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チュンッチュンッ
小鳥の囀りが響く早朝。
日課のランニングを終えた俺は、シャワーを浴びて歯を磨く。
ここは、砦と呼ばれる桜花祭用の拠点施設だ。
宿泊もできるようになっているこの部分には、現在数十人の女子と、俺だけが滞在している。
理由は、去年も行った合宿だ。
合同でのレベル上げと、結束を深めるお泊り会って所かな?
まあ、俺は殆ど一緒に行動していないけれど……。
因みに、本来はそこまで宿泊に適した環境ではない。
何故なら、桜花祭は多人数で組織するチームで戦うため、宿泊スペースが確保できないからだ。
でも、去年も今年もうちのチームは人数が少ないため、仮眠スペースで十分なためにこうして合宿と相成っている。
まあ、俺がそのスペースに混ざる訳にもいかないので、ここ数日は物置きが我が城なんだけれども。
去年、ソファーの上だけが俺のテリトリーだった事を考えれば、中々の出世ではないだろうか?
女子が起きてくると、彼女たちの身支度が開始され、俺はかなり気を使わなければならなくなる。
そのため、彼女たちが起きてくる前に全ての準備を終えてしまいたかったんだ。
シャワールームは、男女で別々だし、その中に洗面所もあるから、その中に入ってさえいれば誰にも邪魔されずに行動できるんだけれど、流石に寝起きの女子たちが行き来するこの拠点内で動き回るのは反感を買いそうなので、結局こうして早朝のうちにさっさと諸々の準備を終えて、宿泊スペースから離れることを選んだ。
君子危うきに近寄らず!
宿泊スペースからの逃亡を果たした俺は、桜花祭時に使用される司令部などを見て回る。
現在この辺りは、ある理由によって立ち入りを禁止している。
有栖たちチームメイトには、理由を説明していないけれど。
彼女たちは、何故俺がそんな事を要求しているのかはわかっていないようだけれど、素直に従ってくれているのでありがたい。
出入りも、準備期間にしか利用できない裏口から行ってもらっている。
正面玄関は、学園の生徒であれば通ることはできるけれど、宿泊スペースと裏口に関しては、大将である有栖が許可を出した者しか通ることができない。
だから、宿泊スペースだけは絶対に安全なんだ。
もちろん、桜花祭がスタートするまでは、だけども。
何故正面玄関のほうだけセキュリティが甘いのかといえば、去年俺が色々とやったせいだ。
あれのせいで、潜入して潜伏するのも常道手段であるという認識ができてしまったらしく、外野の面倒な奴らが、是非ともそれは今後も可能な状態にしておくようにということでこんな形になったらしい。
逆に宿泊スペースに関しては、そんな侵入者を許すわけには行かないので、セキュリティが猶更上がったというわけだ。
去年は、学園の施設内という事でセキュリティもそこまで厳重では無かったのに、生体認証システムが導入されたからなぁ……。
試技バッジの受け渡しが前日だって事は変更無いけれど、開始前に敵に見つかったら失格というルールが撤廃され、開始前に敵に見つかる、或いは倒された場合、自拠点にリスポーンすることになったらしい。
ただ、開始前に敵拠点内で敵に攻撃する事が禁止されているので、先に相手の拠点を荒らしまわるというのは無理だ。
あくまで戦闘という派手な見世物は、桜花祭内だけにしなさいということだろう。
開始まで攻撃魔法と防御魔法と索敵魔法の使用が禁止というルールもそのままだ。
では、何故俺が立ち入り禁止区域なんて設定しているかといえばだ……。
「アイ、ここか?」
『はい、このゴミ箱の中です。ゴミ袋の下に隠されていますね。スマートフォンをゴミ箱に近づけてください。それで無力化できます』
俺が手に持つスマートフォンには、アイの顔が映し出されている。
久々にAIっぽい状態でお仕事中だ。
『完了しました。電子機器は全て機能を停止しています。他に起爆装置も見当たりませんが、作成技術が稚拙なためご注意を』
「素人が作った爆発物とか、最悪だな……」
『犀果様の場合、至近距離で爆発されても無傷だとは思いますが』
「掃除が大変だろ」
『出張お掃除メイドの御用命を……』
「いかがわしく聞こえるから却下」
はい、爆弾が仕掛けられています。
「にしてもなぁ……。まさか本当にこんな事をしてくるなんてなぁ……」
『試技バッジをつけていれば死なないとはいえ、試技バッジを配布される前に設置しているのですから、どうしようもありませんね』
「本人たち、今も厳重な監視下にある自覚あるのかね?」
『恐らくないでしょう。そのようにこちらから要請しているのですから』
「他の警察組織と違って、公安の人たちはガチだったからなぁ」
王制や貴族に武力を持って反逆しようとする一般人は、この世界にもいる。
そんな相手を取り締まる仕事もしている公安警察は、あの汚職まみれだった警察の中では、異彩を放つプロ集団だった。
というか、アサシン集団みたいな感じだった……。
公安の方々には、王命で今回の実行犯たちを泳がせておくように指示が下っている。
その一方で、公安の人たちからは俺に「だったらてめぇが絶対王女様やご令嬢たちの安全を護れよ?あん?」という激励のお便りが知らないうちに学園の机の中に入れられているイベントが発生したため、ちょっとビビっている訳だ。
それはそれとして、もちろん彼女たちの安全を保障するのは絶対だ。
なので、この砦全体をアイのセキュリティで厳重に監視してた。
仮にナパーム弾が爆発した所で、宿泊スペースには一切被害が出ない位厚い結界を張ってあったんだけれど、まさか本当に爆弾を仕掛けてくるとはなぁ……。
手段の一つとして『皆』から提案されていたとはいえさぁ……。
それで、設置されている爆弾を解除して回っているんだ。
数は3つ。
一番安全なのは、100レベルに到達していて、しかも神剣で身体能力が上がっている為、爆発が至近距離で起こっても問題ない俺なため、今日だけ爆発物処理班の一員です。
解除しているのはアイだけど。
『短距離無線による起爆方式のようですね。精々50mという所でしょうか。殺傷半径は、10m前後です』
「やっぱり潜伏するつもりかなぁ」
『確実に。既に爆弾は全て解除し終え、ダミーが置かれているだけですが』
「面倒だなぁ……。まあ、樹里ちゃんヒストリーに更にドラマチックさが追加されるという事で納得するしかないか」
無力化した爆弾を収納カバンに入れてしまう。
流石に王妃の元身内を爆弾魔って事にするわけにもいかないので、これは闇に葬るか。
といっても、最終的な刑罰はもう変わりようは無いんだけれど。
計画を立てた段階で、そこは決定事項だ。
あとは、どれだけ有効活用できるか……って所だけが問題なわけで。
「はぁ……アイ、俺ってさ、働き過ぎじゃないか?温泉でゆっくりしたいわ」
『犀果様のご自宅には、温泉が湧いているではないですか』
「いや、そうじゃなくてさ、温泉旅館に泊まってゆっくりしたいなって」
『美人女将役もできますが?』
「役とかいうなよ……本物がいいんだ」
『承知したしました。1日お待ちください。私が温泉旅館に宿泊して、女将の行動を完全にトレースできるよう観察してきます』
「……あれ?自分だけ楽しむって言ってる?」
『宜しければ犀果様もご一緒しますか?非常に申し訳ありませんが、部屋の予約は1つしかとれませんでしたか……』
「……」
休みたいなぁ。
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