの天才キャラっぽい指示に従って部隊を動かしているだけ。
そりゃ、ゲームだとプレイヤーってそういうものかもしれないけれどさ?
自分も1キャラクターとして存在していると考えると、ネトゲなら寄生行為って見なされそうだなぁ私……。
なのに、なんで皆そんな好意的な目で見てくるの……?
『樹里さん、次は北側から回り込むように進んでください。大きな杉の上で敵がこちらを待ち構えていますので、逆に遠くから全員で魔術を叩きこむと良いでしょう』
「あ、ハイ」
なんなの?
貴方には何が見えているの?
FPSで、マップ上に敵が表示され続けるチートを使っている人みたいな能力でもあるの?
すごいなぁ……。
アニメとかゲームでこういう事されると、いやいやそんなん無理でしょって言いたくなっちゃうけれど、現実にやっているんだから文句のつけようも無いよね……。
『それと、もう一つご報告しておきますが、開始直前に倒されてこちらへと転送された貴方の弟……いえ、元弟でしたね。彼がまた敵陣の方に向かったようなので、一応伝えておきますね』
「あー……ハイ」
そう、私は、実家から離れることになった。
あっというまに、私の名前は『樹里・ガーネット』になってしまった。
すごいスピードで事が進むから未だに現実感が無いけれど、どうやら王子様は本気で私を婚約者にするつもりらしい。
ここ数日、王太子妃教育とかいってとんでもないブラックな内容のレッスンを毎日受けている。
それと比べると、今こうして森の中を貴族の皆さんを引き連れて走り回っているのは、まだ楽なイベントかもしれない……。
いや、どっちも大変だけども。
『戦況報告。我が方の損耗率が20%を突破しました。敵本拠点へ突撃した部隊が全滅しているようですね。もう少し待つように指示はしておいたのですが……』
「それは……」
『いえ、私としましても、指示に従わない、もしくは逸って突撃してしまう者は出る者と予め覚悟していましたので、それ自体は構わないのですが、もう少し待っていただければ、活躍のチャンスもあったものをと不憫に思っただけです。お気になさらず』
やっぱりこの人はどこまでも未来を見通しているんだ!
やばいよ!
ゲームのキャラがリアルで存在するとこんな事になるんだ!?
『それより重要なのは、私の友である樹里さんがどれだけ活躍できるのかという事ですので』
「あ、ハイ」
何故か友達認定されているのがまた怖い。
そうして私は、まだまだ先輩たちを撃破し続けるのだった。
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